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7.女王の奏でるラプソディー
50.エリーゼの一日②
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◆ 艦内時間 11時半過ぎ
やわらかい日差しの差し込むテラス席は、右舷展望デッキに隣接した飲食スペースとなっている。テラス席というだけあって、艦外に開かれたオープンな空間であったが、通常時には魔法障壁が常時展開されており、波しぶきや外部からの攻撃は寄せ付けない。
戦闘艦としては不要の空間であったが、閉鎖された空間に閉じ込められているという閉塞感を和らげるためにも必要と、クロエ達が説き伏せて設けられた空間である。
赤道近くの強烈な日差しや、塩分の強すぎる潮風は遮断されたこの空間は、パラソルやビーチチェアなどが並べられ、思い思いの格好をした女性乗組員たちが休息をとっている。中には水着姿で日光浴をするものもいるが、右舷区画は男性の目が無い事と、見渡す限りの大海原しかない解放感によるものであろう。
そんな一角のパラソルの下、エリーゼとヘルガはそれぞれが持ち寄って本を読みながら、昼までの時間を過ごしていた。本といっても、この時代の革製の装丁がなされた煉瓦のような書物ではない。エリクシアの一般的な書物は紙ではなく、獣皮が使用されており、表紙は豚皮が使用されており、しわや反りが出やすいために、留め金がつけられた重厚なものが一般的であった。
しかしアレキサンドリアの書物は紙製であり、装丁も現代の本とあまり変わらない。書物の管理方法も、当時は主流であった横置きから書棚への縦置きとなっており、紙の質も良いものであった。それまでの書物と異なり、軽量であったせいで携帯にも困らず、多くの庶民にまで読書が広がった要因になっている。
「「…………」」
ヘルガが読んでいるのは、アレキサンドリアの大衆書籍であり、その中でも趣味性の高いものである(具体的には婚約破棄系のザマァ系が多いのだが……)。お客様方に解放された図書スペースの蔵書の中でも人気が高く、とりわけ貴族子女に人気が高いのは、描かれているいじめや悪意がより身近であるからだろう。現実世界では、実行することなどできないことと知っていながらも、展開が気になる貴族子女は多いようだ。
アレキサンドリアで使用されている言語は二種類ある。一つは、公用語として、アルベニアと共通するイタリーノ語であり、もう一つは魔法語であるエンゲルス語である。
エンゲルス語は主にアレキサンドリアの中でも、魔法関連に用いられており、魔法関連の書籍はすべてエンゲルス語が用いられている。
近年一部の魔法書がアレキサンドリアの中でも解禁され、イタリーノ語で記述された魔法書も存在しており、エリーゼが読んでいるのはこの中の一冊であった。書物のタイトルは『魔法学序論』である。
「彼らの魔法学というのも、本国とは異なるのですね……」
つぶやいてエリーゼの声に、ヘルガは顔をあげた。首をかしげてエリーゼを見ると、エリーゼは微笑む。
「ごめんなさい、貴女の楽しみを奪うつもりはなかったんですのよ? 興味深い内容が記述してあったので、つい声に出してしまいましたわ」
ヘルガは少し赤面しつつも、薄い金属製の猫の意匠をしたしおりを挟み、エリーゼの示す箇所を見つめた。
「エリクシアではルキウス教の影響もあって、貴族以外の魔法使いはほぼ神職に限定されてしまいましたが、他国ではごく一般的なようですね」
「ええ、これは初心者向けの書物だそうですが、彼らが使う魔法は主に三種類に分類できるそうですわよ」
エリーゼによると、アレキサンドリアの魔法は属性魔法と精霊・神性魔法、召喚魔法に分かれるという。
属性魔法は、火・土・風・水の四大属性に光と闇を加えた六属性からなっており、使い手も比較的多い魔法である。これは術者本人の魔力によって事象を引き起こすもので、術者によって行使できる魔法の属性や強さに限界がある。
欠点としては、威力が周囲の環境によって大きな影響を受ける為、安定した火力を維持するには術者の熟練が必要なようだ。
