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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか
正攻法とチート/4:電流戦争
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「ここまではうまく行っていますね」
そう声をかけたイルマの表情は決して明るくはない。ポジティブな意味の言葉にも見えるが、それはつまり現状を認めつつも最終的な局面をネガティブに捉えている故のこの先に対する期待と要求である。
「それで、ここから何を?」
シズクは答えない。答えられない。展開を予測し、用意された札はすべて切っているからだ。
「とにかく、勝ってください。どんな手段を使ってでも」
鼓動の音が聞こえた。それは恐怖か、緊張か、それとも覚悟を決めることへの要求か。持ち場に戻るイルマから目がそれ、そのままテスタメントの作業台へと流れていく。
勝負は絶対値ではなく相対値で決まる。故に、己の力を高めることのみではなく、他人の妨害を行うことも戦術と言える。それは一見すると卑怯に見えるかもしれないが、多くの勝負事において勝敗の差は生死を分けてきた。卑怯だと罵ることができるものは、まだ生きている時点で幸福であり、また、極めてライトで遊びかゲームに近い勝負の世界に酔っているとしか言えない。ましてそれが個人の問題ではなく、大勢を巻き込んだ戦争であれば人道に反するような卑怯な戦略は決して否定されるものではない。もちろん、戦後の統治や諸外国との関係性において問題が生じることはありえるが、指導者はそのような未来と、自国が敗戦し自分が主導権を握れないところで国が蹂躙されるリスクを天秤にかけなければならない。そしてこの天秤は、ほぼ確実に卑怯を肯定する方向へ傾くのだ。
この世界にはまだカレーという料理が存在しなかった。つまり、当然ながら日本人にはお馴染みのカレールーはおろかカレー粉すら存在しない。テスタメントは現状で使用できる香辛料を繊細に調合しその味を表現している。彼のことだ、それは本当に完璧な調合なのだろう。つまり、ほんの少しでも調合が狂えば味は大きく劣化するはずだ。別に塩と砂糖をすり替えるだとか、そんな大きなことをする必要はない。ほんの少し、ちょっと秤に細工をする程度で十分だ。
勿論、シズクの信念はそのような卑怯を好まない。だがそれでも、今はもう。
「慣れないことすんなよ」
はっ、と意識が目の前に戻ってくる。隣では無表情でフライパンをゆすりポップコーンを作り続けるリクの姿があった。
「別に妨害を否定するわけじゃない。勝負である以上それは立派な戦略で、負けた後のことを考えればそういうことをせざるをえない状況だってのは俺にもわかる。だがな、お前はそういう所謂『汚いこと』を経験したことがあったか?」
無い。少なくとも、大勢に批難されるような非道を取ったことはない。
「そういう手ってのはな、思ってる以上に簡単じゃぁないんだよ。それこそ、そういう妨害だったり、盤外戦略で勝利を掴むことに人生を費やしてきたやつが多い。あの発明王さんだってそうだ。それが褒められたことかはさておき、少なくとも血の滲むような努力をしてきたんだ。だがお前はそうじゃない。お前が考えていたのは、努力も経験もゼロの状態で勝つという極めて甘い考えだ。もはやチート使用でもなんでもない。それこそが本当の意味での、都合の良い妄想だ。目を覚ませよ、バカ」
ぐっ、と唇を噛む。大声で怒鳴りつけたい気持ちを必死で堪え、かろうじて伝わる程度の小声で囁く。
「じゃぁどうすればいいの?」
「知るか。お前に策がないなら俺にあるわけないだろ。ならもう、負けた後であの豚玉様の靴を上手に舐める方法とか、もしくはうまく力を取り戻してから逃げる方法を今の時点から考えておくことくらいしかできないだろ。それがお前の大好きな現実主義だよ」
それまるで、これまでの自分の主張がブーメランとなって帰ってきたようだった。現実主義。そこに書いてあることは勝てる状況で勝つ当たり前の方法論であり、奇策も奇跡も等しく否定されている。それはつまり、世界は決して甘くない、という苦い現実である。
