最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし

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学園生活

第3巻閑話 悪辣なるモノ

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 ☆★☆★
 「ユウキ様……私は一体どうすれば良いのでしょうか……?」

 俺の名前を呼びながら、今まで打ちひしがれていたイリアがそう問いかけてきた。
 「どうすればいいか」なんて、この世界に来て間もない俺が知っているわけもない。
 事故のように唐突に別の世界へ誘われた俺、新谷結城はファンタジーもののラノベよろしくチート能力でどんな逆境も楽々乗り越えられると思っていた。
 だけど実際にそんな逆境の場面に遭遇してしまうと頭が真っ白になるものだ。
 急に異世界に召喚されて「あなたは勇者です」なんて言われた時の比じゃない。
 命の危機と言うべきだろうか……何の前触れもなく敵国に飛ばされてしまうなど、どうしていいかわからない。
 一応チート能力は持っているが、この状況でどんな使い方をして乗り切ればいいかが頭に浮かばない。
 飛行機は?……無理だ。操縦技術もない俺が操縦したところで、危ないのには変わりない。
 空飛ぶ絨毯じゅうたん?……ダメだ、出てこない。
 俺が持っている無機物を生成できるチートは何かしらの条件があるようだ。
 例えばそう……見たことのあるものしか作り出せないとか。
 アニメで見たことあるから想像できても、実物を見ていなければ出せないとか。
 逆に実物を目にしていれば、細かいところまで記憶していなくても作り出せるのだろうか?
 俺は状況の打破より先に、自分の能力を確認することにした。
 とりあえずと、イリアの護衛であったナタリアさんの槍を出そうとしてみる。
 ナタリアさんと戦った時のように、何も無い空中から大きめの槍が出現する。
 おぼろげてはあったけれど、実際に目にすると「ああ、これだ」と思い出す。

 「……ユウキ様は一体何を……?」

 俺の行動に不信感を覚えたのか、そんな疑問を投げかけてくるイリア。

 「自分の能力の確認さ。いざって時に思ってたのと違ったりして命を落としたくないからな」
 「命を落とすって……一体何をする気です――っ!?」

 ここが敵地、魔族の大陸だというのに声を荒らげるイリア。
 慌ててその口を塞いで周囲を確認する。
 ……よかった、魔族とかはいないみたいだ。

 「ふぅ……よし、誰にも聞かれてないな。いいか、イリア?俺たちは今、敵地のど真ん中……しかも護衛も満足な装備もない状態だ。そんな中で敵と戦闘になって増援がぞろぞろやってくる、なんて窮地には陥りたくないだろ?」
 「は、はい……」

 イリアは自分のしたことを理解すると、ハッとして怒られた子供のように肩を落とす。
 ちょっと気まずい空気になりかけたから、俺は人差し指を口の前に立てて「静かに」のジェスチャーをしながら、茶化した言葉をイリアにかける。

 「だからこれはスニーキングミッションってことだ」
 「す、スニー……?」
 「隠密……つまりこっそりと行動して、国に帰るために色々模索したり情報を仕入れるってことだ」

 そう言ってニッ笑うと、イリアは慌てふためき始める。

 「そんなの無理です!剣のお稽古だって何の成果もない私が、そんな訓練を施された諜報部隊のようなことをするなんて……」
 「たしかに極めた動きはできないけど、息を殺して物音を立てないよう注意を払うことくらいはできるだろ?」

 俺がそう言うと、小さく頷くイリア。
 技術があろうとなかろうと、俺たちには選択肢が限られてるんだ。
 昔からよく使われるあの言葉でもある……「できるかできないかじゃない。やるかやらないか」だと!
 たとえアニメや漫画の言葉と言えど、それが実際に勇気をくれたりするから一概にバカにできないんだ。
 ……別に結城俺の名前と勇気をかけたギャグじゃないぞ?
 とまぁ、自分の中でくだらないことを考えるのはやめて、次にどうするかを考える。

 「……いや、本当にどうしようか……?敵の大陸ってことは、地理もそんなに詳しくないよな?」
 「はい、残念ながら……大雑把な分布図はわかるのですが、街や山の大きさ形といった重要な場所はちょっと……」

 それを聞いて「だよなー」とイリアには聞こえないよう小さく言葉を零してしまう。
 聞こえるように言ってしまうと、イリアが自分に責任があるって言って落ち込みそうだし。
 しかし実際どうしたことか……すると、再び武装した魔族の集団を見かけた。