精霊・神性魔法は、精霊や様々な神の加護を得た者のみが行使できる魔法である。利点としては、本人の魔力を媒体として加護を与えてくれた精霊や神々の権能に基づいた魔法を行使できる為、属性魔法に比較して術者の魔力の消耗が低い点があげられる。
反面、神にしろ精霊にしろ、複数の加護を得ることが難しく、多くは一種類であることがいえる点と、あくまでも加護を与えているのは精霊や神々である為に、加護を失う可能性は常にあるという点も大きかった。
召喚魔法はその名の通り、主に術者と契約した魔法生物や聖獣・魔獣を呼び出し使役する魔法が一般的であるが、使役対象となる生物に出会うことが難しい。それ以外にも、生物である為に食事となる餌を用意する必要がある場合なども多く、強力な使い魔であればあるほど。使役の都度に術者の魔力の消耗が大きくなるというデメリットがあった。
「なるほど、聖職者が使う魔法は神性魔法という扱いになるのですね。アレキサンドリアでは、属性魔法と精霊魔法の双方を使える方々が多いようですが、やはり召喚魔法の使い手は少ないということでしょうか?」
ヘルガの問いかけに、エリーゼは形の良い眉をひそめて考えたように見えたが、すぐに笑みを浮かべる。
「厳密な召喚魔法ではありませんが、一人使い手を知っているではありませんか?」
エリーゼの言葉にヘルガは少し考えて、すぐに一人の人物を思い出した。そして、その時である。
『総員起こし! 総員起こし! 第一級戦闘配備につけ』
耳障りな警報音とともに、テラス席は開口部が上下からシャッターのように閉鎖された。テラス席にいた女性乗組員は、その場でそそくさと着替えて艦内へと次々と駆け込んでいく。ヘルガとエリーゼは顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
「……いましたね、厄介事召喚士が……」
閉鎖された防御隔壁に映し出されたソレを見て、ヘルガはため息をこぼしながらつぶやいた。二本の蝕腕と八本の触手で、クロエが張ったと思われる魔法障壁を叩くクラーケンの姿を……
やわらかい日差しの差し込むテラス席は、右舷展望デッキに隣接した飲食スペースとなっている。テラス席というだけあって、艦外に開かれたオープンな空間であったが、通常時には魔法障壁が常時展開されており、波しぶきや外部からの攻撃は寄せ付けない。
戦闘艦としては不要の空間であったが、閉鎖された空間に閉じ込められているという閉塞感を和らげるためにも必要と、クロエ達が説き伏せて設けられた空間である。
赤道近くの強烈な日差しや、塩分の強すぎる潮風は遮断されたこの空間は、パラソルやビーチチェアなどが並べられ、思い思いの格好をした女性乗組員たちが休息をとっている。中には水着姿で日光浴をするものもいるが、右舷区画は男性の目が無い事と、見渡す限りの大海原しかない解放感によるものであろう。
そんな一角のパラソルの下、エリーゼとヘルガはそれぞれが持ち寄って本を読みながら、昼までの時間を過ごしていた。本といっても、この時代の革製の装丁がなされた煉瓦のような書物ではない。エリクシアの一般的な書物は紙ではなく、獣皮が使用されており、表紙は豚皮が使用されており、しわや反りが出やすいために、留め金がつけられた重厚なものが一般的であった。
しかしアレキサンドリアの書物は紙製であり、装丁も現代の本とあまり変わらない。書物の管理方法も、当時は主流であった横置きから書棚への縦置きとなっており、紙の質も良いものであった。それまでの書物と異なり、軽量であったせいで携帯にも困らず、多くの庶民にまで読書が広がった要因になっている。
「「…………」」
ヘルガが読んでいるのは、アレキサンドリアの大衆書籍であり、その中でも趣味性の高いものである(具体的には婚約破棄系のザマァ系が多いのだが……)。お客様方に解放された図書スペースの蔵書の中でも人気が高く、とりわけ貴族子女に人気が高いのは、描かれているいじめや悪意がより身近であるからだろう。現実世界では、実行することなどできないことと知っていながらも、展開が気になる貴族子女は多いようだ。
