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紀州征伐 前編
聖剣と邪槍
しおりを挟む「はああぁぁぁ!!」
「フッァハァハァハァーー!!」
突き出された聖剣を邪なる鉤刃が弾き、火花を散らして大気が悲鳴をあげた。
戻した鉤槍が心臓を狙えば、さっと身を翻して避け様の一太刀が繰り出される。
避けに関して一流の黒染は、大仰な仰け反りを以て聖剣の斜め切り上げを完璧に躱す。
それだけではない。彼は躱し様に右足を蹴りだし、顔面すれすれのところを刃が通る事も辞さず、躱しながらにナイツの懐深くに潜り込む。
ナイツはすかさず聖剣を返し、零距離にて振り下ろす。
一瞬の隙を即座に埋められた事で、黒染は却って危険に曝された。
彼は瞬きより早くに鉤槍の柄を掲げ、仰向けに捩りきった姿勢や細い体からは想像もつかない守りの固さで聖剣を防ぎ止める。
外見に似合わぬ筋力、六華将の名に相応しき胆力だった。
ナイツは一旦跳び下がって態勢を建て直さんとする。
それを黒染が追う。一番高い位置に臍がくる程に仰け反った状態のまま、首を左に捻ってナイツを捕捉し、獲物に駆け寄る黒蜘蛛の如くカサカサカサカサカサカサカサ! と足を高速で動かして追い掛ける。
魔力によって強化した足を無駄に動かす事で残像が生み出され、蜘蛛の八本を超えた十本の長足が顕現する所が、黒染の官能性を強める最高の武器だろう。
「気持ち悪いわっ!!」
「ぅあぁあっん!?」
思わず蹴り飛ばしたナイツと蹴り飛ばされた黒染。
目視できる距離が遠ざかった反面、心の距離が狭まった瞬間とでも言おうか。
(ちっ! 見てるだけで疲れる! 本当に気違いだな!)
敢えて言うならば、黒染という男は「戦う汚物」。
弥が上にも見なければ殺される実戦に於いて、それはとてつもなく手強い要素に該当し、刃を交えるだけでも体を動かす以上の疲労を心身に蓄積させる。
汚い・危険・きつい……正に3K、なれど3K。それは同時にも綺麗・奇抜・稀少を意味する為、かのナイツが疲弊する事も頷ける話であった。
だが、ナイツの心身はそれに耐えられる程に強靭だ。
そう易々と根をあげるような柔な鍛え方はしておらず、戦う汚物と刃を交えて十合目でありながら、彼は当初の気勢を保持し続けていた。
「フッ……アハァーハハァーー!! …………流石に言うだけはありますねぇ。南亜で見せた泣き面をまた拝めるかと思いきや、中々と切り甲斐のある糞餓鬼に成長したじゃありませんか。……実に、頂きますの瞬間が待ち遠しいというもの……!」
鉤刃を長い舌で舐めながら、ナイツの顔ではなく体を睨め付ける。
一方的な破壊を楽しむ暴力狂将のウォンデで反し、独自の美学を持つインテリ狂将の黒染は、ただ単純に敵を切り殺すだけでは面白味に欠けると思っていた。
そこにきてナイツが奮戦する事は、黒染にとって嬉しい誤算と言える。
覇攻軍の軍師を兼ねる身としては戦力的に苦しい局面であっても、今の黒染は自分の欲求を満たす為に戦うのみ。
涎を垂らしながら悦に浸る一瞬一秒は、剣合国軍 対 覇攻軍の戦など二の次なのだ。
「あっそう。俺はお前が討たれる時が待ち遠しくて堪らない。……はああぁっ!!」
整えた構えから繰り出される無数の光刃。威力、数、速さ、どれをとっても普段の比ではないほどに強烈な乱撃であった。
それを手の平で踊るかの様な仕草を以て、わざとらしく躱す黒染。体の一寸隣を通りすぎる光刃の存在を、まるで曲芸師が操る小道具か何かに捉えているような軽さだ。
避けて殺す。避けねば死ぬ。強敵・弱卒関係なく、常にギリギリの線を躱し続けてきた彼は、とっくの昔に自他の命を小石程度の重さにしか捉えていなかった。
だからこそ黒染の武勇は優れており、誰から教わったでもない彼独自の戦法が多くの敵を討ち果たしてきた。感覚が麻痺して感性が狂っていなければ、彼はここまで強くない。
然し、ナイツはそれの上を行く。
光刃に続く形で間合いを瞬時に詰め、光の影に身を隠して黒染の側面に回り込む。
(喰らえっ!!)