 「武装した魔族、か……あっ」

 それを見てあることを思い付いた。

 「ユウキ様?一体何を……ひっ――」

 俺が武装した魔族を見て漏らした声が気になったイリアが視線を同じ方向へ向け、悲鳴を上げそうになったその口に手を当てて無理矢理に閉じさせた。

 「イリア、さっき言ったことを早速実践する時がきたみたいだぞ」
 「ぷはっ!……え?」

 魔族がある程度離れて行ったところで押さえ付けていた手を離すと、イリアは何のことかわかってないといった風な表情をしていた。
 俺は腰を低くしたまま歩き出し、イリアに手招きして見せて付いて来るよう誘導する。

 「ゆ、ユウキ様……そちらはさっきの魔族たちが向かった方向……?」
 「そうだ。となると、あの魔族たちはどこかの街やらを通るはずだ」
 「っ!ではつまりあの魔族たちの跡を付け、情報を集めるということですか……!?」

 イリアの推測に、俺は親指を立てて「当たりだ」という意味でグッドサインを見せた。

 「そんな無茶な……」
 「俺もイリアも、この大陸の地形には疎いんだ。だったら地道で危険でも、コツコツ前に進もうぜ」

 少しクサいくらいのセリフを格好付けて言ってみると、イリアはキョトンとした表情をしてしまっていた。うーん……異世界とはいえ、こういうセリフはやっぱり恥ずかしいか?
 ちょっと後悔しかけていると、イリアがクスリと笑う。

 「あー……やっぱりらしくなかったか?」
 「いいえ、とても男らしいですよ。ただ、ユウキ様はもうちょっと慎重に動く私と同じタイプだと思っていたので、意外だと思ったんです」

 そう言って笑う彼女は、とても眩しく見えた。

 ――――

 「おーい、経過はどうだ?」

 魔族の団体がある村に着くと、一人の魔族が他にもいた同族に気軽にそう話しかけた。
 そいつは同じように武装して何かを焼いて焚き火をしているようだった。

 「終わった終わった!ずいぶん手間取らせてくれたぜ、ここの連中は――」

 また増えた一人の魔族が何かを肩に担いで持っていた。
 アレは……魔族?怪我でもして運ばれているのだろうか……?
 「仲間を助けているのだろう」と良い方向で考えていた俺だったが、その後に見た光景は絶句してしまうものだった。

 「――よっ!」

 その担いでいた魔族を、あろうことか焚き火の中に放り投げたのである。

 「「っ!?」」

 声が零れそうになった直前、咄嗟に自分とイリアの口を塞ぐ。
 かなり近くで身を潜んでいたので、ここで声を出してしまっていたら気付かれていただろう……危なっ!
 イリアが落ち着いたところで手を離し、魔族たちに視線を戻す。
 よく見ると、魔族が放り込まれた焚き火には一人だけではなく、何人もの亡骸が下にあったのが見えた。
 そこには男女子供様々な大きさのものがあるように見える。
 まさか……さっきの魔族の一人が言ってた「経過」ってのは、この村の……?

 「しかしこいつらも頭悪いよなー?なったばかりとはいえ、魔王様に逆らうなんてな……面倒な手間を増やしやがって」
 「仕方ねぇだろ、それが俺たち下っ端の仕事だ。それにお前もこの村の女子供相手に十分楽しんだろ?」
 「つうかよ、ここいる全員がそれ目的で志願したんじゃねえの?魔王様の下にいれば旨い汁が吸えるってよ」
 「は?何言ってんだテメェ……当たり前だろうが!」

 下衆な会話を繰り広げながらガハハと豪快に笑っている魔族を見て、予想が当たってしまった俺はやっぱりと嫌悪感を覚えて歯軋りをしてしまう。
 イリアはそれが何の会話かを理解してない様子だったので、それは都合がよかったと言えるだろう。

 「ユウキ様……あの方たちはまさか、この村の者たちを全員……?」
 「……ああ、多分な。もうあの村に人はいないと思う」
 「そんな……なぜ魔族同士で……?」

 イリアは魔族が賊紛いのことをしていたことに愕然とする。
 しかし俺たちの目の前で、さらに信じられないことが起きた。

 「もう一匹、ガキを見付けたぞ!」
 「痛い……痛いよ!お母さん、お父さん!どこいったの!?」

 再び武装した魔族が一人増え、そいつは幼い年齢の子供を髪を掴んで引っ張ってきていた。
 その光景を見てしまった俺は、背筋に悪寒が走る。
 嫌な予感しかしない……恐らくあの子供もこのままだと殺されてしまうだろう。助けた方がいいのか?
 動こうか迷っている俺の服の裾をイリアが軽く摘まむ。こんな状況じゃなきゃ萌えてたんだろうなと思える仕草だ。