アレキサンドリアで使用されている言語は二種類ある。一つは、公用語として、アルベニアと共通するイタリーノ語であり、もう一つは魔法語であるエンゲルス語である。
エンゲルス語は主にアレキサンドリアの中でも、魔法関連に用いられており、魔法関連の書籍はすべてエンゲルス語が用いられている。
近年一部の魔法書がアレキサンドリアの中でも解禁され、イタリーノ語で記述された魔法書も存在しており、エリーゼが読んでいるのはこの中の一冊であった。書物のタイトルは『魔法学序論』である。
「彼らの魔法学というのも、本国とは異なるのですね……」
つぶやいてエリーゼの声に、ヘルガは顔をあげた。首をかしげてエリーゼを見ると、エリーゼは微笑む。
「ごめんなさい、貴女の楽しみを奪うつもりはなかったんですのよ? 興味深い内容が記述してあったので、つい声に出してしまいましたわ」
ヘルガは少し赤面しつつも、薄い金属製の猫の意匠をしたしおりを挟み、エリーゼの示す箇所を見つめた。
「エリクシアではルキウス教の影響もあって、貴族以外の魔法使いはほぼ神職に限定されてしまいましたが、他国ではごく一般的なようですね」
「ええ、これは初心者向けの書物だそうですが、彼らが使う魔法は主に三種類に分類できるそうですわよ」
エリーゼによると、アレキサンドリアの魔法は属性魔法と精霊・神性魔法、召喚魔法に分かれるという。
属性魔法は、火・土・風・水の四大属性に光と闇を加えた六属性からなっており、使い手も比較的多い魔法である。これは術者本人の魔力によって事象を引き起こすもので、術者によって行使できる魔法の属性や強さに限界がある。
欠点としては、威力が周囲の環境によって大きな影響を受ける為、安定した火力を維持するには術者の熟練が必要なようだ。
精霊・神性魔法は、精霊や様々な神の加護を得た者のみが行使できる魔法である。利点としては、本人の魔力を媒体として加護を与えてくれた精霊や神々の権能に基づいた魔法を行使できる為、属性魔法に比較して術者の魔力の消耗が低い点があげられる。
反面、神にしろ精霊にしろ、複数の加護を得ることが難しく、多くは一種類であることがいえる点と、あくまでも加護を与えているのは精霊や神々である為に、加護を失う可能性は常にあるという点も大きかった。
召喚魔法はその名の通り、主に術者と契約した魔法生物や聖獣・魔獣を呼び出し使役する魔法が一般的であるが、使役対象となる生物に出会うことが難しい。それ以外にも、生物である為に食事となる餌を用意する必要がある場合なども多く、強力な使い魔であればあるほど。使役の都度に術者の魔力の消耗が大きくなるというデメリットがあった。
「なるほど、聖職者が使う魔法は神性魔法という扱いになるのですね。アレキサンドリアでは、属性魔法と精霊魔法の双方を使える方々が多いようですが、やはり召喚魔法の使い手は少ないということでしょうか?」
ヘルガの問いかけに、エリーゼは形の良い眉をひそめて考えたように見えたが、すぐに笑みを浮かべる。
「厳密な召喚魔法ではありませんが、一人使い手を知っているではありませんか?」
エリーゼの言葉にヘルガは少し考えて、すぐに一人の人物を思い出した。そして、その時である。
『総員起こし! 総員起こし! 第一級戦闘配備につけ』
耳障りな警報音とともに、テラス席は開口部が上下からシャッターのように閉鎖された。テラス席にいた女性乗組員は、その場でそそくさと着替えて艦内へと次々と駆け込んでいく。ヘルガとエリーゼは顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
「……いましたね、厄介事召喚士が……」
閉鎖された防御隔壁に映し出されたソレを見て、ヘルガはため息をこぼしながらつぶやいた。二本の蝕腕と八本の触手で、クロエが張ったと思われる魔法障壁を叩くクラーケンの姿を……
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