しかしこの時、既に奇跡は発生していた。尤も、科学における奇跡というのはそのほとんどがどうしようもない話だったりする。ペニシリンの発見はカビを発生させてしまったというお粗末な実験管理の失敗であるし、万有引力を発見したニュートンもひらめきも今風に言えば現実逃避から公園のベンチで時間を潰していた瞬間だ。大きな成功は彼らにそんな状況を肯定せざるをえない言葉を引き出すのだろうが、本心で言えばそういうことは隠した上で自身の努力と才能の結果だと言い張りたいというのがほとんどだろう。ここで起きた奇跡も、そんな類のどうしようもない事象だった。
「うぉぉおお! みゃすみゃす! ラブリーみゃすみゃす!」
ギルド魔道士ポッセス。磁力も魔法を操り、防衛戦の天才の異名を誇った彼も、今となっては近寄りがたいアイドルオタクでしかない。もはやかつてのように多くのレールガンを制御したり、雷に打たれて覚醒した電気を操る魔法を使用せずとも、彼に近づくものはいない熱狂的気持ち悪さでペンライトを振り続ける彼の思いはひとつだ。自分の推しを、もっと大勢に認めてもらいたい。確かに下手に思える歌も、ずっと聞いているとこれはこれで味なのだ。彼女はもっと評価されるべきだ。それだけの魅力があるのだ。ポッセスにとってのみゃすみゃすは、決して偶像|アイドル|ではない。神なのだ。その信仰心が、彼の能力とあわさって奇跡を引き起こす。
「うん……あれ?」
テスタメントのカレーを食べる手が止まる。最初にあったのは小さな違和感。首をかしげつつ改めて口にカレーを運んだ時、その違和感が現実であることに気付く。
「なんか急にまずくなったな」
その反応は、突然会場中のほぼ全員の間に広まった。これまでの熱狂が嘘だったかのように静かにざわつく会場の様子にテスタメントも気付く。何が起きた。自分が何かミスをしたのか? 否。では、誰かに妨害されたのか? それも否。彼も自身のカレーの繊細な香辛料の調合で成り立つ物であることを理解していたが故に、調理場及び配膳行程での他人の手には厳しい注意を向けていた。ありえない。では何故こうもネガティブな反応が広がっている。一体何が起きている。眉をひそませてスプーンで鍋のカレーを一杯口に運んだ瞬間、彼の脳裏に浮かんだイメージ。それは、巨大なテスラコイルの前でコーヒーを飲む自分に似た誰かの姿だった。
「電流か……」
完璧だったはずの彼のプランを崩壊させたもの。それは、今この手の中にある金属のスプーンだった。
そう声をかけたイルマの表情は決して明るくはない。ポジティブな意味の言葉にも見えるが、それはつまり現状を認めつつも最終的な局面をネガティブに捉えている故のこの先に対する期待と要求である。
「それで、ここから何を?」
シズクは答えない。答えられない。展開を予測し、用意された札はすべて切っているからだ。
「とにかく、勝ってください。どんな手段を使ってでも」
鼓動の音が聞こえた。それは恐怖か、緊張か、それとも覚悟を決めることへの要求か。持ち場に戻るイルマから目がそれ、そのままテスタメントの作業台へと流れていく。
勝負は絶対値ではなく相対値で決まる。故に、己の力を高めることのみではなく、他人の妨害を行うことも戦術と言える。それは一見すると卑怯に見えるかもしれないが、多くの勝負事において勝敗の差は生死を分けてきた。卑怯だと罵ることができるものは、まだ生きている時点で幸福であり、また、極めてライトで遊びかゲームに近い勝負の世界に酔っているとしか言えない。ましてそれが個人の問題ではなく、大勢を巻き込んだ戦争であれば人道に反するような卑怯な戦略は決して否定されるものではない。もちろん、戦後の統治や諸外国との関係性において問題が生じることはありえるが、指導者はそのような未来と、自国が敗戦し自分が主導権を握れないところで国が蹂躙されるリスクを天秤にかけなければならない。そしてこの天秤は、ほぼ確実に卑怯を肯定する方向へ傾くのだ。
この世界にはまだカレーという料理が存在しなかった。つまり、当然ながら日本人にはお馴染みのカレールーはおろかカレー粉すら存在しない。テスタメントは現状で使用できる香辛料を繊細に調合しその味を表現している。彼のことだ、それは本当に完璧な調合なのだろう。つまり、ほんの少しでも調合が狂えば味は大きく劣化するはずだ。別に塩と砂糖をすり替えるだとか、そんな大きなことをする必要はない。ほんの少し、ちょっと秤に細工をする程度で十分だ。
勿論、シズクの信念はそのような卑怯を好まない。だがそれでも、今はもう。