 「ダメです、ユウキ様……抑えてください……!」

 イリアもあの魔族が子供に何をするか、なんとなく予想が付いたのだろう。俺の裾を掴む手が震えているのに気付く。

 「でもこのままじゃ、あの子供が……」
 「あくまで敵の事情です、下手に手を出して身を危険に晒す必要はありません。ユウキ様がお優しいのはわかりますが、どうかここは非情になってください……!」

 イリアの震えていた手が止まり、力強い握りになっていた。
 たしかにこの現状で魔族の前に姿を現すのは得策ではない。しかし、ああも幼い少女を見捨てろってのか……?
 しかし俺がそう考えている間にも、魔族の少女に危険が迫っていた。

 「んじゃ、このガキ殺してさっさと次行こうぜ。この近くでまだ潰さなきゃならねえ村があるんだからよ」

 子供の髪を掴んでいた魔族が剣を振りかざす。このままではこの後に起きることを想像するのは容易だ。
 本当にこのまま見るだけで終わらせていいのかよ……?
 ……ここにアヤトがいれば迷わず助けたんだろうけど、そのアヤトはいないし俺はアヤトじゃない。
 助ける技術も度胸もないってことかよ……!
 そしてついに、子供に向けた剣が振り下ろされる――

 「だずげでぇっ!!」
 「っ……ああぁぁぁああぁあああっ!?」

 少女の求めに耐え切れず、俺は一本の槍を生成して剣を振り下ろしてる最中の魔族に向けて放った。
 それは見事に魔族の心臓部を貫く。

 「……んぁ?なん……だ、これ……?」

 心臓を貫かれた魔族は放心状態となり、剣は少女に届く前に地面に落とされる。
 そしてそのまま倒れる。死んだ……んだよな?

 「な、なんだテメェ!?いつからいやがった!」
 「いや待て、こいつ人間……?ってことは、こいつが魔王様が言ってた勇者か!?」

 バレてしまった……いや、こいつらの言い方からしてもうバレてた?
 そうか、俺たちは元々魔族の手でここに連れ去られて来たんだ。
 だとしたら、俺たちがここにいる一番の原因は魔王だったのか!?

 「こいつ、よくも仲間をっ!」

 一人の魔族がそう叫んで手斧を取り出して構える。
 って、そんなことを考えてる場合じゃなかったな!
 他にもいた魔族が武器を構え、さらに増援が増える。
 パッと見は十人くらいか?さっきの女の子は……まだあそこにいる!?
 先程殺されかけていた少女は、怯えてその場から動けなくなってしまっていた。
 それにこっちには……

 「ユウキ……様……」

 完全に腰を抜かしてしまっていたイリアがいる。
 でもどうしようとは考えない。
 さっきは感情的に動いてしまったが、こうなってしまったらチートを駆使して早急に全員倒すしかない……いや、殺す!
 思い出せ、今までどれだけ目の前でアヤトが人を殺してきたかを……人の死に対する慣れを!
 目の前にいる敵対する魔族以上の武器を出現させ、子供に当たらない高さで平行に飛ばす。
 魔族たちに放った武器は魔族の頭や胴体、上半身のあらゆる場所に当たる。
 そうして魔族たちに何かさせる前に、早期決着が着いた。

 「う……うぁ……!?」

 目の前にできてしまった魔族の死体の山。その光景を見て子供がさっきより怯えてしまっている。
 その子に俺は急いで近寄り、大丈夫かと心配しようとするが……

 「やだ……やだぁぁぁっ!」

 しかし魔族の子供は泣き叫びながら走り出してしまう。

 「え……」

 差し出した手から全力で逃げられしまい、落ち込んでしまう。
 子供に悲鳴を上げられながら逃げられると、結構落ち込むんだけど……

 「当たり前です。さっきまで殺されそうになってたとしても、敵種族が同族を目の前で全員殺されてしまえば、恐怖を覚えるでしょう?」
 「あ……それもそっか……」

 全くイリアの言う通りだった。これを同じ人間に例えたとしても変わらないだろうし……

 「ユウキ様……助けられるのはここまでです。これ以上、私たちにできることは何もありません。進みましょう?」
 「……ああ」

 イリアに対して、俺は短く返す。
 いつまでここに留まってもしょうがない。
 俺が勝手な行動をしたせいで、また手がかりをうしなってしまった。
 さっきの子供を探して聞くという手もあるけれど、問い詰めるようなことはしたくないしなぁ……
 また0から……そう思ってた矢先のことだった。

 「うわあぁぁぁぁっ!?」
 「なんだ!?」

 子供の叫び声が響く。
 聞こえてきたのは村の奥の方からで、さっき俺から逃げていった子供が逆にこっちに向かってくる。
 一体何から逃げて……?

