理系転生 ~人類を根絶する目的で世界平和を目指す魔王と自身の好奇心を満たす目的で世界を破滅させる勇者の物語~

卜部猫好

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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

伝承と神話/4:夢見る理系のスカトロジー

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 先程の部屋は迷宮の最奥ではなかった。さらに進めば別の神に出会える部屋があるだろうと感じ奥に進む一同。その予想は正しく、まもなくまたこれまでとは趣の違う部屋にたどり着く。前に神と出会った部屋が管理された箱庭であったのに対し、今度は明白に居住性を考えて作られた住居内の一室だった。貯蔵用と思われる壺や食事に使用されると推測される食器も見つかる。住人の気配がしない中で、家探しめいたことを行う中でシズクが呟く。

「このお茶碗持って買えると、無限にお米が湧いてきたりしないかな」
「マヨヒガってやつか」

 マヨヒガは迷い家と書き、東北を中心に全国に残る日本の伝承である。明らかに誰かがついさっきまで暮らしていたような家なのだが主の姿が見えない奇妙な家であり、この家から何かを持ち帰ることができた者は幸福になるというエピソードがある。伝承ではお茶碗を持ち帰ったところ、何故かそのお茶碗から無限に米が湧き続け家が栄えたという逸話もある。

 これに関しては、神話や怪異というよりも、鎌倉時代におきたある出来事が背景にあるという説が現在の歴史学研究では主流である。源氏と平氏の争い、所謂源平合戦だ。この戦で負けた平家の子孫は、日本各所に散らばり見つからないように隠れて暮らした。隠れ暮らしとはいえ元の立場も相まってその生活水準は低くなく、特に食器などは良いものを使っていたという。ここに人が訪れると、彼らは見つからないように隠れて人が立ち去るのを待つ。その結果、先程まで人が居たような生活感があるにも関わらず無人のマヨヒガが出来るという流れだ。物を持ち帰ると幸福になるという逸話も、彼らが良い食器を使っていたことから導かれる。

「なんか空き巣みたいであんまり褒められたものじゃないよね」
「空き巣くらい平然とやれないと勇者とは言えない」

 そんな会話をしていると、ゆっくりと戸が開き一人の女性が顔を出した。先程の異形とは異なり見た目は人間そのものだ。慌てて正座し頭を下げる。

「あぁいえ、気にしないでください。ようこそいらっしゃいました」
「無礼を許していただきありがとうございます。人間、綾崎シズクと申します」
「ご丁寧にどうも。すぐに何か食べるものを用意致します。戸を開けることなくお待ち下さい」

 そう言ってぴしゃりと閉められる戸。改めてシズクは渋い顔をする。

「開けるなよ? いいか? 絶対に開けるなよ?」
「その振りやめて。そもそも、そんな振りがなくても開ける人は開けるし、私は絶対に開けない」

 見るなのタブーの典型例。これに関してはバナナ型神話よりも対処が簡単だ。絶対に開けなければ良いだけ。決してしびれを切らすことなく待てば良いだけだ。相手はこちらに開けさせようとする意図があるかはさておき、確実にこちらの好奇心を刺激したり焦らすようなことをしてくるが、それを耐え続ければ良い。それで何か困ることが起きるわけではないし単純だ。

 一応厄介なパターンをあげるなら、相手が出てくるのがあまりに遅い場合だ。だが、世の男性諸君は女性の身支度の時間の長さを学習するべきだろう。短く見積もっても30分、最悪半日は平然と待ち続けなければならない。

 なお、神話において待てと言われて待ち続けることができた最長記録はインド神話だろうか。主神シヴァとその妻であるとされるパールヴァティの仲は非常に良く、一目を憚ることなく裸でイチャつく神話きってのバカップルである。そんなシヴァに一言挨拶をしようと彼の宮殿を訪れる修行僧だったが、シヴァは相変わらずパールヴァティと情事の最中。仕方ないから終わるまで待ち始めるが、結局そのまま百年以上二人は交わり続けていたという。嬌声が響いていただろう部屋の中で百年以上扉を開けることなく待ち続けた修行僧はもちろんだが、シヴァの精力にも驚かされるばかりである。

 さて。そんな形で長期戦を覚悟したシズクだったが、案外早く戸は開く。その時間はわずか数分。女性は両手に一杯の穀物と抱えて現れた。

「まぁ、こんなにたくさん。素晴らしいですわ! 帰ったらどう料理致しましょうか?」

 だがやはりというべきかシズクの表情は渋い。

「申し訳ありません、その戸の奥を今確認しても構いませんか?」
「どうぞ」

 見るなの制限は終わっている。確認を取ってから改めて奥の間に足を踏み入れるが、そこは別にさらに多くの食物があるわけではなく、それどころかそもそも食物が貯蔵されていたような容れ物もない。自分の予想があたっていたことを確認したシズクは改めて女性と対峙する。

「歓迎とてもありがたく思います。しかし申し訳ありません。その土産は遠慮致します」

 またしても驚いた顔でシズクを見る一同。女性は「いえ、しかし」と返すがこれにシズクが「いえいえ」と返す日本人ありがちな遠慮合戦が行われ、結局シズクが勝利する。残念そうな女性を残し、さらに奥へと続く通路から先に進むことになった。

 今度も何か理由があるのだろうと察した一同がシズクに理由を聞いたのは、次の部屋の謎を解き終えて通路を進んでいた時だった。

「で、結局どうして受け取らなかったんだ?」
「リク君が怖いのはまんじゅうなんだろうけど、私は食品衛生法が怖い」

 神々が人類に食料を分け与える神話におけるパターンとして、全世界に共通するものがある。それは、神々がどう食料を出すかである。まず、単純にその場にあるものを渡すパターンがある。バナナ型神話の多くがこれである。一方、変わった方法で食料を出すパターンがあり、これはドイツの民俗学者アドルフ・イェンゼンがインドネシアのセラム島を始めとして世界各地の伝承を調べる中で確認されたもので、セラム島に住むヴェマーレ族の神話に登場する女神の名前を取ってハイヌウェレ型神話と呼ばれる。このパターンで食物は神の死骸、もしくは、吐瀉物や排泄物が生まれている。

