大戦乱記

バッファローウォーズ

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紀州征伐 前編

侵攻軍本隊合流

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 不調に終わった侵攻戦二日目の翌日。
大量の軍需物資と共に後続の六万が中郷へ入り、先陣部隊一万八千と合流した。

 そして李醒と面を合わせ次第、呉穆と徐款ジョカンは頭を下げる。

「李醒……すまぬ。的場ごときと甘く見て、無駄な損失と遅延を招いてしまった」

「兵達の士気も、かなり下がってなぁ。……真に面目ない」

 先陣としての役割を充分に果たす事が叶わず、且つ甚大な被害を受けて足を止めてしまった事を、両将はこの上なく恥じた。

「勝つも負けるも兵家の常。くよくよせずに鋭気を養い、次の作戦に備えよ。シンに罪深いのは失態を忘れて繰り返す事だ。……今後の活躍を期待する」

 これに関して李醒は責めなかった。二人の失敗を反面教師として気を引き締めさせる一方で、戒めを諭す事で激励する。

「軍議を開く。主立つ将等を集めよ」

 万全状態の李醒本隊に「待った」はなかった。
侵攻の遅れを思うなら叱責は最小限に抑え、直ちに頭を働かせて行動に移す。
それこそが李醒の考えであり、同時に侵攻軍の方針に他ならなかった。

 諸将は速やかに召集され、変更が生じた今後の動きについてを説明される。

「敵が野戦に及んだ事は時間稼ぎを意味する。それも積極的な攻勢に出ている事から、恐らくは友軍同士の折衝が後手に回っているのだろう。故に我等は全軍一塊となって進み、一気に岡崎家の居城を攻める。他の支城や集落・砦は全て無視し、頭のみを叩き潰すのだ」

 侵攻前の作戦は敵援軍を警戒しながら着実に進むという安全策だったが、いざ侵攻に及んで敵の出方から状況を察するや、即座に真逆の方針に切り替える。
戦機を見るに敏で果断に動く。それこそが、李醒の強さであった。

「李醒……将軍。一つ確認したい事があります」

「「李醒」で構いませぬ、若君。……何でしょうか?」

「……的場昌長は道中で必ず邪魔をしてきます。戦力差から見ても、恐らくは背後や側面を襲ってくるでしょう。これを完全に無視する事は最終的な被害の拡大に繋がりますから、俺達輝士隊が遊撃部隊となって的場に対処するべきと思いますが……どうでしょう?」

「ご配慮感謝致す。然れど、遊撃隊であれば既に手筈が整い、王晃が役目を果たします。故にお気遣いは無用です。若君の輝士隊には、来るべき時に備えて体力の温存を図ってもらいます」

「来るべき時……覇攻軍が援軍に現れた時ですか?」

「如何にも。状況によって変わる事もあるでしょうが……今、私が考えている覇攻軍対策は、私の軍を囮にして若君の輝士隊に奴等の奇を突いてもらう事。奇を突くに長けた飛刀香神衆の方々にも御助力いただきたく、それには彼等との連携が慣れている輝士隊が必要なのです。
――生憎と……呉穆も徐款も王晃も、良い歳して協調性に欠けます故」

 ちらっと三将を一瞥する李醒に、当の三将は思い思いの反応を見せる。

「そうだろうな。李醒という細男曰く、某は「独り善がりの戦狂い」らしいからな」

「散々に言われとるなぁ……武力零の男から散々に言われとるなぁ……。なぁ、王晃?」

「…………私に投げるな。貴殿とてそうだろうが」

 呉穆は堂々と自認して頷き、徐款は後ろ頭を掻きながら横に流し、王晃はばつが悪そうに視線を逸らした。

「見ての通りです若君、それと飛刀香神衆の姫君。遊撃隊は王晃に任せ、覇攻軍来襲の折りには、必殺の奇襲を宜しくお願いします」

 一方の李醒は屈強な古強者達の様子を歯牙にもかけなかった。
ナイツはそこから察するに、ナイトの仲間加入以前からの付き合いである彼等にとって、このやり取りは日常風景の一つなのだと思った。

 余談だが、李醒及び彼直属の家臣団の多くは、今は無き西方の鳳国の出身者である。
彼等はイカキ・カクヤイ軍を率いるカルタール(第40話「朝食軍議」参照)によって鳳国が滅亡した際、揃って仲間入りを果たしていた。

「では諸将。早速準備に移っていただく。先陣は変わらず呉穆と徐款だ。何ら迷う事なく突き進め。多少の罠や伏兵があっても構わず進め」

「出陣準備は既に整っている。直ちに進撃しよう」

「王晃は先に言った通り、的場に備えて本軍を守れ。私と若君は武具・兵糧とともに最速を以て先陣部隊に続く。私達は一切の警戒を捨てて進む故、お前が左右背後を守るのだ」

「承知した。尻拭いは私共に任せ、貴殿等は存分に進まれよ」

「うむ。では後は行動あるのみだ。己が任務に従事せよ」

 李醒は端的に軍議を済ますや、全軍による進撃を開始した。

(「兵は神速を貴ぶ」だけど、李醒がこんなに大胆な行動をとるとは……正直予想外だな)