 『キィヤァァァァッ!!』
 「「っ!?」」

 女性の甲高い悲鳴のようなものが、周囲に響き渡る。
 しかしそれは「ようなもの」であって、通常の生物が発するものでは決してなかった。

 『キャアァァァァッ!!』

 再び上がる悲鳴。そしてその声を出していたものの正体が姿を現す。

 「なん、ですか……アレは……!?」

 悲鳴のようなの声を上げていたものの姿を見たイリアは、体全体をガクガク震わせ始める。
 それもそうだ。「ソレ」は生物というには醜悪で、見た者の心を恐怖に陥れようとしているかのように悪辣なものだった。
 ミミズみたいな柔らかそうな長い胴体を持ち、埋め尽くすほどの目玉が張り付いていた。その両サイドから女性の腕みたいをいくつも伸ばして足代わりし、百足ムカデのように歩行している。
 そんなものが地面を揺らしながら、ゆっくりとこっちへ向かって来ている光景は、おぞましいことこの上ない……
 そして逃げてきた魔族の子供が俺の後ろに回り込んでくる。

 「もう……やだぁ……誰でもいいから助けてよぉ……」

 子供の怯えて助けを求める姿を見た後に、化け物を見据える。

 「……わかった」
 「ユウキ様!?」

 子供から求められた助けに対して承諾して頷くと、イリアが驚きの声を上げる。
 子供もまさか助けられるとは思ってなかったらしく、目を丸くして驚いていた。

 「あんな化け物を相手にする気ですか!?」
 「そうだよ。倒せるかはともかく、この子だけでも逃がしてやりたいんだ。それに、どっちにしても俺たちはあいつから逃げないといけないみたいだしな……」

 化け物の目玉が一斉に俺たちの方へ向く。

 「キィィィィ……!」

 高い鳴き声を小さく漏らす化け物が、複数持っている内のいくつかの腕を浮かせて俺たちに向けてワキワキさせている。戦う気満々ってことか……
 さて、さっきも言った通り俺たちはこいつ逃げるのが目的だ。
 だとして、こいつに対抗できそうなものは……いや、俺のチートなら思いっ切りでかいものをあの化け物の上に出現させて押し潰せばいいんじゃないか?

 「よし、思い付いたが吉日、先手必勝!」

 勝算を思い付いたところで早速、化け物の上に化け物よりも大きな黒いブロックを出現させる。
 高さもそこそこある状態で浮かせていたブロックを、俺は勢いよく落とす。

 「……」

 特有の目の多さでその存在にすぐ気付いた化け物は、落とされるブロックに腕が二本だけ向ける。
 化け物は黒いブロックを受け止め、ズンッと音を立てて地面へめり込む。
 だが潰れるところまではいかなかったようで、受け止め切った化け物は黒いブロックを放り投げた。
 大きめに出したせいで化け物が投げたブロックが家を丸々一軒二軒押し潰して倒壊させてしまう。
 あの細い腕でなんて怪力だよ!?……しかし、恐らくここにいる魔族はこの子供だけだろうからよかったけど、これで人が死んでいたら罪悪感が半端なかっただろうな……

 「「ひっ!?」」

 予想外の怪力に、イリアと魔族の子供が小さく悲鳴をあげる。
 ゴリ押しが効かないとなると、残る手段は……

 「イリア、それに魔族の子も!二人とも耳を塞いで、後ろに走ってくれ!」
 「え……え……?」

 俺の突然の提案にイリアは戸惑ったが、魔族の子は素直に従って走り出していた。
 イリアには説明する時間も惜しいので、俺は「ある物」を出して指示する。

 「もう一度言うぞ、イリア!俺がであいつを足止めするから、全力で逃げろ!」
 「そ、それは……?」
 「早く!」
 「っ!?」

 俺は焦りのあまり声を荒げてしまう。
 しかしそんなことを気にするよりも先に手に持っている物に刺さっているピンを抜き、化け物に向けて投げ付けた。
 そして化け物に俺の投げたものがある程度近付いたところで、化け物全体を覆うようにドーム状に包み込ませるものを生成する。
 俺も耳を塞ぎながらイリアの手を引いて走り出し、魔族の子供の後を追う。
 後方をを確認して様子を見ていると、塞いだ耳に僅かな耳鳴り音が聞こえてくる。

