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7.女王の奏でるラプソディー
34.泊地を支えていたのは……
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新たに作られた門の前で、ユージン中佐は真上に火球の魔法を撃った後、僕とユイの顔を見て言います。門は二重構造で、どちらも同時に開放状態にはできない構造となっていて、門の空いた隙に突破することはできない造りです。
「この島が、商人によって管理された島だという事はお二人共ご存じですね? この島の東、山の向こう側はいずれの国でもありません」
そう言って始まったのは、泊地の外の状況を説明してくれます。彼の説明では次のような事ですね。
・エメラルド島は、自由商人組合という商人の組合が運営している。
・自由商人組合の規定にはいくつかあり、以下は代表的なものである。
一つ、この地に存在することが許されているものは、商人(商人が所有する奴隷を含む)・売春婦・役人(税の受け取り役)のみである。
一つ、売春婦は町の北側より出る事は許されない。
一つ、役人も同様に、町の南端にある商館のみをその権限が及ぶものとする。街に出れば、すべてお客であり、貴族であろうとお客同士は対等とする。
一つ、商人はあくまでも物を売る者であり、物以外の売買は認めない。
一つ、もめ事は全て自由商人組合が裁定を行うが、双方即時退去、以後入島禁止を原則とし、例外は原則認めない。
一つ、島への定住は認めない。
などなどですね。この島では、自由商人組合が税を徴収し、それぞれの国の役人に納めたりする雑務も行うようです。
組合に加入できる商人は、現組合員である商人からの紹介者のみであり、年間の登録料を先払いするシステムによって、ある程度の規模の商家でなければ加入できないようです。
島にいる存在に、お客が含まれていないのは、この島は商人同士の取引しかしない為ですね。
アレキサンドリア共和国は、自由商人組合とは特に協力関係にある訳ではありませんが、周辺海域の治安維持の代償に、組合から直接補給物資を購入できる権利があるとのことです。
僕とユイが説明に納得すると、中佐は一つ目の門を通り、言葉を続けます。
「クロエ艦長は、エメラルド島がいずれの国にも属していないことはご存じでしょう。そして、この島に居住する者は、周辺国のいずれかに属しているという事も」
背後で門が閉じる音をききながら、ユージン中佐の言葉に僕とユイは顔を見合わせてうなづきます。その辺の事は資料にも記載されていましたからね。
「……では、この島に居住していながら、いずれの国にも属していない人々が居るのはご存じですか?」
僕とユイが疑問の表情を浮かべると、中佐はさもありなんという表情で言葉を続けました。
「定住していないとはいえ、男性だけが圧倒的に多い島です。個人で女奴隷を所有するような大きな商店主以外の男性には、売春婦の需要は多いと言えます。
もちろん売春婦も商人たちから紹介のあった妓楼に所属するものだけであり、病気や健康面の確認も、それぞれの妓楼で受けております。こういった商売を行うのですから、売春婦は妊娠することもあり、その場合は帰国か堕胎かの二択で、その後の身の振り方をきめます」
まあ、納得のいく話ではありますよね。中世ヨーロッパに似た世界観のアイオライトです。性に関する件も、貴族子女でもなければ、割とおおらかな国も多いですし、当然一夫多妻の国々もありますからね。
「……問題は、一部の売春婦は堕胎も帰国もせずに、逃亡する者がいたという事。自由商人組合も、当初はさほど重大視せず逃げた売春婦の捜索などは行われませんでした。身重な女性が、町を離れて生きていけるとは思われなかった事も大きかったでしょう。
しかし、一部の人々がこれらの逃亡者を影ながら支援したことによって、生き延びる者もそれなりに存在したのです。結果、いずれの国にも属さない人々がこの島に存在することになってしまいました」
そう言って開いた門の先には、十代後半の男女を筆頭に、二十人位の子供たちが立っていたのです。
「……そういった子供たちを、労働力として使う事によって、この泊地を二人で運営してきたということですか……?」
ユイは黙って少年少女たちを見つめています。髪の色、瞳の色、肌の色がそれぞれ異なる者も多いようです。遺伝的には黒髪・黒瞳・褐色の肌は、優勢遺伝となりやすいはずですが、まだ混血がそれほど進んでいないのもあるでしょうね。
僕の質問に対して、ユージン中佐が答えます。
「はい。我々は泊地を維持するための人足として、自由商人組合に依頼するのではなく、この子たちを都度使ってきました。
報酬は通常の奴隷を雇う代りに食材を供出していました。この子たちの居住場所には、幾人かの大人がいますので……」
幾人かの大人? 先ほどの話では、彼らの母親である売春婦が一緒にいるのではないでしょうか? 僕がその点を指摘すると、ミリアム少尉が口を挟みます。
「この子たちの母親も最初は子を慈しみましたが、やはり生活苦などから彼らをおいてこの島を去る者も多いのです。
残った者が言葉などを教える事によって、辛うじて意思疎通ができる程度の知識を持つものがやっとです。我々からの物資の供与によって、この子たちは生きているのがやっとの状況です。
この子たちを雇う事、食材の供与をしている事はお見逃しください。お願いいたします」
……困りましたね。子供たちの様子を見る限り、辛うじて生活は出来ているようですが、最低限の状況でしょう。軍への報告はともかく、多少の物資は提供できるでしょうか?