 方針変更からの電撃的な進軍は、ナイツが抱く李醒像を上回った。

「……若様、飛蓮様。李醒将軍が御二人だけで参るようにと」

 そして全ての将が本陣幕舎を後にした頃。ナイツは飛蓮共々呼び戻される。

 二人が改めて幕を潜ると、中には李醒唯一人が残っていた。
地図を広げた机もそのままの状態である事から、何を意味するのか、何を言いたいのかが、ナイツには必然的に理解できた。

「……さっきの話、半分が嘘だね?」

「お許しを。皆を疑っている訳ではありませぬが、今から言う作戦が失敗に終われば我々は後手に回ります故、用心に用心を重ねて御二人のみに話します」

 ナイツと飛蓮は、そこで本来の作戦を伝えられる。
両人は任務の重要性を深く理解するとともに、年齢を一切気にしない実力主義思想、適材適所を極めた戦術眼、仲間であっても用心する慎重さ、何より李醒の底知れなさに恐れを抱いた。

(……敵を欺くには味方から……よく言うもんだよ。真っ直ぐな李洪が嫌う訳だ。……でも)

 だが、経験や実力を求めるナイツには、自然と悪い気はしなかった。

(面白い……! こうして策を巡らすのが、軍略家なんだな……!)

 バスナやナイトが言う様に、李醒の戦はナイツの良い教材となっていたのだ。

 剣合国軍は李醒の指示の下、即刻出陣した。
味方であるナイツすらも李醒の方針変更ぶりには驚いたという事は、それ即ち敵である的場や重幸でさえも、李醒の動きを見誤ったという事。

 現に岡崎勢は、李醒が足並みを揃えた進撃を行うものだと予測しており、それに備えた構えを見せていた。
故に彼等は意表を突かれ、守備の手薄な岡崎家本拠を守る為に慌ただしい迎撃に移る。

「ワシは周辺の部隊を束ねて奴等の背後を脅かす! 重幸、蒲生砦の守りを任せたぞ!」

「うむ。そっちも頼むぞ!」

 的場は広域に展開した小隊を指揮してゲリラ戦を継続し、重幸は呉穆・徐款隊の進路上にある蒲生砦へ戻って守りを固める。

 蒲生砦は岡崎家の居城へ続く街道沿いに築かれた防御施設であり、砦近くには集落や陣地が各所に点在し、援護するように構えていた。

 然し、呉穆・徐款率いる先陣部隊も李醒本隊も、蒲生砦以外は眼中になく進軍。
空から見れば各防御施設の包囲を受ける形となりながら、蒲生砦のみに攻撃を仕掛けた。

「皆の者、臆するな! 耐えて耐えて耐え凌ぐのだ! あの様な無謀な攻め、そうそう長続きはせぬ! 我等は耐えるだけで良い! そのうち向こうから勝手に崩れていきよるわ!!」

 重幸は守兵を鼓舞して良く耐える。彼の指揮下には砦の守兵五百名に加え、急遽周辺から召集した遊撃兵五百名、自らが率いてきた三百名の合計一千三百名の姿があった。

 谷間の街道を塞ぐように築かれた砦に籠って頑強に耐え、地の利を以て大軍を寄せ付けず、迫り来る剣合国兵に矢弾を降らして優勢に戦を進める。

「はははっ! 見ろよ、剣合国軍の奴等は攻めあぐねているぞ!」

「うむ! どんな大軍で攻めようが無駄だというに、それも分からず攻めて来る! まったく戦を知らぬ青二才どもだ! 鉛の雨でも喰らって帰るがよい!」

 心に余裕ができた岡崎勢の老兵達は、馬鹿の一つ覚えで攻め寄せる剣合国軍を嘲笑う。
重幸本人も、当初こそ後手に回った事で先の展開を憂慮したが、砦の死守に間に合った上に悪くない流れを掴んだ事で気を良くしていた。

 その一方で、外に残って戦う的場に関しては不穏な流れになりつつあった。

「今日も今日とて、的場昌長見参!! いざ死ねぃ狗っコロど――」

「的場来襲ー! 的場来襲ー! 下がれぇー!」

「なっ……なにぃ……!?」

 と言うのも、李醒本隊の盾となるべく展開している王晃隊が、昨日の戦いを参考にして対応策を練っており、的場隊との交戦を徹底して避けたのだ。
否、ただ避けるだけでなく、俄に恐怖心を抱いている風に思わせながら背中を向け、雑賀兵の勢いを助長させて誘い込み、伏兵による奇襲を仕掛け返す。

「ちぃっ!? もう同じ手は通じぬか……仕方ない! 戦法を変えるぞ! 先ずは後退しろ!」

 誘い出されれば、数に劣る岡崎勢が圧倒的に不利。
的場は自らが殿となって追撃を防ぎ、意地を捨てた撤退を成功させるが、的場隊の行動が大きく制限された事は確かだった。
彼等は以降の動きに変更を余儀なくされるものの、具体的な作戦を立てる重幸が蒲生砦へ移った為に、結局のところは沈黙する意外になかった。

「フンッ! 的場昌長……何とも単純な男だ。攻めの一芸しか持っていない」

 雑賀衆随一の猛将を軽く受け流した王晃は、本陣から一歩も動くことなくどっしりと構え、逃げる的場を鼻で笑いながら見送った。
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