駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月

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3.帝政エリクシア偵察録

36.終りの始まり

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 その後、アレキサンドリアは西岸堤防そとの隔壁を残し、アルベニア王国側の東岸隔壁は元通り収納しました。西岸堤防と下層街の西岸入り口の陣地はそのままにしてあり、現状ではエリクシア側からの難民の流入を避ける為の処置となります。
 僕としては、難民に対する処置としてはどうかと思いますが、治療法の確立されていない『黒死病』患者に押し寄せられても困ります。また自国の民でもない難民に対し、税で治療や食事などを賄う事には、議会内でも否定的だったからですね。
 これは、人道援助とかそういった近代的な思想が確立されてないだけはありません。民はそれぞれの領の大事な資源でもあるので(こういう言い方もどうかと思いますが)、移民や流民の受け入れは勝手に行えないという問題もあります。国税は領主が国に収めるものである為、民が減っても領として国に納める税は、すぐには変わらない所為もあります。
 西岸に作られた街門の付属施設としての野戦病院でしたが、銃による怪我をした人が数名でただけでしたので、あまり使用されませんでした。今は、『黒死病』に罹患していない負傷者の中で、長期の移動に耐えられない方のみを受け入れていますが、それでも100人弱います。
 かなりの負傷者がいても、『黒死病』に罹患している方は除外されましたので、ある意味ではこの選別の段階で、彼らにとっては『死の宣告』を受けたようなものです。
 移動できるか否かも含めての判断ですが、何とか治療をと望む方が多数居ましたが、アレキサンドリアが負担を負うべきものではありませんよね。

 ルキウス教の関係者は、『黒死病』への罹患者も無く、僕とマニウスさんの会談が終了した直後、勝手に撤退したようです。ただ、街道沿いのダドリー伯爵領で追い返されたようで、海沿いのネヴェル伯爵領へと方向変換を行った為、彼らの食料も水も不足して苦しむ事にはなるでしょう。略奪したくても武器はありませんから、どうするのかは判りません。

 そして僕は再び帝政エリクシア領に移動します。といっても、今回はちゃんと許可を取っていきましたよ? 2,3日ですしね。
 ちゃんと途中でお世話になった人達の所に、顔出しはしてきましたよ? エリーゼさんの所に顔を出しましたが、そういえばオリバーの姿が見えませんでしたので、その辺は敢えて触れていませんでした。時間的にも距離的にも、僕が参戦していたことは知られてないし信じても居ないでしょうからね。
 あと、前回の旅でお世話になった方々に、お土産を持っていきました。直ぐに移動しなければならないので、短時間の訪問でしたけど、皆さん喜んでくれましたよ(お土産に喜んだんじゃないですよね?)。
 エリーゼさんとゾムニのティティスさんのお店には、ホールのケーキをお土産に渡しました。どちらも好評で、このお土産なら大歓迎といわれましたね。
 ササクのソフィアさんと、ケルツェンの冒険者ギルドには大量のクッキーとチョコレート菓子を渡しました。どちらも子供や職員さんが多いですからね。ケーキでは喧嘩になりそうでしたし。

 その後、エリクシアから戻った僕は、イリスさんと野戦病院のお手伝いです。黒死病の罹患の可能性が0とはいえない(実は0ですが、議会のお偉いさんは認めないんですよね)為、アレキサンドリアの中に、包帯などが持ち込めないので、その場で洗濯などをするので結構雑用が多いですね。
 野戦病院はエリクシアが陣地を作っていたときに、街門と同時に作られましたが、天井がそれほど高くない体育館の様な作りです。カーテンや衝立で、ベットが個室風に配置されていて、プライバシーも多少は考慮されています。
 そして、いつの間にか野戦病院に見知った顔が1人増えていました。なんと、オリバーですよ。どうやらアルベニア側の浜辺に流されたようで、わざわざ河口の外を通って、アレクシスがここまで送ってくれたとの事です。
 そっかぁ、死んでなかったんですね。エリーゼさんの事を考えれば、それはそれでめでたい気もしますが、僕としては結構微妙です。というか、全身鎧フルプレートを着て水に流されて、よく生きていましたね。悪運が強いのでしょうか?
 そして僕は特に話しかけもせずに、オリバーのベットの脇を通り過ぎました。

「おい、クロエ!」

 通り過ぎた僕にオリバーが声をかけてきましたよ? 恨み言なら勘弁ですね。

「なに? 忙しいから、用事があるなら早く言ってよ」

 僕は素っ気無く対応します。別に王子だからといって、優遇する気もありませんしね。

「一応、礼を言っておく。お前のお陰で助かったのかもしれん。ありがとう……」

「? 僕は何もしていませんよ。それに、お礼を言うならユイに言ってあげて下さい」

 オリバーは疑問に思ったようですが、とりあえず了解したようです。

「まあ、おまえが判らなければ良い。ユイには会う機会があったら言っておくが、礼を言っていたと伝えてくれれば助かる」

 ふ~ん、聞き分けがいいですね。僕はオリバーに背を向けて、右手をひらひらさせて了承を伝えます。
 実はオリバーが助かったのは、ユイが彼に付けていた『闇在鬼』のお陰だと、オリバーの顔を見た後にイリスさんに聞かされました。
 アルベニア側の浜に、打ち上げられたオリバーの事を、『闇在鬼』を介して知ったユイが、風属性の『風在鬼』を小鳥にして、手紙をアレクシスに渡したようですね。
 どうやら、アレクシスも東岸のアルベニア軍陣地で様子をうかがっていたようです。まあ、アレクシスには流石にお礼は言っているでしょうし、僕が気にする必要もありません。

