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3.帝政エリクシア偵察録
7.キルニア城塞
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僕は、ゾムニの街で翌日を過ごし、更に翌日街を出発しました。お姉さん方に心配をかけない様に北へ戻る街門から街をでます。FC1を回収しないといけませんので、どちらにしても戻る必要はあったんですけどね。
途中、街から付けて来ていたならず者風の冒険者をまいて、フライングキャンパー1を離陸させます。
予定通り西への移動を続けますが、空から見ても真っ黒い円形の施設が見えています。恐らく、これがニトラさんやリカさんの話していたサナトリウムなんでしょうね。事件から2年以上が経過していますが、円形の壁の中に幾つかの廃墟として石の壁がみえ、いずれも真っ黒い煤がついています。燃える水はきっと街壁の外側だけでなく、事前にサナトリウムの内側にも配置してあったのでしょうね。生きたまま焼き殺された人達の冥福を空中からですが祈りました。
その日の内に、帝国国内に侵入しましたが、空からの侵入なので難しくは在りません。国境沿いには複数の要塞や城砦がありましたが、帝国内のものは軍の拠点として兵が配置されていますが、属国側の城砦は完膚なきまでに壊されており、それでも偶に人の姿が診られたのは、盗賊か何かの偵察者なのでしょう。そのまま飛行すること十数分で僕は、ゾムニ西方のキリニアというエリクシア本国最東端の街にたどり着きました。
*****
「はぁ、はぁ、何でこんな事に……」
キリニアの街に入ってまだ30分と経っていませんが、僕は何故か絶賛逃亡中です。本当に何故こうなったのか……
キルニアの街は、丘の上に美しい白い尖塔が多数立つ城砦のふもとに広がっており、街の東側は深い渓谷を石造りの橋が渡っています。川幅は約50m程で、幅10m程の石橋が美しいアーチを描いています。橋の両端と中央に、兵士の詰め所の様なものがあります。馬車などは橋の左側を、交互に通っており、右側は広く開いていたのです。
綺麗なお城と、その下に広がる町の美しさに、僕は半ば見とれながら歩いていました。橋の中央まで渡ったそのときです。突然大きな鐘の音が『ガラーンガラーンガラーン』と三度鳴り響くと、端の先にある門が閉まってしまいます。慌てて後ろを振り向くと、同じように通ってきた門が閉まり、兵の待機所らしき場所から数人の兵士が出てきたのです。
「そこまでだ、異教徒の餓鬼。貴様をルキウス神を冒涜した罪で教会に引き渡す。抵抗は無駄だ。」
兵士の中で一番ごつそうな男が言いました。僕は何の事かわからず、周囲に問いかけます。
「ちょっと待ってください。僕は別にルキウス神を冒涜なんてしていないですよ。」
僕がそういうと、兵士達はさも可笑しそうに笑うのです。
「お前みたいな馬鹿なおのぼりさんの異教徒はな、足元を見ないで歩くんだよ。罠に気がつかずにな。」
僕は兵士の言葉を聞き、足元を見てみます。そこにはルキウス教の十字印を持った男の絵が描いてあります。これは、踏み絵の逆バージョンですかっ!
元来た方向を見ると既に数名の兵士がいて、腰だめに銃を構えている兵士が3名、町の方角も同じです。兵士が出てきた詰め所風の建物も、2階部分から銃で狙っている兵士が左右に見えています。
「逃げれば撃つ。だが、ここキリニアでは異教徒は捕まれば皆拷問で死んでいるぜ。橋から飛び降りるか、刑死を選ぶかはお前の最後の自由だ。どちらにしても俺達は異教徒を討った事で褒美を貰えるからな。
まあ、餓鬼を嬲るのが大好きな司教殿に引き渡されるよりは、楽に死ねるのは間違いないぜ?」
くぅ、見事に嵌められましたね。元に戻る方向に走れば、詰め所上方からの狙撃と門前からの狙撃がきます。町側には、幸い左側に馬車や荷馬車が遮蔽物になってくれそうです。僕は唇をかみ締めながらも、加速を使って一気に町側へと走り出しました。
「なっ、早い。獣人の異端者か、余計褒美が上がるぜ。撃て、殺せ!」
男の声と同時に、前後からの発砲音が聞こえました。直後に身体を振って、馬車の陰に隠れます。次の発砲まで、時間がかかるはず。僕は左右にジグザグに動きながら街を目指します。タイミングをずらした1射目が門の上方から飛んできましたが、かすりもしません。前方の兵士は抜剣するタイミングがつかめずに、立ち竦んでいましたので、咄嗟に男の右肩を足場に、門上の旗をさげたポールに飛びつき、反動を使って門の上に飛びつきました。
その後、街中を逃げ回って現在に至るのですが、町の家々の窓は固く閉まっています。狭い路地に入って、呼吸を整えていると『ギィッ』と頭上で窓の開く音が聞こえました。慌ててその場を離れると、元居た場所には頭上から熱湯が浴びせられたようです。白い湯気を上げた路地を、僕は慌てて逃げ出しました。
「東三番通りを北に行ったよ、逃がしちまった。」
聞こえる声は年配の女性の声で、兵士ではなさそうです。もしかすると、町全体が敵になるのでしょうか?