左斜め切り落としの一閃。心・技・体が極まった太刀筋は最後に迫る光刃よりも後に出たにも拘わらず、それよりも早くに黒染の両断を狙った。
「おぉっとぉ!!」
黒染は咄嗟に鉤槍の柄で防ぎ、続く光刃も魔障壁で弾く。
やはりと言うか、簡単に討てる者ではなく、良くも悪くも強者であった。
(……体一つで避けていた黒染が、魔障壁による守りに出た……そこからでも若が押しているのは間違いない。だが、黒染本人の与し難い性質も相俟って、若が攻めあぐねているのも事実)
一方、ナイツに代わって部隊指揮を執る李洪は、上官以上の優勢を築いていた。
黒染の副将も、必然的に一騎討ちが多くなる上官に代わる事が多々あった為、決して弱くはないが、李醒譲りの用兵術を自然と駆使する李洪には及ばない。
「三、四番隊は北西に深く切り込み、二番隊は援護しろ! 三つの部隊で敵陣の要を切り崩し、全体を撹乱してやれ! 八、九番隊は第二次突撃態勢をとれ! 合図があり次第、いつでも切り込めるように準備しろ!」
ナイツの熱に当てられた李洪の敢然たる猛攻。
普段の彼なら「守を第一、攻を第二」という軍法に乗っ取った攻防一体の構えを示すところだが、今戦は珍しくも攻めに攻めた。
それは集団の戦果でナイツを大きく援護し、彼の精神を安定させる為。
戦いながらも味方の優勢を肌で感じるナイツに、思う存分剣を振るってもらおうという想いが顕れだ。
実際、この効果は殊更大きな益を生んでいた。
ナイツは黒染のみに集中でき、対する黒染は戦局に意識を向けざるを得ない。
全力で向けられる意識と、散見する意識では、明らかに前者が上手である。
目に見えない要素で、ナイツは李洪に大きく助けられていた。
そして、この場にあって良くも悪くも、更なる助けの手が現れる。
「にぃに居た! 突撃突撃! にぃにに向かって突撃ぃーー!!」
「ウオオォォォーー!! お任せをォォーー!!」
「えっ!? 弟君が何故ここに……!? メスナ殿は何をして……いやいやそれどころじゃない! 八、九番隊は直ちに突撃! 東に広がりを見せて弟君の手勢と合流せよ! 十番隊は先に切り込んだ三、四番隊に続け! 戦の流れを一気に傾けるぞ!!」
「オオォォォッ!!」
何と、連合軍本陣に置いてきた涼周が、稔寧とレモネと二千の兵を伴って来援したのだ。
李洪は一瞬の動揺を見せるものの即座に呼応。
頭の片隅に浮かんだメスナの「いやいやホント李洪殿は頼りになりますね。童ちゃん止められなくてゴメンちゃ!」……という顔を盛大に無視して全部隊を用いた総攻撃に移り、涼周隊と共に黒染隊の挟撃に出た。
「ふははっ!! やっぱり来たか涼周! さぁて、これで面子は揃った! 黒染! そろそろ死ね!!」
働かせた戦略的思考の五割は、この状況を予期していた。
これでナイツは、正に全力を引き出せるまでになったのだ。
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