ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)

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プロローグ どなたか存じませんが

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 寝苦しさにころりと寝返りを打とうとしたノアは、思ったように身体が動かないことに違和感を覚えた。
 続いて喉が張り付くように渇いていることを意識し、そこでようやく目を覚ます。

 目を開けたのに視界が塞がれた状態に、何事かと身体を動かすことは諦めて腕をぱたぱたと上下させた。
 そこでぺたりと手のひらに張り付く感触にぎょっとしながら、恐々と顔を動かした。

「んんっ」

 自分ではない低い声にぐっと視線を凝らす。
 そこにはなぜか裸の男が寝ており、知らぬ誰かの存在にノアは目を見開き動けない理由を理解する。
 自分より太い腕がノアの細腰に回され身動きできなかったようだ。

 息を殺し相手の様子をうかがう。
 小柄な自分よりも一回りも大きな身体。張りのある筋肉が無駄なくついているが、ごつごつしているわけではない。

 美しい身体だとこんな状況でも思わず見惚れてしまうのは、どうしても筋肉がつきにくい体質でひょろっとした体型のせいだろう。
 まだ十代の頃はなんとかなるとあれこれ試してみたが、二十四歳になった今は何をしても無駄だと悟り諦めた。

 ただ、筋肉に憧れはあるがごりごりの筋肉マッチョは自分とは現実離れしすぎるので、ノアにとって目の前の男はまさに理想の体型だ。
 再び男の寝息が聞こえる。
 そっと息を吐きだし、絡みついた腕は無理だとしてももう少し距離を取れないかとノアは身体を動かした。

「つぅ……」

 動こうとした途端、身体がきしみあり得ない場所の痛みに顔をしかめる。
 お尻に何かが挟まった感覚にもしかしてと視線を下げ、見える範囲の視界がすべて肌色なのに絶句した。

 ――まさか!?

 そんなことはあり得ないとぺちぺちと自身の身体を触ってみるが、その手は直接肌に触れ当然のことながら服は存在しない。
 何より初めてのことだけれど、お尻の違和感は男といたしてしまった事実を物語っていた。

 相手は誰かと手がかりを求めるように男を凝視する。
 知らない人だ。そもそも王都は人も多く常に出入りしているので、覚えていない可能性もある。

 ノアの一般的な茶色い髪ではなく、男の金の髪は朝日を浴びてきらきらと輝く。
 目を引くような髪色もさることながら鼻が高さや骨格のラインと顔立ちが整っており、間違いなく今までで見た中で上位に入る美貌だ。
 男の長い睫毛がふるりと揺れ、ふいに昨晩のことが脳裏によぎる。

「あっ」

 思わず声に出して、慌てて口を閉じる。

 ――思い出した!

 昨夜、帰宅途中で目の前の男が女性たちに声をかけられていたところに出くわし、通り過ぎるだけのはずだったのになぜか男に腕を取られ捕まった。
 女性の誘いを躱すわすために声をかけられただけのはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。

「…………」

 あまりのことに頭がこんがらがってうまく思い出せないが、いたしてしまったものは仕方がない。
 少しずつ昨夜のことを思い出していると、肩に顔を埋めるように抱き直される。
 直接触れる肌や男の長い髪にぴくりと身体を動かしそうになって、必死で抑え込んだ。

「……んっ」

 どれくらいそうしていたか。男が起きそうな気配がして、見知らぬ相手と朝を迎えるなんて初めてでどんな対応していいかわからずノアは咄嗟に目をつぶり寝ているふりをした。
 ごそごそと身体を起こし、そこで男の動きがぴたりと止まる気配がした。

 温もりが離れ身体がすうすうするが、気づかれてはならないと寝たふりを続ける。
 目をつぶっていても、じっとノアに視線が向けられているのがわかる。

 ――もしかして起きていることに気づかれた?