「第2分隊は東二番を北上しろ! 第1分隊は東三番をそのまま追跡。」
指揮官の声も聞こえてきていますので、だいぶ距離を詰められているようです。左右の路地を見ると、所々に遮蔽物があって簡単に抜けられそうもありません。追い立てられて、いつの間にか町の中央、広場でしょうか? 噴水が水を流し、こんなときでなければゆっくりしたい場所なのですが、どうやら追い込まれてしまったようですね。
四方の通りは、町の人々でしょうか。それぞれ手に包丁やナイフなどを持って立っています。人並みは街路を埋め尽くし、飛び越えられる幅ではありませんね。
タン、タァーンと軽い音が聞こえて、僕の右足近くの水が跳ねます。どうやら、狙撃されたようですが、外れたようですね。近くには民衆で、遠距離からは銃による狙撃ですか。これは普通なら詰んだ状態ですよね。噴水を背に、通ってきた通りを振り向くと、人々を押しのけて兵士の集団がやって来ます。
「もう逃げられないぞ。ここまで逃げた事はたいしたものだが、逆にお前に選択の自由は無くなったな。お前はここでなぶり殺しだ。」
兵士の声に気をとられていると、左右から『タタタッ』と軽い足音が聞こえてきます。確認すると5,6歳の男の子と女の子でしょうか? こちらに走り寄ってくるので、危ないよと言おうとしたとき、再び銃声が鳴り響き、僕は一瞬そちらへ気がそがれます。
ドン、ザクッっと音がして左右の脚に痛みが走りました。2人の子供が身体毎体当たりをしてきただけなら、こんな痛みは無いはずです。そのまま脚に取り付いた子供をみて、周囲の人々がこちらに押し寄せようとしたのが見えました。咄嗟に魔法を詠唱し、取り付いた子供を引き離します。
「《風の精霊よ、我が力を糧とし、我を守る風の壁となれ!風壁》」
子供達は、数メートル飛ばされて広場を転がりますが、僕をみて笑います。
「お兄ちゃん、痛いよ。でも見て、僕達が異教の魔術師の血を流させたんだよ。」
「ちがうよ、お兄ちゃんじゃない。だって、良い匂いがしたもの。お姉ちゃんだよね?」
男の子と女の子の言葉に、周囲の群衆も兵士も色めき立ちましたね。僕の左右の脚には、2人の子供が手に持っていたフォークが突き刺さっています。フォークを引き抜きましたが、小さいとはいえ傷から血が流れ、脚を濡らしていきます。
「女か、おい兵士さんよ。伯爵様に知らせないと、後からこっぴどく罰が下されるぜ。異教の女魔術師なんて、嬲りがいのある奴を知らせなかったらなぁ。」
周囲の群衆からも同意の言葉が出ています。風壁を張っていれば音は聞こえにくいはずなのですが、こうも聞こえてくるようでは意図的に聞かせる為に大声で話してるのでしょうね。こちらの恐怖心をあおるつもりなんでしょうけど。
「嬲るにしても、もう少し弱らせないと駄目じゃないかい? あたしらにしても、功徳を積みたいところだしね。」
群集の中から女性の声が聞こえます。そして『そうだ、そうだ』と同意する声が多数上がっています。周囲の群衆からは、お祭り騒ぎの熱気が伝わってきますよ。正面の群集から1人の女の子が前に出てきました。その隣はお母さんらしき女性?
「いいかい、ちゃんと脚を刺すんだよ。簡単に死ぬような処は刺しちゃだめよ?」
「うん、頑張って来るね。」
お母さんと少女の会話じゃないですよ、これって…… 少女が包丁を持ってこちらに向って笑いながら走りよります。少女に貫かれる様な風壁ではありませんが、怪我をしても知りませんよ?
