ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)

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31.孤児院③

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 それからはただ必死だった。
 地上は地獄のような光景だった。自分たちの知る景色は見る影もなく、あちこちで魔物が暴れて建物を破壊し燃えている家もあった。

 逃げるなか襲われ仲間が殺される。
 それでパニックになって散り散りになった。

 心配だけれど、彼らを探している余裕もない。
 赤子とチャーリーたちと一緒に逃げているなか、倒れている年長組と先生の死を知り、ずっと泣きながら走った。

 また一人、一人と仲間が殺されていく。心がえぐられ、ぐちゃぐちゃになった。
 自分より大きな存在に太刀打ちできず、なんとかやり返し倒すことができても次々と襲い来る魔物に誰もが逃げるしかなかった。

「きゃっ」
「ルイサ!」
「ノアっ……」

 チャーリーとも離れ、手を伸ばしたが目の前で魔物にルイサと彼女が手を繋いでいた子が襲われる。
 一瞬のことだった。だけど、永遠に感じた。

 ルイサだったものを摘まむ魔物を前に何もできない自分。
 敵を討ちたいのに、竦む足を叱咤してノアは赤子を抱えて走った。

 だが、すぐにオークに追い付かれ、弾き飛ばされた。
 その拍子に赤子が腕から落ちる。

 ノアは声にならない悲鳴を上げた。
 また目の前で、さっきまで自分の腕の中にいた命が奪われる。

 もう、ダメだ。
 多くの仲間が目の前で死んでいった。自分だけ生き残ったとして何になるのだろう。

 ぷつりと生きる気力がなくなり、襲い来るオークを前にノアは目を瞑った。
 だが、がたがたとすごい音がしていつまで経ってもこない衝撃に目を開けると、崩れた瓦礫がオークの頭に直撃しているのが目に入った。

 そこで気を取り直し、ノアは走った。
 失ったものが多すぎて、もう心に何も感じない。ただ、このまま何もせずヤラレルのだけは違うと村を守るように立つ木を目指して無心で走った。

 魔物が追いかけてきているのか、逃げきれているのかさえもわからないしもうどうでもよかった。
 ただ、足を動かすことだけに専念する。

 大きな木が見える。
 そこには祈るように手を重ねる血塗れの院長がいた。

「院長……」

 ようやく生存者、頼れる大人を見つけ、ノアはその場で崩れ落ちた。
 もう限界だった。

 短い時間の間に多くの死を目にした。
 少し前まで笑っていた仲間はもういない。理不尽な死を前に守り切れなかった仲間を思うと、すべての感覚がなくなり心さえも冷え切って動かなくなったようだ。

「ノア、か?」

 こちらを向いた院長の顔半分が崩れていた。血と土で汚れ、何がどうなっているのかわからない状態にノアは目を見開く。

「院長!」

 ノアは最後の力を振り絞り、院長のもとまで駆け寄った。

「ああ、ノア……」

 震える手で肩を掴まれる。
 荒く苦しそうな息に涙が出た。

 本能で院長もそう長くないことを悟る。それでもあきらめたくなくて、大丈夫だと言ってほしくて、ノアは院長を見た。
 すると、鋭い眼光でノアの背後を見た院長はノアを押しのけた。

「つっ……」

 腹に穴が開いた院長が崩れ落ちる。院長はその最中、呪文を整えると魔物が蒸発していった。

「フィリップ院長!」

 崩れる院長に駆け寄ると、片方の目がノアを捉え細められた。

「最後にこの力のすべてをノアに捧げる。私の分もどうか生きて」

 そっと手を頭に置かれ、ものすごい力が流れてくる

「いやだ。行かないで」

 一人にしないで。
 別れの挨拶にノアは泣きじゃくった。

「ノア。私の甥っ子。まだまだ君の成長を見たかったがここまでだ」
「いやだ!」

 もう誰も死なないで。
 目の前で命を奪わないで。

 その願いも虚しく、大きな手がそっとノアの頭を撫でばさりと地面に音を立てて落ちた。
 尽きる音にノアは泣き叫んだ。

「あああぁぁぁぁぁっ」

 失ったのに、失ってから溢れる力が身を包み、それからノアは意識を飛ばした。
 次に目を覚ました時には、暴れ回っていた魔物はいなくなっていた。
 そばには院長の亡骸があり、あちこちに死臭がし、すべてが終わったことを知る。

 駆けつけてくれたランドルフたちに助けられ、ずっとただ無心で身体を動かし一緒に埋葬した。
 誘われるままにその地を離れ今に至る。

 その頃、心は壊れていたのだと思う。
 思い出しても、ただそこにある感情は無で、悲しいのに泣けずに仲間や先生を弔った記憶があるだけだ。

 それからは世話をしてくれるランドルフたちに一生懸命ついていった。
 とにかく、目の前のできることに集中し日々を過ごしていた。

 そうして強くあろうと生きていても、何もすることのない夜は思い出す。
 魔物の襲来と生々しい記憶でろくに眠れず、心配したエイダたちが記憶を封印した中に院長に力を渡されたこともあって同時に力も封印されてしまったのだろう。
 忘れたくなかったけれど、でもそうしてくれなかったら壊れて今のノアはいなかったと思う。

 涙が溢れて止まらない。
 悲しみもあるけれど、過ごして時間を思い出したことの喜びもあった。

 彼らのことを覚えていられるのは、自分とあの時生き残った子だけなのだ。
 最後を思うと胸は痛いけれど、生きていた彼らとの思い出は大切にしていきたい。

 本来なら時間をかけて伝承しようと思っていたのだろうその力は、もともとのノアの魔力とどう関係するのかまではわからないけれど、記憶とともに偶然封印されてしまったようだ。
 侯爵家の精霊信仰と指輪、そして父と兄弟である院長の力。どちらも精霊に関係して、そろった今湧き上がる力を感じる。

 母の家系、院長が叔父であることも思い出し、改めて思わぬ形で自分の出生や力を知ったけれど、ノアはノアで何ものでもない。
 そして、ブラムウェルも王族だとしても望まないのだからこれまでと変わらない。

 巡り巡って再会し、二人ともこうして生きている。
 それが一番だ。
 ノアは抱きしめられるブラムウェルの背中に腕を伸ばし、ぎゅっと抱きしめ返した。


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