 ドキドキしながら、もし話すことになったらどのような態度をとるのが正解なのかと考える。
 うーんと考えている間に、男はノアの髪にそっと触れ指の腹でわしゃわしゃと頭を撫でるとベッドから下りそのままバスルームへと消えていく。
 シャーと勢いよく水が流れる音がして、そっと目を開ける。

「どうしよう」

 シーツをたぐり寄せ、記憶の補完をと必死に昨夜の記憶を掘り起こした。
 昨夜は職場の同僚で友人でもあるウォルトと仕事終わりに飲みに出て、二人して腹立ちまぎれにあれこれ酒を飲みまくった。それから……

 その次を思い出そうとしたが、そこまでの記憶にノアは頭を抱えた。
 昨日はかなり嫌なことがあって飲まずにいられなかった。そして確実に飲みすぎた。

「まあ、仕方がないよね」

 ノアは王都東支部の冒険者ギルドに勤務しているのだが、ここ最近本部ギルドの嫌がらせがひどくてストレスが溜まっていた。
 改めて昨日のギルド内であった出来事を思い出し、眉をしかめる。

 ――最悪!

 頭を抱えていた手に残った爪痕に唇を噛みしめた。
 平常心、平常心、と息を深く吸って吐いてと繰り返し気持ちを落ち着かせる。
 ちょっと投げやりになっていたが、見ず知らずの相手と一夜をともにするとは自分でも信じられない。

 ノアの容姿は悪くもないが飛び抜けてよいわけでもない。どちらかというと童顔なので良くも悪くも声をかけられやすい。
 冒険者を相手にするので血気盛んな彼らに性別関係なく性的な誘いで声をかけられることはあるが、それはモテるからではなく手近な場所にいて話しかけやすいからだ。

 彼らにとっては挨拶のような、できればワンチャンあればラッキー程度のものだ。
 積極的に口説かれるなんてことはないし、ノアははいはいと適当に躱してきた。

 今までの彼女はどれも長続きしなかったけれど商いをしている娘ばかりだった。
 彼女たちにとっては威圧感もなく、ギルドで働きあらゆる方面に知識のあるノアが最初は頼りに見えるし手に届きやすいと思われ告白されることは多かった。

 ノアも一人は寂しいこともあり付き合ってみるが長続きはしないし、どうにも最後は同じような理由で振られてしまう。
 まあ、それは置いておいて。

「はぁ。しばらくお酒は控えよう」

 自分の性的思考は女性だとばかり思っていたのだけれど、いくら鬱憤が溜まっていてちょっとやけになっていたからといって、自分が男性と夜を過ごすことになるとは信じられない。
 生きていると何が起こるかわからないものだ。お酒の力とはなんて怖いのか。

 大きな溜め息とともに、思いっきり頭をぶつけたい衝動にかられる。
 ノアは再び頭を抱えた。

「ああ~、まいったなぁ」

 あと、いつバスルームから出てくるかわからない男のことが気になって、ゆっくり思考どころではない。
 ノアは大きく息を吐き、のろのろと立ち上がった。

 うぅーんと左右に頭を振り現実逃避してみるが、自分は全裸のまま。
 股関節も変な感じだし、お尻の異物感も消えてくれないので現実だと突きつけてくる。

 はっ、と小さく息をついた。
 互いに何も生み出さない、通りすぎの事故のようなもの。記憶に留めておく必要はない。

 そこまで考えてノアは気を取り直した。
 慣れない痛みはあるけれど、少しずつ思い出した記憶の断片から無理矢理されたわけでもなさそうだ。

 性的対象に同性を考えたことはなく、しかもやられたほうだがそこまで忌避感はない。
 そもそも日ごろから職場で冒険者を相手にしているので、彼らの性に対しての奔放さを常に目のあたりにしこんなものかというのが実際のところ。

 男の初対面の印象は付きまとわれるのが嫌いで、後腐れのない関係を望むタイプのようだった。
 つまり、これはシャワーをしている間に出ていけということかもしれない。
 朝の明るい陽射しが差し込むなか、相手も冴えない男の俺を相手したと改めて向き合いたくないに違いない。

「どなたか存じませんが、一夜限り。これにてお先に失礼いたします」

 服をかき集め身に着けると見知らぬ一夜の相手がいるバスルームにぺこりと頭を下げ、ノアは痛む身体を叱咤しその場を後にした。


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