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12.冷淡な冒険者①
しおりを挟むノアは慌てて手を引っ込めた。
さっきまで柔らかさを見せていたブラムウェルの双眸から、一瞬にしてガラス玉のように感情が消える。
ノアの手を掴み顔はこちらに向けたまま、ブラムウェルは視線だけを動かした。
「ひっ」
同一人物だとは思えないあまりにも冷たい眼差しに、女性が悲鳴を上げた。
ブラムウェルの峻険な眼差しは、明らかに第三者を歓迎していなことがありありと伝えられていた。
言葉にせずとも語られる視線に、彼の眼光に睨まれると足が竦むほど怖いと言われる所以を目の当たりにする。
自分に向けられているわけではないとわかっていても、ノアの心臓は縮み上がった。
「あの……」
「……」
女性のか細い声がそこで途切れる。
周囲の音が聞こえなくなり、ここに自分たちだけがいるような錯覚に陥る。
ノアは息を詰め様子をうかがった。ブラムウェルは依然視線をやるだけで話す気はないようだ。
女性はかたかた震えていたが手をぎゅっと握ると、意を決したように口を開いた。
「……突然、話しかけてすみません。黄昏の獅子のブラムウェルさんですよね?」
胸元の見える露出の多い服を着た彼女は、吊り目気味の瞳と気が強そうなスタイルのよい美人である。
ノアの存在をまるっと無視して、一心にブラムウェルだけを見ている。ブラムウェルが何の反応も示さずにいると、胸元が見えるように上半身をかがめた。
――うわぁ、露骨だな。
こんなふうに誘われたことのないノアは肉食系の女性の強かさに感心しながら、零れ落ちそうなくらいたわわな胸元に視界をとめた。
見てくれとばかりのそれは、下心がなくとも目がいくものだ。
あの薄い布でぎりぎり保っているのがすごいなとそんなどうでもいいことを考えていると、ビキッと聞きなれない音がした。
彼女から目の前の男に顔を向けると、いつから視線をノアに戻していたのか鋭い眼光で射抜かれる。
なんで? と目を見張る前に、目の前の出来事のほうに気を取られた。
「えっ? うそ!?」
ブラムウェルから視線を下げると、ちょうどブラムウェルが肘をついていたところから綺麗に一直線にひびが入っているのに気づく。
先ほどの音の正体は机が割れたことによるものだったようだ。グラスが傾きとくとくとくと割れ目から下に酒が落ちていく。
「うわっ。すごいことになってるよ」
「……」
驚いてブラムウェルを見ると、苦しそうに眉を寄せ鋭い視線に反して不服だときゅっと唇を引き結んでいた。
握られていた手の力が抜けたので、そこから抜き取るとさらに傷ついたような、取り残されたような寂しそうな顔をされる。
その表情を見ているときゅっと胸が締まる。ノアはそっと彼の両頬に触れた。
ここにいるよとそっと撫でると、すりっと顔を寄せてくる。
――ああ。なんか手放したくなくなってくるなぁ。
自分だけに懐いた美猫のようだ。
机を割った行為を諫める前に、先にブラムウェルを慰めなければと使命感に突き動かされた。
「ブラム。どうしたの?」
「ノアがこの女を見るから」
「見るというか……。ああ~! ズボン濡れてるし」
長い足の上にぽとぽとと雫が落ちているのに、ブラムウェルは気にせずにノアだけを捉える。
まず濡れていることを気にしてくれと視線を下げると、頬に当てていた手を上から大きな手に包まれた。
「ちょっと!」
女性が声を上げるが、ブラムウェルがガン無視でノアに話しかけてくる。
「ノア。俺だけを見て」
「わかった。わかったけどそもそも彼女はブラムに用があるみたいだし」
ブラムウェルにどうしろとか言うつもりはないけれど、彼が対応しなければ話が進まない。
「俺に用はない」
ノアの手を掴んでそのまま下ろすと、ブラムウェルは簡潔に言い捨てた。
全く興味がないと女性を見ようとしないブラムウェルの態度に苦笑する。
そっけなさすぎるが、いくらブラムウェルの気を引きたいとはいえ彼と一緒にいるノアを完全に無視してのアピールはあまり気分がよいものではない。
彼女に悪いけれど、ブラムウェルの徹底した態度は一緒にいる者からしてみれば嬉しい。
彼が相手をしなければ、ブラムウェルの知り合いとしてノアが間に入るべきか。
知り合って短い付き合いなので男女のことに第三者として口を挟みたくないが、ブラムウェルがはっきり拒否している以上仕方がない。
――ん~、ちょっとブラムの甘さに惑わされているような。
誘いに微塵も揺れずにノアとの時間を優先させる姿勢が好ましいからだ。そうだと言い聞かせる。
蔑ろにされるどころかブラムウェルの態度はノアとの時間を望んでいるとわかるもので、わかりやすい態度にどうしてもブラムウェルの気持ちに添いたくなる。
「ノアと過ごしたい」
言葉でも示されノアは頷いた。
懐かれるのはこそばゆいくて、誘惑があっても変わらないことを見せられると可愛がりたくなる。
ブラムウェルが相手をしたくないのなら、ここは年上として間に入るべきだ。
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