 『キ……アアァァァァアアァァァッ!?』

 音が聞こえたタイミングで塞いでいた耳から手を離すと、今度は化け物の悲鳴が聞こえてくる。

 「ハッハァッ!どうだ、俺たちの世界特製『閃光音響手榴弾』のお味は?しかもドームの中は反射板で固めてあるから、光は漏れなく全体に広がってるはずだ!目玉だらけで弱点丸出しのお前には効くんじゃないか――」

 ――ドゴンッ!
 俺が調子に乗っていると、化け物を包み込んでいたドームが大きな音を立てて破裂するように飛び散る。中にいた化け物が壊したのだ。
 化け物は今までと同じ甲高い悲鳴を上げ、複数ある目玉の内いくつかを閉じた状態で暴れ始めていた。
 さすがに全部を不能にさせるのは無理があったか?だけどあいつ自身、かなり混乱してるようだから、今のうちに……!
 と思っていたが、開いていた血走った目が全て逃げ惑う俺たちを捉える。
 そしてさっきまでゆっくりだった化け物は歩行速度を徐々に上げていき、周囲の建物を細い腕で壊しながら凄まじい速度で追ってきた。

 「クソ、速い……!さっきのをもう一度……って、あんな動かれると閉じ込めても怪力で逃げ出されそうだな」

 どれだけ頑丈なものならアレを止められるのか、皆目見当付かない。
 だけど泣き言を言う暇も、考える時間もない。だったらとりあえず、できることはしておくか!
 そのためのチートなんだから。

 「相手は化け物なんだ、遠慮する必要はないだろ?」

 二十本くらい剣や斧を出現させ、回転させながら化け物に飛ばす。
 それは走ってくる化け物の足に直撃し、何本かを切断する。

 『キャアァァァァッ!?』

 足を切断された化け物は悲鳴を上げ、その場に崩れてしまった。

 「よし、ビンゴ!あれで今度こそ当分は動けないはず――」

 だけどそんな期待も打ち砕くように、化け物の足は即座に再生する。
 いや、再生というより増殖というに近いかもしれない。
 切られた腕が枝木のように分かれて伸び始めている。

 「――うそーん……」

 さっきから俺が「やった!」と思う度に出鼻をくじくように否定してくるのやめてもらえませんかね?
 と思ってる間にも化け物は増えた足で立ち上がり、再び俺たちに向かってくる。

 「しかもさっきより早くねぇか!?」

 その様子に引っ張っているイリアが取り乱してしまっていた。俺だって今、かなりビビってるし当たり前だ。
 ホラー映画などで見てるだけであれば少し驚くだけで済むのだが、今はその映画で襲われていた人たちと同じ恐怖を味わっていることだろう。
 なんで異世界にまで来てホラーを体験しないといけないと文句を言いたくもなるが、コレが異世界にいる魔物だと言うなら受け入れなきゃいけないんだよな……

 「全く、チート使っても割に合わない最初からクライマックスの異世界転生物語とか、勘弁してくれよ……!」

 と呟きながらも、俺たちと化け物の間にさっきの巨大な黒ブロックを作り出して遮る。

 『キ……ッ!?』

 するとズンッと化け物がブロックにぶつかったらしき声と音が響き、地鳴りが起こる。
 その衝撃で体勢を崩しそうになるが、なんとか立て直して走り続けた。
 一応上手くはいった。しかしやっぱり時間稼ぎとするには相手が悪過ぎる。
 化け物は跳躍してブロックをあっという間に飛び越えてきた。
 怪力で俊敏という身体能力……しかも不意打ちに対する反応速度も早い。
 初めて会った魔物がこいつだけど、もしかしてこの世界の魔物って全部が全部こんな感じなのか……?