 日本神話においては天界を一時追放された素戔嗚尊が食物神である大宜都比売命に食べ物を求めたエピソードに見られる。大宜都比売命は鼻くそや唾、さらには糞尿から食材を作り出しこれを調理して渡すのが、相手は暴れ者で知られる素戔嗚尊、当然憤慨し、大宜都比売命を斬り殺してしまった。なお、この死骸が後の人類が口にする五穀に変化したという。

 この一見奇妙な神話体系はインドネシア及び中国日本地域で広く見られる一方、中東の砂漠地帯やヨーロッパの寒冷地帯ではほとんど見られない。ここからこの神話の誕生の正体が見えてくる。それは土地の気候風土に伴う農耕文化の違いである。

 現代人は効率的な農耕技術を知っている。畑の隣で飼われている牛や馬の糞尿、もしくは、肥溜めとして貯蓄されている人間の糞尿を肥料として畑に撒くことに驚きを感じることもなく受け入れることができるだろう。他にも、腐敗した動物の死骸が土に還り大地の力を与えることも知っているはずだ。

 しかし、そういった現象の理由を知らず、ただ漠然と糞尿を撒くと作物がよく育つらしいと聞いた人間は間違いなくこう思う。非衛生的で気持ち悪いと。そこで神話の出番となる。曰く、作物は神の吐瀉物であり排泄物であり、その死体である。ならばその神話を模倣して作物を育てることは、一見常識的に考えて嫌悪感を覚えるとしても正当なことであると。こうして未知に理由を与え、生活の向上を図ったのが神話であり、宗教である。

 このような農耕は、まず砂漠地帯では行うことができない。ヨーロッパの寒く降水量の少ない土地でも同じであり、また、これらの土地では死骸が腐敗し土に還る速度も遅い。結果的に、ハイヌウェレ型神話が生まれにくいのだろう。

 と、ここまでが歴史学や民俗学、すなわち文系的な考え方である。これらはほぼ完全にハイヌウェレ型神話の成立背景を説明しているように感じる。だが、未知の宇宙人の吐瀉物や排泄物が食物の起源だという宇宙生物学や宇宙人類学を完全否定する要素はない。故に夢見る理系少女であるシズクは考える。神はいないが神にしか見えない存在はいると。

 もちろん、このような考え方はオカルト的であり非科学的であるとされる。そう言う人々は口々にこう言う。なんでも宇宙人のせいにしたら話が簡単に終わってしまうじゃないか、それは逃避であり神にすべてを押し付けた宗教的考えと同じだと。

 だが本当にそうなのだろうか。すなわち、宇宙人の発見は終わりなのだろうか。否、始まりである。当然彼らを見つけた後には、数多くの発見があり、同時に新しい謎が連鎖的に出現していくはずだ。私達は既に、知ることがより多くの未知を作ることだと知っているのだから。

 このような理系と文系の対立は歴史で数多見られる。しかし、その多くで理系は勝利している。その代表が地動説と進化論である。故にシズクは信じる。いずれ宇宙生物学も宇宙人類学も勝利するだろうと。

 ただそんなシズクもなんでもかんでも宇宙人のせいにしてしまう論調や、また、宇宙人をエンターテイメント的に扱う風潮は嫌う。だが同時に、そんなものありえない、すべては人類の先祖の行いだとする主張もそれはそれで優勢民族説の香りがして嫌になる。それは彼女の幽霊に対する考え方と同じだ。故に、シズクに「宇宙人はいるのか?」と問えば、間違いなく彼女はこう答える。

――私には全然わからない。

 さておき。

「料理はもちろん美味しいことが重要だよ。でもそれを判断するのが人間である以上、そこには単純な味以上に感情が影響を与える。リク君も何も知らないうちはコオロギせんべいを美味しそうに食べてたのに、それがコオロギだって知ってから気持ち悪がって食べても吐き出すようになったじゃない」
「あまり思い出させるなよ。昆虫食の可能性を否定するわけじゃないがどうにも嫌悪感が拭えないんだ」
「そういうことなんだよ。食材の起源は、味以上に重要なんだ。だから仮にこの世界に食品衛生法が存在しないにしても、あの食料が吐瀉物や排泄物である以上、私には美味しい料理が作れない」

 そう言われると確かにそうだ。まさに知らぬが仏、好奇心は猫を殺す。シズクは確かに女性に良いと言われるまで戸を開かなかったが、結果的に事実を知ってしまったという点においては戸を開けたことと同じである。結局、神々が見るな開けるなと言われた時、人は絶対にそのタブーを破ってしまう運命にあるのかもしれない。

「あの人が大宜都比売命なのかハイヌウェレなのかデメテールなのかは知らないけどさ。少なくとも悪意のようなものは感じなかったし、前のやつみたいに下等な人間に試験を出すような傲慢さも感じなかった。本当に善意で、こちらに施しをしてくれたんだと思う。それはわかってるんだよ。でもね、たとえそうであっても、文化と常識の違いという壁は存在している。ある意味で人肉ハンバーグを提供したループと同じだよ。神々は必ずしも敵ではないのかもしれないけど、非常に高い確率で、彼らとわかり合うことは出来ないと言えてしまうね」

 生命の活力となる食料。それを通してシズクはこの迷宮で改めて、人と神の間にある大きな溝を再確認していくのだった。その探索は、まだ続いている。
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