少女が風壁に当たる寸前に、またしても銃声が聞こえ、咄嗟に風壁を強化しましたが、銃弾は風壁を貫通できず、少女は威力の増した風壁に弾き飛ばされ広場の石畳を転がります。包丁を持っていたため、どこかを切ったのか腕が朱に染まっています。
一瞬驚いて、少女に駆け寄ろうとした僕の右足に、軽い衝撃と焼けるような痛みが襲いました。
「ぐぅっ」
呻きながら見るといつの間にか別な少女が、僕の脚にしがみついています。その手には小ぶりなナイフが握られていて、小さな手は血塗られていますが、僕の血だけではないようですね。自分の持つナイフで手を切ったようです。
「お姉ちゃん、手が痛いよ。でも、お姉ちゃんは異教の魔女だからお姉ちゃんの血を流させた私の功徳だよね」
そう言って花が開いたようなにこやかな笑みを浮かべたのです。
「くぅ、《風の精霊よ、我が力を糧とし、風の球となりて敵を撃て!風球》」
なんとか少女を弾き飛ばしましたが、この町の人々は術師の気を散らす事に随分なれていますね。学院で僕が傷を受ける事なんて、最近は無かったのに。でも、さすがに包丁は効いていますよ。足元の石畳が朱に染まりだしていますが、僕は足元の石畳を見つめなおします。この朱色の石畳は、石の元からの色じゃない……
「ふぉふぉっふぉ、今回の獲物は異教の魔女でしかも大物らしいではないか、これま民衆の功徳も相当上がるじゃろうて。」
群集を割って出てきたのは、やたらと丸々とした体型に、赤地に金で刺繍された趣味の悪い服をきた老人でした。この人が、伯爵様とやらなんですかね。
「最近はゾムニや周辺の街の異教の冒険者に知れ渡り始めたのか、訪れる異教者共も少なくなっていたからのぉ。獲物が小さくて、広場の敷石が血塗られる範囲も狭いが、魔女の血ならば値千金じゃろうて。」
今の言葉だと、ゾムニや周辺の街の冒険者達を殺したのは、この人達? しかもこの場所で殺していたのですか……
「Aランクの冒険者や魔法使いとはいえ、小さな子供が己の防御動作で血塗れると動揺するようじゃの。子供達に嬲られて殺されていく様は、見ものじゃったぞ」
「なに言ってんだい。あたしが連中の食事に、痺れ薬や麻痺薬。部屋には眠り草とかを予め仕込んで置いたから楽に殺せただけだよ。連中はその気になれば赤ん坊でも殺す異教の悪魔なんだからね。」
伯爵に意見する街人ってのも凄いですね。平気なんでしょうか。僕はどこか麻痺し始めた頭で考えます。
「仕方ないのう、宿屋のおばさんは街一番の討伐功績者だからなぁ。伯爵様も頭があがらねえぜ。教会での位階は伯爵様より上だもんなぁ。」
「ふぉふぉっふぉ、私が余り手を汚す訳にもいかんのじゃ。形式上あやつらも国民の一部じゃったしのぅ。」
町の人々と伯爵とやらのやり取りを聴きながら、僕は呟いてしまいました。
「……何故、彼らを殺す必要があったのですか? 彼らはあなた方と同じエリクシアの国民じゃないですか!」
僕の言葉に、伯爵とやらは不思議そうに聞き返します。
「お主が言っているのも良くわからんな。なぜ、異教の神を奉ずるやつらが、同じだと思うのじゃ? 良い異教徒というのはじゃな、死んだ異教徒だけよ」
そう言い笑う伯爵様の背後で、町の人々が口々に騒ぎます。異教徒の商人家族が、子供も含めてどう嬲り殺されたのかを、口々に……
いけませんね。出血が多くて頭が朦朧としてきたのか、思考が定まらなくなってきています。この町の人々は全員狂信者で屑のようですね。殺された皆さんの魂が、この地に住む人々を呪っているのでしょうか? 只の宗教の狂信者なだけ? 僕にはもう判らなくなってきています。いつの間にか、僕の心はこの地を浄化しなければいけないとしか考えていません。思考の停止は、そのまま維持していた風壁の解除に繋がります。
「チャンスじゃ、心が折れよったぞ、殺さぬ程度に嬲るのじゃ!」
群集が殺到してくるのが見えますが、なんの感慨も浮かびません。伯爵の手が僕の外套に手をかけたとき、僕の口が言葉をつむぎました。
「《光の精霊よ、我が力を糧とし、かの場所を中心として、聖なる光で浄化せよ!聖なる光》」
そして、その後天上から降り注ぐ聖なる光は、キリニア城砦とその城下の町を一瞬で飲み込みました。
途中、街から付けて来ていたならず者風の冒険者をまいて、フライングキャンパー1を離陸させます。