 「っていうか……いい加減しつこいっ!」

 化け物のタフさに段々と苛立ちを覚えた俺は、向かってくるそいつに向けていくつもの武器を作ってがむしゃらに放つ。
 しかしほとんど適当に撃ったとはいえ、相手の図体がそれなりに大きかったためにかなり命中した。
 だが切れども切れども剣の当たった化け物の腕は、即座に再生、増殖を続けてしまう。
 最初は足止めにはなっていたが、増えていった手足は数えるのもバカらしくなるほどとなり、そのうち腕を盾にして進んで来ていた。
 しかも、化け物は自分の特性を利用してわざと腕を切断させて増やしているようにも見えた。

 「学習能力あり過ぎだろ!本当に厄介だな……」

 そうツッコミながら足止めをさせたり距離を縮められたりとしながら、しばらく走り続けていた。
 先に逃げていた魔族の子供とも合流し、あらゆる方法で化け物を足止めしようと試みてみたが、あまり効果はない。
 漁網ぎょもうで包み込もうとしたり鎖などで足を絡めてみたりとしたが、力技で千切られてしまっている。

 「だったらこれは……」

 手榴弾を生成して投げ付けてみる……が、化け物は当然のようにそれをキャッチして上に投げ付けた。
 投げられた手榴弾は何も無い虚空で爆発する。

 「だからっ……さっきの一回で覚えられたのかよ……!?」

 さっき投げた閃光音響手榴弾を覚えられ、瞬時にそれが危険なものだと悟った化け物が回避方法を覚えたってわけだ。
 その事実に俺は段々と疲労が募っていることに気付き、足取りもフラつき始めてしまっている。
 俺に引っ張られ続けていたイリアなんて、今にも死にそうな表情をして満身創痍という感じだ。
 しまった、ペース配分を考えるのを忘れてた……俺はスポーツとかで体力を付けたあるけれど、イリアは如何にも温室育ちの貧弱お姫様って見た目してるもんな。
 魔族の子供もあまり余裕がなさそうだ。むしろこんな小さい身でよく俺たちに付いて来られたもんだ。
 そんなイリアたちのためにも、俺は覚悟を決めて立ち止まる。

 「イリアたち、ここは俺が時間を稼ぐから先に行ってくれ!」
 「ユウキ様!?無茶です、お止めください!」

 魔族の子供はこっちを一瞥だけしてさっさと逃げ去ってしまうが、イリアは驚きと困惑の表情を浮かべて立ち止まってしまった。

 「三人揃って逃げるより、俺がここであいつと戦って時間稼ぎした方が現実的だってのはわかってるだろ?」
 「ッ……だったら戦えれば問題ないのですね?」

 イリアが突然そんなことを言い出し、俺と肩を並べる。

 「お姫様が戦えるのか?」
 「侮らないでください。戦闘はほとんどしたことはなくとも、使える魔法はあります!」

 イリアはそう言って何かの言葉を発し始める。
 魔法?ナタリアさんが使ったものもは別のものが見れるか……?
 イリアの詠唱はさほど時間はかからず、唱え終わると俺たちと突っ込んできた化け物の間に炎の壁が突然広がった。
 うおっ、マジもんの魔法じゃねえか!
 ナタリアさんが使った体に纏うものと違い、まるでタネのわからないマジックを見ているようだった。
 その炎の壁に化け物がぶつかり、すぐに霧散してしまう。しかし炎は化け物の体に燃え移り、効果はしっかり残っている。

 『キャアァァァァッ!?』

 体が燃える化け物は悲痛な叫びを上げ、のたうち回っていた。
 物理より魔法が弱点だったのか、あの化け物……?
 化け物はバタバタと暴れ回り、周囲の木々をその怪力で薙ぎ倒している。
 だけど決定打には少し足りないか……

 「……今なら狙えるか」

 化け物を見据えて静かに呟く。
 さっきから武器が当たってたのは腕だけだし、やってみる価値はあると思う。
 空中にナタリアさんが使っていた槍を生成して、地面を転げ回る化け物に狙いを定める。
 この槍にしたのは意味があるわけじゃない。単に気持ち的に彼女の強さを借りているつもりになってるだけだ。
 そして俺は化け物に向かって、槍を投げる。
 気持ち的に強かったおかげか、今までよりも速く飛んでいった気がした。
 そしてそれは暴れている化け物の目玉へと勢いよく突き刺さり……

 『キィヤァァァァァッ!?』

 一層大きな悲鳴を上げる。
 そして化け物は自らの体が鎮火したタイミングで素早く立ち上がり、俺たちがいる方向とは別方面に走り去ってしまった。

 「……逃げたのか?」
 「……そう、みたいですね……」

 俺たちは化け物が去って行った方を見て唖然としてしまう。
 その後、俺たちは村に戻って一休みした。
 結局、子供は戻って来ないまま一晩を過ごし、日が出ると共に俺たちは再び当てもなく歩き始める。
 何の考えもないその考えが、まさかあいつとの運命の再会を果たすきっかけになるとは思ってもみなかった。
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