大戦乱記

バッファローウォーズ

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南攻北守

両軍の進路

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西ノ庄城 正門前

「名残惜しいが、これにて失礼する。多忙の中を邪魔したな。貴軍の健闘を切に祈る」

「おぅ、此方こそ貴殿らの武運を祈る。先ずは道中の無事に気をつけてくれ」

 大宴会翌日。アレス軍の面々は、早くも本拠地・真政シンセイへと戻っていく。
剣合国の重役であるナイト等に加え、涼周や稔寧も、それを見送った。

「ぅ、黒々おじさん、帰る。また遊ぶ。涼周と一緒に遊ぶ!」

「おぅおぅ。それでは、いずれまた、遊ぼうか」

 稔寧とナイツに挟まれる形で手を振る涼周の、何と無垢な事か。

 アレス家次席のエソドアは、そんな幼子大将に良くも悪くも毒されていた。
来た時の数倍も穏やかな雰囲気を纏い、来て良かったと思わせる程に軽い声音。何より、意識の大半が涼周へ向き、警戒心の欠片も感じられない悠々とした所作だった。

 涼周が何度も声を上げて手を振る度に、エソドアは馬車の上から振り返って応える。
同盟を結んで一日しか経っていないにもかかわらず、両者は既に、軍閥や盟友といった間柄を露ほどにも思っていなかった。

 ナイトやナイツ、ラタオやレティは、その光景を良しと捉える。

 一方のアレス軍大将アレス・ジーイングも、長年見せなかった弟の無邪気さを前にして、ふとした気紛れを見せる。

「…………エソーよ、何時になく楽しそうだな。今回の同盟、お前にとっても有意義なものになって何より。……そう、切に思うぞ」

 態々馬車に近づいてまで、声を掛けるジーイング。
無駄を嫌う彼にとっては、今回の来訪で剣合国と同盟が結べ、ナイトの人となりを理解できた事で元は取れていたが、最後になって思わぬオマケが付いた……という感じだろう。

 対するエソドアは、ジーイングが言うように「何時になく楽しい」目付きで返す。

「ふふふ……この頭巾を被って以降、乱世たるを憎んだ時もあったが……こうならねばあの子と会うことも叶わなんだ。……それだけに、報われた様で嬉しいのですよ。……まぁ……謀将としては失格に値するでしょうがな。何せ、これから強敵と成りうる存在を前に、情を抱いてしまった訳ですから」

 右手で鼻辺りの黒頭巾を掴みつつ、己の表情を更に隠さんとするエソドア。
それでも僅かに覗いている両の白眼からは、確かな「喜」の色が感じ取れた。
心のこもった声も然り。隠さんとする顔に反して、包み隠さず顕れている。

 そうなるとジーイングは、己を責められている様に感じ、柄にもなく視線を逸らした。

「…………すまぬな。家の為とは言え、お前には特に苦労を掛ける。……この乱世とともに、不甲斐ない兄を恨むが良い」

「ふふふ……良い返しが思いつかぬ自分が面白い。……だが心配せずとも、我が知謀はアレス家の為にある。ただ単に、「黒巾の大宰謀」の黒に白が混ざっただけの事。それに兄御を憎むぐらいなら、当の昔に自害しておるわ」

「自害するぐらいなら恨め。恨まれる方が、私は慣れている」

「ふっふっふっ! 如何にも如何にも。兄御は他人に売れぬ程の怨恨を買い取っておる! 私一人が今更恨めしく思ったところで、怯まぬがアレス・ジーイングよ。いや、実に面白い!」

「……笑うな。笑われるのは、慣れていない」

「あいや、これは失敬!」

 エソドアは額をピシャリと叩く。
影を纏いながらも飄々と笑う様は、何時もの彼であった。

「……して、兄御よ。大婆ラグナキア様からの遺言……強いて言えば彼女から王周(ナイト祖母)への義理は、これで果たせたと思うか?」

 そして雰囲気をそのままに、エソドアは話題を変えた。
依然として「喜」の色を発する白眼に、謀将としての闇も僅かに含ませながら。

 ジーイングもまた、変わらぬ言動を以て返す。

「この歳になっても、未だに大婆様の満足なされる程度が理解できぬのでな。断定はしづらいが、義理については大分返せたと思うぞ。それ以上については、これからの剣合国の動静次第といったところだ」

