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8.責任
しおりを挟むそれから半刻もしないうちに周囲の視線が集まりだしたため、これではゆっくり話せないと場所を移すことになった。
黄昏の獅子が王都に来たばかりなので、皆興味津々だ。有名人も大変だ。
ブラムウェルが泊っている宿に連れて行かれたが、今日はお酒も一杯だけだし問題は起きないだろう。
前回と同じ流れなので途中で帰ることも考えたけれど、ギルドでの関係を思うとプライベートの話は今日してしまったほうがいい。
そう判断したのだが、濃密な夜を過ごした場所を視界に捉え緊張した。
――うわぁ……
あれこれ鮮明に思い出しそうになって首を振る。
「適当に座って」
「うん」
返事はしたものの、テーブルの前に小さな椅子とベッドくらいしかない場所では選択肢が限られている。
ベッドは除外として、一つしかない椅子に座るのもどうか。
そもそもお金を持っていそうなのに、バスルームはあるもののこんな簡易宿に泊まっているのも意外だ。
「もしかして緊張してる? ノアの許しがない限り手を出すつもりはないよ」
「そうだよね。ブラムはモテるし」
同じ相手とはしないという噂だったしとはあえて言葉にせずほっと息をついて、ノアは突っ立っているものと椅子に座った。
引く手数多な人物だ。わざわざノアを相手にする理由はない。
そもそもあの日の朝に挨拶をせずに帰ったから気になったようだし、納得するまで話をすれば興味も薄れるだろう。
モテ男の余裕に心底安堵したノアがリラックスして笑みを浮かべると、ブラムウェルが気難しげに眉を寄せた。
「絶対意味をわかってない。はぁ。そこじゃ話しにくいからこっち座って。あと、先日置いていったお金は返すから」
「別にいいのに」
最初にぼそぼそ言ったのは聞きとれなかったが、座ったばかりなのに立たされてベッドのほうに移動させられた。
しかも、お金を差し出され聞き返すタイミングを逃す。
「ここは俺がとった宿だ。もらう謂れはない」
「そういうことなら、もらっとく」
否は受け付けないときっぱり告げられ、ノアは彼の言い分に従うことにした。
受け取ろうと手を差し出すと、ブラムウェルはお金をベッドの端に置くとノアの腰をぐいっと引き寄せた。
「えっ!? ちょっと」
「親しくなりたいから近くで話そう」
「近すぎない?」
話すにしては近すぎる距離に腰を引こうとするが、力で敵わずさらに密着することになる。
「このほうが話していると実感できる」
「そう、……でも」
頷きかけたが逆に話しにくいと思うけどと首を傾げ見上げると、しごく真面目な顔でブラムウェルが告げる。
「ノアのことをもっと知りたい」
ノアの何を気に入ったのかはわからないが、懐かない美しい獣が特別と言って自分に懐いてこようとする姿は心くすぐられる。
普段が排他的な分、許した相手には極端に近くなるタイプなのかもしれない。
それでもこんなに近くで話す必要はないが、好かれて悪い気はしない。
ふよっと口元を緩めると、ブラムウェルも小さく口元を綻ばせた。
ほかに誰もいないとさらに甘くなった気がして、手を出さないと言われても密着した状態でベッドの上はどうしても気になる。
しかも、飛び切りの美形で実力もある人物。すっぱり忘れるには日も浅く、ブラムウェルがどう出るのかどうしても意識してしまう。
「あと、これだけは先にはっきりとさせておきたい。俺はノアと一晩のつもりではなかった」
「ああぁぁ~。そうなの?」
うーん。本当にこういうのはわからない。
王都にいる間は相手したいってこと? でも、手は出さないって言ったし。
彼と関係を持ってしまったことに後悔はしていないが、身体だけの関係に興味はない。担当にもなったので、余計な関係にならず普通の冒険者とギルド職員であるほうが絶対いい。
相手がどういうつもりなのかはわからないが、ノアは自分の気持ちははっきり伝えておくべきだろうと口を開いた。
「僕はそういう関係はちょっと」
「そういう関係って?」
「身体だけの関係。さっきも言ったけどそういうの初めてだったし、あの日は飲みすぎて流されたというか。もちろん後悔はしてないよ。でも、同じことを繰り返すつもりはない」
はっきりと告げると、ブラムウェルの眉間にぐっとしわが寄った。
心配かけたりと思ったよりもブラムウェルは遊びのような感覚ではなかったようなので、少し罪悪感を覚える。
――怒った?
誓約書まで書いたのだからないと思うけれど、万が一、自分のせいで彼らがこのギルドに寄り付かなくなったら、ギルドとしてもそうだが女性陣たちに怒られてしまう。
できるだけ穏便にすませ、なるべく彼の機嫌を損ねないようにとノアは口を開いた。
「ごめん。これはあくまで僕側の理由。さっきも言ったけどこういうこと初めてで、基準とか相場がわからない。だけど、これは僕たちの問題だからあの日限りではないというなら、二人で話し合うものだよね? ブラムも言いたいことがあるなら聞かせてほしい」
自分の気持ちは正直に話した。あとは相手の気持ちを聞いてすり合わせるしかない。
「俺はノアだから抱いたし、口説くのも男もノアが初めてだった」
「そうなんだ……。ごめん」
思ったよりも自分だからと思ってくれての夜だったようだ。そう考えると薄情だったかともう一度謝ると、ブラムウェルは一瞬傷ついたような顔をした。
だが、目の錯覚だったのか一体何を考えているのか底の読めない鈍い光を宿しノアを睨みつけた。
「悪いと思っている?」
「うん。ごめん」
本当にこんなことは今までになく、過ぎ去るものの出来事のはずだったのにこのようなことになって戸惑いを隠せない。
そこでブラムウェルは、ノアの腰に回していた手をノアの肩に手を置き顔を近づけてきた。
もう少しで顔が触れそうなところで止まると、長い睫毛をわずかに伏せると悲しそうに呟いた。
「……俺は傷ついた。悪いと思っているなら責任とってくれるよね?」
そう言われて誰が首を横に振れるだろうか。
ノアはその美貌と双眸の圧に耐え切れずこくりと息を呑んだ。
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