僕はユイに確認しようと振り返ると、ユイはツイっと僕の前にでて、ユージン中佐とミリアム少尉に言いました。
「……まず、本件に関することは私たちにも報告の義務がありますので、他言しないという事はお約束できません。
今回の私たちの任務のなかには、当泊地が正常に運営されているか否かの調査もありますので、そこは基地司令も含めてご了承ください。調査の結果、問題があるとされれば、別途軍より査察が入る事になりますが、我々はそれに関与することはありません。
なお、QAはアレキサンドリア共和国の機密の塊です。この者たちが不用意に接近することがあれば、対抗措置を取らざろうえませんので、近づかない様に徹底願います。
本件も含めて、いまはこちらも冷静な対応ができないと思われますので、基地司令との会談は明日に延期とします。クロエ艦長、艦に戻りますよ」
ユイは立て板に水のように、一気に話すと僕を肩に手を回して、くるりと向きを変えると、LVTP-1に乗車します。
エマもジェシーも心得たように、僕たち二人が乗り込むのを確認すると、車を艦の方へと向きを変えて、一気に速度を上げました。
ちらりと後ろを振り返ると、閉まる内側の門の隙間に、浅黒い肌を真っ赤に染めたミリアム少尉の顔が一瞬見えたのでした。
「この島が、商人によって管理された島だという事はお二人共ご存じですね? この島の東、山の向こう側はいずれの国でもありません」
そう言って始まったのは、泊地の外の状況を説明してくれます。彼の説明では次のような事ですね。
・エメラルド島は、自由商人組合という商人の組合が運営している。
・自由商人組合の規定にはいくつかあり、以下は代表的なものである。
一つ、この地に存在することが許されているものは、商人(商人が所有する奴隷を含む)・売春婦・役人(税の受け取り役)のみである。
一つ、売春婦は町の北側より出る事は許されない。
一つ、役人も同様に、町の南端にある商館のみをその権限が及ぶものとする。街に出れば、すべてお客であり、貴族であろうとお客同士は対等とする。
一つ、商人はあくまでも物を売る者であり、物以外の売買は認めない。
一つ、もめ事は全て自由商人組合が裁定を行うが、双方即時退去、以後入島禁止を原則とし、例外は原則認めない。
一つ、島への定住は認めない。
などなどですね。この島では、自由商人組合が税を徴収し、それぞれの国の役人に納めたりする雑務も行うようです。
組合に加入できる商人は、現組合員である商人からの紹介者のみであり、年間の登録料を先払いするシステムによって、ある程度の規模の商家でなければ加入できないようです。
島にいる存在に、お客が含まれていないのは、この島は商人同士の取引しかしない為ですね。
アレキサンドリア共和国は、自由商人組合とは特に協力関係にある訳ではありませんが、周辺海域の治安維持の代償に、組合から直接補給物資を購入できる権利があるとのことです。
僕とユイが説明に納得すると、中佐は一つ目の門を通り、言葉を続けます。
「クロエ艦長は、エメラルド島がいずれの国にも属していないことはご存じでしょう。そして、この島に居住する者は、周辺国のいずれかに属しているという事も」
背後で門が閉じる音をききながら、ユージン中佐の言葉に僕とユイは顔を見合わせてうなづきます。その辺の事は資料にも記載されていましたからね。
「……では、この島に居住していながら、いずれの国にも属していない人々が居るのはご存じですか?」
僕とユイが疑問の表情を浮かべると、中佐はさもありなんという表情で言葉を続けました。
「定住していないとはいえ、男性だけが圧倒的に多い島です。個人で女奴隷を所有するような大きな商店主以外の男性には、売春婦の需要は多いと言えます。