 そして、それから2週間12日が過ぎました。

「そろそろかな?」

 僕の呟きに、隣でオリバーの包帯を替えていたイリスさんが反応します。

「貴女、またなにかしてきたのね」

 僕はイリスさんの問いに、笑みだけかえして魔法を詠唱します。そして、僕は収納から小型ドローンを取り出します。

「《彼が見聞きするものはこの者が見聞きするもの、空間を越えてつなぎたまえ 接続Connection》」

 小型ドローンから投射される映像を、野戦病院の天上に投影しました。そこには、煌びやかな大聖堂が映っています。中央に佇むのは、随分と体格のいいハゲ頭のオジサンですね。
 そのオジサンをみて、オリバーが息を呑むのが伝わります。

「教皇 アルビヌス! これはガラティヤのルキウス教大聖堂の様子か!!」

 オリバーの声が響いて、あちこちのベットから動揺する声が聞こえます。映像は教皇を映した後、聖堂周辺の風景を映し出しますが、周囲の街道には人の列が出来ていますね。街道を埋める市民は2種類の人達です。

 1つは、『黒死病』にかかり治療を求める人たちのようです。彼らは家族の治療と教会の癒しの奇跡を求めていますが、声と共にみる映像は生々しいものですね。癒しを求めたものに対し、教会の司祭が対応しているのは身なりの良い人達だけです。彼らは司祭に喜捨として金品を渡し、その代わりに聖水を貰っているようです。僕は聖水の成分を確認すると、モルヒネ(麻薬)を中心とした痛み止めですね。彼らはこれを飲み、祈りが神に届けば治癒するといっています。
 そして、貧しい身なりの人々を相手にするのは、助祭と呼ばれる下級の聖職者ですね。貧しい人は喜捨するものも持たず、その為か聖水はもらえません。助祭は彼らに言うだけです。『神に祈りなさい。祈りが伝われば治癒する』と。

 そしてもう1つは、今回の戦役に出かけ未だ帰らない家族の安全を祈る為の人々のようです。此方でも同じですね。喜捨の出来る身分の人だけが、司祭による安全の祈祷が行われています。

「結局祈り願え。祈りが神に届けば事は成り、祈りが足りなければ事は成らない。全ての悪い結果は、信者の信心不足というわけですね」

 僕の声に、オリバーは黙り込みます。まあ、彼に狂信的要素はありませんからね。あらゆる面で健全なのでしょう。あぁ、今は負傷していましたね。

 僕が宗教に余り意味を感じないのは、日本人だったせいでしょうか? 宗教の意味を感じるのは、心の平安を与えるという一点だけなんですよね。道徳観も与えてくれますが、地域や宗教が変われば、一方が良い行いであってももう一方はそう取るとは限らないのです。
 しかし、ルキウス教の行っている事は、家族を思ったり、神にすがる心を金銭に変えるだけです。日本で言えば悪徳な新興宗教と何も変わりません。

 再び、教皇に映像は戻りますが、そこに誰かが訪ねてきたようですね。その人物をみると、足元がだいぶふらついていますが、なんとなく見覚えがあります。

「あれは、東区大司教のディオニクスじゃないか。王都についたのか」

 オリバーだけじゃなく、負傷者のみなさんに動揺が走りますね。ディオニクスの腕や足には黒い染みの様なものが見られます。そう、ディオニクスも黒死病にかかっているのです。

「さて、何が聞けるのでしょうね?」

 呟いた僕を、イリスさんが胡乱な目で見つめています。さすが、イリスさん判っていますね。アレキサンドリアへの攻撃を指示した人を、何の報いも無く許す気が僕に無い事は知られて居るようでした。

*****

「教皇猊下、お願いがあります、どうか、どうか私に癒しの奇跡をお与え下さい。そして、この忌まわしい『黒死病』を癒して下さい。お願いします」

 ディオニクスの心からの言葉は、猊下と呼ばれた男アルビヌスには届かなかったようである。

「大司教、そなたはアレキサンドリアという聖地の奪還に失敗したばかりか、対面した聖女すら確保できずに、おめおめと引き下がったというではないか。
 その病は神の怒りそのもの。自らの改心と信心があれば治癒の奇跡は汝にもたらされよう。ひたすら神に祈るのだ」

 猊下と呼ばれた男の、非情とも思える言葉に、ディオニクスは更に狼狽した。

「祈りであれば、帰路毎日毎晩行いました。しかし、病状は悪化の一途を辿っております。かの地に赴いた聖職者の大半は、死すか病に倒れております。なにとぞ、奇跡を施し下さい」

 必死の言葉であったが、アルビヌスは歌うように語る。

「われらが地上での神の威光を示せぬ故に、神であるルキウス様もその奇跡をもたらす事ができるのは、僅かだけ。世の信者は、貴殿よりも熱心に祈っておる。全ての財産を喜捨しても、尚もたらされぬ神の奇跡が、すがり付くだけの貴殿に与えられるとお思いか?
 神が与えた使命に失敗したものは、自ら祈り神の裁きを待つが良い」

「へぇ、使命に失敗して罰が与えられるのなら、神とやらから直接使命を受けた貴方にも、失敗した責任があるよね?」

 重々しく宣言した教皇の深いバリトンの声は、天真爛漫に明るく響く少女のソプラノでかき消された。
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