「慣れないことすんなよ」
はっ、と意識が目の前に戻ってくる。隣では無表情でフライパンをゆすりポップコーンを作り続けるリクの姿があった。
「別に妨害を否定するわけじゃない。勝負である以上それは立派な戦略で、負けた後のことを考えればそういうことをせざるをえない状況だってのは俺にもわかる。だがな、お前はそういう所謂『汚いこと』を経験したことがあったか?」
無い。少なくとも、大勢に批難されるような非道を取ったことはない。
「そういう手ってのはな、思ってる以上に簡単じゃぁないんだよ。それこそ、そういう妨害だったり、盤外戦略で勝利を掴むことに人生を費やしてきたやつが多い。あの発明王さんだってそうだ。それが褒められたことかはさておき、少なくとも血の滲むような努力をしてきたんだ。だがお前はそうじゃない。お前が考えていたのは、努力も経験もゼロの状態で勝つという極めて甘い考えだ。もはやチート使用でもなんでもない。それこそが本当の意味での、都合の良い妄想だ。目を覚ませよ、バカ」
ぐっ、と唇を噛む。大声で怒鳴りつけたい気持ちを必死で堪え、かろうじて伝わる程度の小声で囁く。
「じゃぁどうすればいいの?」
「知るか。お前に策がないなら俺にあるわけないだろ。ならもう、負けた後であの豚玉様の靴を上手に舐める方法とか、もしくはうまく力を取り戻してから逃げる方法を今の時点から考えておくことくらいしかできないだろ。それがお前の大好きな現実主義だよ」
それまるで、これまでの自分の主張がブーメランとなって帰ってきたようだった。現実主義。そこに書いてあることは勝てる状況で勝つ当たり前の方法論であり、奇策も奇跡も等しく否定されている。それはつまり、世界は決して甘くない、という苦い現実である。
しかしこの時、既に奇跡は発生していた。尤も、科学における奇跡というのはそのほとんどがどうしようもない話だったりする。ペニシリンの発見はカビを発生させてしまったというお粗末な実験管理の失敗であるし、万有引力を発見したニュートンもひらめきも今風に言えば現実逃避から公園のベンチで時間を潰していた瞬間だ。大きな成功は彼らにそんな状況を肯定せざるをえない言葉を引き出すのだろうが、本心で言えばそういうことは隠した上で自身の努力と才能の結果だと言い張りたいというのがほとんどだろう。ここで起きた奇跡も、そんな類のどうしようもない事象だった。
「うぉぉおお! みゃすみゃす! ラブリーみゃすみゃす!」
ギルド魔道士ポッセス。磁力も魔法を操り、防衛戦の天才の異名を誇った彼も、今となっては近寄りがたいアイドルオタクでしかない。もはやかつてのように多くのレールガンを制御したり、雷に打たれて覚醒した電気を操る魔法を使用せずとも、彼に近づくものはいない熱狂的気持ち悪さでペンライトを振り続ける彼の思いはひとつだ。自分の推しを、もっと大勢に認めてもらいたい。確かに下手に思える歌も、ずっと聞いているとこれはこれで味なのだ。彼女はもっと評価されるべきだ。それだけの魅力があるのだ。ポッセスにとってのみゃすみゃすは、決して偶像|アイドル|ではない。神なのだ。その信仰心が、彼の能力とあわさって奇跡を引き起こす。
「うん……あれ?」
テスタメントのカレーを食べる手が止まる。最初にあったのは小さな違和感。首をかしげつつ改めて口にカレーを運んだ時、その違和感が現実であることに気付く。
「なんか急にまずくなったな」
その反応は、突然会場中のほぼ全員の間に広まった。これまでの熱狂が嘘だったかのように静かにざわつく会場の様子にテスタメントも気付く。何が起きた。自分が何かミスをしたのか? 否。では、誰かに妨害されたのか? それも否。彼も自身のカレーの繊細な香辛料の調合で成り立つ物であることを理解していたが故に、調理場及び配膳行程での他人の手には厳しい注意を向けていた。ありえない。では何故こうもネガティブな反応が広がっている。一体何が起きている。眉をひそませてスプーンで鍋のカレーを一杯口に運んだ瞬間、彼の脳裏に浮かんだイメージ。それは、巨大なテスラコイルの前でコーヒーを飲む自分に似た誰かの姿だった。
「電流か……」
完璧だったはずの彼のプランを崩壊させたもの。それは、今この手の中にある金属のスプーンだった。
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