予定通り西への移動を続けますが、空から見ても真っ黒い円形の施設が見えています。恐らく、これがニトラさんやリカさんの話していたサナトリウムなんでしょうね。事件から2年以上が経過していますが、円形の壁の中に幾つかの廃墟として石の壁がみえ、いずれも真っ黒い煤がついています。燃える水はきっと街壁の外側だけでなく、事前にサナトリウムの内側にも配置してあったのでしょうね。生きたまま焼き殺された人達の冥福を空中からですが祈りました。
その日の内に、帝国国内に侵入しましたが、空からの侵入なので難しくは在りません。国境沿いには複数の要塞や城砦がありましたが、帝国内のものは軍の拠点として兵が配置されていますが、属国側の城砦は完膚なきまでに壊されており、それでも偶に人の姿が診られたのは、盗賊か何かの偵察者なのでしょう。そのまま飛行すること十数分で僕は、ゾムニ西方のキリニアというエリクシア本国最東端の街にたどり着きました。
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「はぁ、はぁ、何でこんな事に……」
キリニアの街に入ってまだ30分と経っていませんが、僕は何故か絶賛逃亡中です。本当に何故こうなったのか……
キルニアの街は、丘の上に美しい白い尖塔が多数立つ城砦のふもとに広がっており、街の東側は深い渓谷を石造りの橋が渡っています。川幅は約50m程で、幅10m程の石橋が美しいアーチを描いています。橋の両端と中央に、兵士の詰め所の様なものがあります。馬車などは橋の左側を、交互に通っており、右側は広く開いていたのです。
綺麗なお城と、その下に広がる町の美しさに、僕は半ば見とれながら歩いていました。橋の中央まで渡ったそのときです。突然大きな鐘の音が『ガラーンガラーンガラーン』と三度鳴り響くと、端の先にある門が閉まってしまいます。慌てて後ろを振り向くと、同じように通ってきた門が閉まり、兵の待機所らしき場所から数人の兵士が出てきたのです。
「そこまでだ、異教徒の餓鬼。貴様をルキウス神を冒涜した罪で教会に引き渡す。抵抗は無駄だ。」
兵士の中で一番ごつそうな男が言いました。僕は何の事かわからず、周囲に問いかけます。
「ちょっと待ってください。僕は別にルキウス神を冒涜なんてしていないですよ。」
僕がそういうと、兵士達はさも可笑しそうに笑うのです。
「お前みたいな馬鹿なおのぼりさんの異教徒はな、足元を見ないで歩くんだよ。罠に気がつかずにな。」
僕は兵士の言葉を聞き、足元を見てみます。そこにはルキウス教の十字印を持った男の絵が描いてあります。これは、踏み絵の逆バージョンですかっ!
元来た方向を見ると既に数名の兵士がいて、腰だめに銃を構えている兵士が3名、町の方角も同じです。兵士が出てきた詰め所風の建物も、2階部分から銃で狙っている兵士が左右に見えています。
「逃げれば撃つ。だが、ここキリニアでは異教徒は捕まれば皆拷問で死んでいるぜ。橋から飛び降りるか、刑死を選ぶかはお前の最後の自由だ。どちらにしても俺達は異教徒を討った事で褒美を貰えるからな。
まあ、餓鬼を嬲るのが大好きな司教殿に引き渡されるよりは、楽に死ねるのは間違いないぜ?」
くぅ、見事に嵌められましたね。元に戻る方向に走れば、詰め所上方からの狙撃と門前からの狙撃がきます。町側には、幸い左側に馬車や荷馬車が遮蔽物になってくれそうです。僕は唇をかみ締めながらも、加速を使って一気に町側へと走り出しました。
「なっ、早い。獣人の異端者か、余計褒美が上がるぜ。撃て、殺せ!」
男の声と同時に、前後からの発砲音が聞こえました。直後に身体を振って、馬車の陰に隠れます。次の発砲まで、時間がかかるはず。僕は左右にジグザグに動きながら街を目指します。タイミングをずらした1射目が門の上方から飛んできましたが、かすりもしません。前方の兵士は抜剣するタイミングがつかめずに、立ち竦んでいましたので、咄嗟に男の右肩を足場に、門上の旗をさげたポールに飛びつき、反動を使って門の上に飛びつきました。
その後、街中を逃げ回って現在に至るのですが、町の家々の窓は固く閉まっています。狭い路地に入って、呼吸を整えていると『ギィッ』と頭上で窓の開く音が聞こえました。慌ててその場を離れると、元居た場所には頭上から熱湯が浴びせられたようです。白い湯気を上げた路地を、僕は慌てて逃げ出しました。
「東三番通りを北に行ったよ、逃がしちまった。」
聞こえる声は年配の女性の声で、兵士ではなさそうです。もしかすると、町全体が敵になるのでしょうか?
