神の威を借る狐

崎田毅駿

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 言いつつも、宣誓書の用紙を取り出す自分がおかしい。沓掛は内心、再び苦笑した。無論、こんな紙切れが何の効力もないとは、彼もよく分かっている。が、宣誓させることで、患者である彼らの心に一種の義務感を負わせられる効果が期待できる訳だ。
「印鑑、お持ちで?」
「はい、言われた通りに」
「それじゃ、一応、これを書いてもらいましょうか。書き込んでいただくのはブランクの箇所だけで結構。ほら、アンダーラインが引いてあるでしょ」
「はあ」
 背の高い方がいささか不安げに、両手で押し頂くようにして用紙を受け取った。それをもう一方の男――恋人――が横合いからのぞき込む格好になる。
 沓掛はさらにボールペンを渡すと、二人が用紙に書き込むのを待った。署名と捺印、その他細々とした穴埋めは、二人合わせて五分足らずで終わった。
「これでよろしいんでしょうか……」
「確かに」
 返された用紙にざっと目を通した沓掛。徳間洋介、桜達夫の署名と印鑑名とをそれぞれ比べ、同じであると確認した。
「では、早速ですが、始めましょうか」
「え、と、始めるって」
 患者二人は見つめ合い、不安げな眼差しをよこしてくる。
 沓掛は微笑をたたえ、説明する。
「ま、当たり前なんですがね、あなた達の精子が必要なんですよ。と言いますのも――」
 ここからが肝心。沓掛は舌で唇を上下とも湿した。そして一枚の紙とボールペンを片手に始めた。
「男同士の間に子供を作る方法を、簡単に説明しましょう。二人の男を、ここではX男とY男としますよ。XとYの遺伝子を持った子を作るには、孫の代まで待てば法を犯さず、楽にできるんですがね、あなた方のように待てないペアもおられる。そこで、二人の女Q子・R子を用意します。ああ、もちろん、実行に当たっては、こちらで用意しますので、ご心配なく。それでですね、Xの精子をQに、Yの精子をRに送り込み、人工受精で子供を作る訳です。Qの宿した子をS、Rが宿した子をTとしましょうか。S、Tをそれぞれ胎児の内にお腹から取り出し、切断、肉体を半分ずつ交換する。胎児には特有の再生能力がありましてね、子供は正常に育つのです」
「……」
「お分かりいただけましたかな?」
 説明に使った紙を弄びながら、沓掛は二人の表情を窺った。
「あの、その、切断とか再生とか」
 一人が、怯えたような口調で言う。
「ど、どういうことでしょうか。私達には、さっぱり……」
「胎児というものは原生動物みたいなものでしてね。相当な深手を負っても、簡単に再生します。ご存知かどうか、胎児の時点で内臓に欠陥があると判明した場合、手術を行って完治させる技術があるのです。それが例えば臓器移植を要するような難病であっても、成人相手の手術よりは圧倒的に成功率が高い。何故なら、胎児の時点では拒絶反応が起こりませんからね。術後の心配も皆無なのです」
 沓掛が余裕の笑みを添えて捲し立てると、カップルの男達は納得したのかどうか、ともかくも首を縦に強く振った。
 その様子を見て、にっこりとする沓掛。
「あとは、費用についてだけですね」
 これ以上ない、満面の笑み。

 ~ ~ ~

 一仕事を終えた沓掛が自宅で、ふわふわの絨毯の上で寝そべっていると、訪問者の到来を告げるベルが鳴った。
「いいところなのに」
 耳かきをテーブルの端に置き、テレビの野球中継に後ろ髪を引かれる思いで立ち上がる。その際見えた掛け時計は、午後八時半を示していた。
 壁に備え付けのインターフォン越しに尋ねた。
「どなた?」
「あたしです、荒井あらいです」
 割れた音が返って来た。
 沓掛は馴染みのルポライターの顔を思い浮かべて、すぐに返事する。
「おまえか。今開ける」
 玄関へ向かうと、近所を出歩くときに履くスニーカーを突っかけ、ドアノブに手をかける。
「何の用だ」
「また面白いことを始めたそうじゃないですか。臭うんですよねえ、この鼻が」
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