「ふっふっふっ……! いや確かにその通り。大婆様の王周への肩入れは、正直理解し難いものである。かの存在がアレス家の危機を救ったとは言え、我等だけしか知らぬ事実に当の我等も終始困惑気味よ。何せその出来事など、我等兄弟が精子以前の話なのだからな……」

「だが、今更その様な事を尋ねるとは……察するところ、剣合国を惜しいと思ったな」

「剣合国か……はたまた、今はその庇護下にある幼子大将の勢力か。まぁどちらにせよ、兄御の選んだ道を我等も歩くまでよ」

「ふっ……そうか。それはまた、判断に難しい事を言ってくれる」

「取り敢えずは覇攻軍の透晋トウシン攻め也。戻り次第、軍議を始めねばな」

「うむ。頼りにしているぞ、エソー。皆の者! 我が国へ帰還する!」

『ははっ!!』

 魅せる進軍を以て、ジーイング一行は紀州の西ノ庄を後にする。
その後ろ姿は気品と威風に溢れ、目にすれば野盗の類いであっても自ずから身の程を弁えて畏まるほど、実に凛々しいものであった。



「謀略で成った貴族連合勢力・アレス軍。成る程、軍の威容には感じるものがあるな」

 徐々に小さくなるアレス軍の後ろ姿を見ながら、バスナが誰に向けてでもなく呟いた。

 ナイトはそれに一番に応え、彼が下した評価を評価する。

「ふっははは! どうしたバスナ。貴族嫌いなお前が、やけに素直ではないか! 成る程アレス軍、バスナにかくも言わせる存在か!」

「変に茶化すな。それに、あれは「貴族」という枠を超えた「軍勢」というだけの話。……逆に「軍勢」として見れば、其処らに似たような勢力は幾つか存在する」

「……となると、大事なのは軍の大将。即ち父上やジーイングという事に」

「あぁ、ナイツ殿の言う通りだ。アレス軍にあってアレス・ジーイングこそが、最たる評価項目。あいつ次第で今後の物事は変わっていく」

 腕を組み、表情を険しくさせたバスナ。
彼はナイツの相槌に大きく頷いた後、続けてナイトに問い質す。

「……して、どうだナイト殿? あんたの目から見て、アレス・ジーイングとは同志足り得る存在だったか? 奴等は、アレス軍は、覇攻軍滅亡後も和を成さんとするか?」

「悲しい事を言うようで悪いが……謀略で成った国と一族が和を望む事はないだろう。俺が見たジーイングとは、覇権を望む英雄のそれだった。時節を過ぎれば、彼等は乱に及ぶ筈だ」

「やはりそうか。……だが、それならそれで一先ずは安心できる。少なくともアレス軍は、覇攻軍を滅ぼして西に勢力を伸ばすまでは同盟を重んじるだろうからな」

 何時かは争う事になるであろう盟友。バスナは早々に、その時を推し測っていた。

 それは剣合国の軍師を務める安楽武も同様である。
彼もまた、先を見越した戦略図を思い描く。

「……では、私共もそれに備えた動きをせねばなりません。先ずは南の覇攻軍」

「あぁ、紀州統治の根幹を成し次第、義士城へ集結だ。軍師は一足先に戻っていてくれ」

 安楽武は静かに一礼する。バスナも釣られて首肯した。

 見送りを終えた涼周は、大人達の会話の最後を聞き、ナイツと稔寧に尋ねる。

「戦争? 南、攻めるの?」

「うん、そうだよ。次からは、より大事な戦になる。涼周も手を貸してくれるか?」

「ぅ、わかった。涼周がみんな守る!」

 丸々お目々を若干険しくさせた涼周が、ナイツの左手を握る。
そんな様子を見てナイツは頭を撫で撫でし、キャンディや稔寧も笑みを浮かべ、ナイトに至っては腰に手を当てた状態で高笑いする。

「ふっははは! うむうむ! 頼もしい限りで何より!!
――さて皆の衆。これより我々は、本腰入れた反撃といこうではないか!!」

『おおぉぉっ!!』

 ジーイングの号令が皆の気を引き締めた様に、ナイトの喝が皆の心に気合いを忠魂した。

 かくして両軍の大将は互いの本拠地へ帰還し、次なる一戦に向けて備えを強めていくのだった。
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