「第2分隊は東二番を北上しろ! 第1分隊は東三番をそのまま追跡。」
指揮官の声も聞こえてきていますので、だいぶ距離を詰められているようです。左右の路地を見ると、所々に遮蔽物があって簡単に抜けられそうもありません。追い立てられて、いつの間にか町の中央、広場でしょうか? 噴水が水を流し、こんなときでなければゆっくりしたい場所なのですが、どうやら追い込まれてしまったようですね。
四方の通りは、町の人々でしょうか。それぞれ手に包丁やナイフなどを持って立っています。人並みは街路を埋め尽くし、飛び越えられる幅ではありませんね。
タン、タァーンと軽い音が聞こえて、僕の右足近くの水が跳ねます。どうやら、狙撃されたようですが、外れたようですね。近くには民衆で、遠距離からは銃による狙撃ですか。これは普通なら詰んだ状態ですよね。噴水を背に、通ってきた通りを振り向くと、人々を押しのけて兵士の集団がやって来ます。
「もう逃げられないぞ。ここまで逃げた事はたいしたものだが、逆にお前に選択の自由は無くなったな。お前はここでなぶり殺しだ。」
兵士の声に気をとられていると、左右から『タタタッ』と軽い足音が聞こえてきます。確認すると5,6歳の男の子と女の子でしょうか? こちらに走り寄ってくるので、危ないよと言おうとしたとき、再び銃声が鳴り響き、僕は一瞬そちらへ気がそがれます。
ドン、ザクッっと音がして左右の脚に痛みが走りました。2人の子供が身体毎体当たりをしてきただけなら、こんな痛みは無いはずです。そのまま脚に取り付いた子供をみて、周囲の人々がこちらに押し寄せようとしたのが見えました。咄嗟に魔法を詠唱し、取り付いた子供を引き離します。
「《風の精霊よ、我が力を糧とし、我を守る風の壁となれ!風壁》」
子供達は、数メートル飛ばされて広場を転がりますが、僕をみて笑います。
「お兄ちゃん、痛いよ。でも見て、僕達が異教の魔術師の血を流させたんだよ。」
「ちがうよ、お兄ちゃんじゃない。だって、良い匂いがしたもの。お姉ちゃんだよね?」
男の子と女の子の言葉に、周囲の群衆も兵士も色めき立ちましたね。僕の左右の脚には、2人の子供が手に持っていたフォークが突き刺さっています。フォークを引き抜きましたが、小さいとはいえ傷から血が流れ、脚を濡らしていきます。
「女か、おい兵士さんよ。伯爵様に知らせないと、後からこっぴどく罰が下されるぜ。異教の女魔術師なんて、嬲りがいのある奴を知らせなかったらなぁ。」
周囲の群衆からも同意の言葉が出ています。風壁を張っていれば音は聞こえにくいはずなのですが、こうも聞こえてくるようでは意図的に聞かせる為に大声で話してるのでしょうね。こちらの恐怖心をあおるつもりなんでしょうけど。
「嬲るにしても、もう少し弱らせないと駄目じゃないかい? あたしらにしても、功徳を積みたいところだしね。」
群集の中から女性の声が聞こえます。そして『そうだ、そうだ』と同意する声が多数上がっています。周囲の群衆からは、お祭り騒ぎの熱気が伝わってきますよ。正面の群集から1人の女の子が前に出てきました。その隣はお母さんらしき女性?
「いいかい、ちゃんと脚を刺すんだよ。簡単に死ぬような処は刺しちゃだめよ?」
「うん、頑張って来るね。」
お母さんと少女の会話じゃないですよ、これって…… 少女が包丁を持ってこちらに向って笑いながら走りよります。少女に貫かれる様な風壁ではありませんが、怪我をしても知りませんよ?