もちろん売春婦も商人たちから紹介のあった妓楼に所属するものだけであり、病気や健康面の確認も、それぞれの妓楼で受けております。こういった商売を行うのですから、売春婦は妊娠することもあり、その場合は帰国か堕胎かの二択で、その後の身の振り方をきめます」
まあ、納得のいく話ではありますよね。中世ヨーロッパに似た世界観のアイオライトです。性に関する件も、貴族子女でもなければ、割とおおらかな国も多いですし、当然一夫多妻の国々もありますからね。
「……問題は、一部の売春婦は堕胎も帰国もせずに、逃亡する者がいたという事。自由商人組合も、当初はさほど重大視せず逃げた売春婦の捜索などは行われませんでした。身重な女性が、町を離れて生きていけるとは思われなかった事も大きかったでしょう。
しかし、一部の人々がこれらの逃亡者を影ながら支援したことによって、生き延びる者もそれなりに存在したのです。結果、いずれの国にも属さない人々がこの島に存在することになってしまいました」
そう言って開いた門の先には、十代後半の男女を筆頭に、二十人位の子供たちが立っていたのです。
「……そういった子供たちを、労働力として使う事によって、この泊地を二人で運営してきたということですか……?」
ユイは黙って少年少女たちを見つめています。髪の色、瞳の色、肌の色がそれぞれ異なる者も多いようです。遺伝的には黒髪・黒瞳・褐色の肌は、優勢遺伝となりやすいはずですが、まだ混血がそれほど進んでいないのもあるでしょうね。
僕の質問に対して、ユージン中佐が答えます。
「はい。我々は泊地を維持するための人足として、自由商人組合に依頼するのではなく、この子たちを都度使ってきました。
報酬は通常の奴隷を雇う代りに食材を供出していました。この子たちの居住場所には、幾人かの大人がいますので……」
幾人かの大人? 先ほどの話では、彼らの母親である売春婦が一緒にいるのではないでしょうか? 僕がその点を指摘すると、ミリアム少尉が口を挟みます。
「この子たちの母親も最初は子を慈しみましたが、やはり生活苦などから彼らをおいてこの島を去る者も多いのです。
残った者が言葉などを教える事によって、辛うじて意思疎通ができる程度の知識を持つものがやっとです。我々からの物資の供与によって、この子たちは生きているのがやっとの状況です。
この子たちを雇う事、食材の供与をしている事はお見逃しください。お願いいたします」
……困りましたね。子供たちの様子を見る限り、辛うじて生活は出来ているようですが、最低限の状況でしょう。軍への報告はともかく、多少の物資は提供できるでしょうか?
僕はユイに確認しようと振り返ると、ユイはツイっと僕の前にでて、ユージン中佐とミリアム少尉に言いました。
「……まず、本件に関することは私たちにも報告の義務がありますので、他言しないという事はお約束できません。
今回の私たちの任務のなかには、当泊地が正常に運営されているか否かの調査もありますので、そこは基地司令も含めてご了承ください。調査の結果、問題があるとされれば、別途軍より査察が入る事になりますが、我々はそれに関与することはありません。
なお、QAはアレキサンドリア共和国の機密の塊です。この者たちが不用意に接近することがあれば、対抗措置を取らざろうえませんので、近づかない様に徹底願います。
本件も含めて、いまはこちらも冷静な対応ができないと思われますので、基地司令との会談は明日に延期とします。クロエ艦長、艦に戻りますよ」
ユイは立て板に水のように、一気に話すと僕を肩に手を回して、くるりと向きを変えると、LVTP-1に乗車します。
エマもジェシーも心得たように、僕たち二人が乗り込むのを確認すると、車を艦の方へと向きを変えて、一気に速度を上げました。
ちらりと後ろを振り返ると、閉まる内側の門の隙間に、浅黒い肌を真っ赤に染めたミリアム少尉の顔が一瞬見えたのでした。
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