少女が風壁に当たる寸前に、またしても銃声が聞こえ、咄嗟に風壁を強化しましたが、銃弾は風壁を貫通できず、少女は威力の増した風壁に弾き飛ばされ広場の石畳を転がります。包丁を持っていたため、どこかを切ったのか腕が朱に染まっています。
一瞬驚いて、少女に駆け寄ろうとした僕の右足に、軽い衝撃と焼けるような痛みが襲いました。
「ぐぅっ」
呻きながら見るといつの間にか別な少女が、僕の脚にしがみついています。その手には小ぶりなナイフが握られていて、小さな手は血塗られていますが、僕の血だけではないようですね。自分の持つナイフで手を切ったようです。
「お姉ちゃん、手が痛いよ。でも、お姉ちゃんは異教の魔女だからお姉ちゃんの血を流させた私の功徳だよね」
そう言って花が開いたようなにこやかな笑みを浮かべたのです。
「くぅ、《風の精霊よ、我が力を糧とし、風の球となりて敵を撃て!風球》」
なんとか少女を弾き飛ばしましたが、この町の人々は術師の気を散らす事に随分なれていますね。学院で僕が傷を受ける事なんて、最近は無かったのに。でも、さすがに包丁は効いていますよ。足元の石畳が朱に染まりだしていますが、僕は足元の石畳を見つめなおします。この朱色の石畳は、石の元からの色じゃない……
「ふぉふぉっふぉ、今回の獲物は異教の魔女でしかも大物らしいではないか、これま民衆の功徳も相当上がるじゃろうて。」
群集を割って出てきたのは、やたらと丸々とした体型に、赤地に金で刺繍された趣味の悪い服をきた老人でした。この人が、伯爵様とやらなんですかね。
「最近はゾムニや周辺の街の異教の冒険者に知れ渡り始めたのか、訪れる異教者共も少なくなっていたからのぉ。獲物が小さくて、広場の敷石が血塗られる範囲も狭いが、魔女の血ならば値千金じゃろうて。」
今の言葉だと、ゾムニや周辺の街の冒険者達を殺したのは、この人達? しかもこの場所で殺していたのですか……
「Aランクの冒険者や魔法使いとはいえ、小さな子供が己の防御動作で血塗れると動揺するようじゃの。子供達に嬲られて殺されていく様は、見ものじゃったぞ」
「なに言ってんだい。あたしが連中の食事に、痺れ薬や麻痺薬。部屋には眠り草とかを予め仕込んで置いたから楽に殺せただけだよ。連中はその気になれば赤ん坊でも殺す異教の悪魔なんだからね。」
伯爵に意見する街人ってのも凄いですね。平気なんでしょうか。僕はどこか麻痺し始めた頭で考えます。
「仕方ないのう、宿屋のおばさんは街一番の討伐功績者だからなぁ。伯爵様も頭があがらねえぜ。教会での位階は伯爵様より上だもんなぁ。」
「ふぉふぉっふぉ、私が余り手を汚す訳にもいかんのじゃ。形式上あやつらも国民の一部じゃったしのぅ。」
町の人々と伯爵とやらのやり取りを聴きながら、僕は呟いてしまいました。
「……何故、彼らを殺す必要があったのですか? 彼らはあなた方と同じエリクシアの国民じゃないですか!」
僕の言葉に、伯爵とやらは不思議そうに聞き返します。
「お主が言っているのも良くわからんな。なぜ、異教の神を奉ずるやつらが、同じだと思うのじゃ? 良い異教徒というのはじゃな、死んだ異教徒だけよ」
そう言い笑う伯爵様の背後で、町の人々が口々に騒ぎます。異教徒の商人家族が、子供も含めてどう嬲り殺されたのかを、口々に……
いけませんね。出血が多くて頭が朦朧としてきたのか、思考が定まらなくなってきています。この町の人々は全員狂信者で屑のようですね。殺された皆さんの魂が、この地に住む人々を呪っているのでしょうか? 只の宗教の狂信者なだけ? 僕にはもう判らなくなってきています。いつの間にか、僕の心はこの地を浄化しなければいけないとしか考えていません。思考の停止は、そのまま維持していた風壁の解除に繋がります。
「チャンスじゃ、心が折れよったぞ、殺さぬ程度に嬲るのじゃ!」
群集が殺到してくるのが見えますが、なんの感慨も浮かびません。伯爵の手が僕の外套に手をかけたとき、僕の口が言葉をつむぎました。
「《光の精霊よ、我が力を糧とし、かの場所を中心として、聖なる光で浄化せよ!聖なる光》」
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