【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g

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第4話:『唯一の特異点~虚無を潤す僕の共鳴~』

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 あの侵入者たちの一件以来、ゼルフィードの蓮に対する態度は、僅かながら変化した。以前はただ無関心なだけだった彼の視線に、明確な警戒と、そして微かな執着が加わったように感じられる。

 彼は蓮の姿を追うことが増え、蓮が邸宅の中を移動すれば、いつの間にか彼の傍らにゼルフィードが立っていることも珍しくなくなった。

 蓮は、ゼルフィードの冷たい体温と、時に強すぎる腕の力に戸惑いを覚えつつも、彼が自分を守ってくれる存在であることに、漠然とした安心感を抱いていた。

 あの夜、ゼルフィードに抱きしめられ、耳元で「離れるな」と囁かれた瞬間から、蓮の心には、この奇妙な主の傍こそが唯一安全な場所だという認識が芽生えていた。

 ある日、蓮は思い切ってゼルフィードに尋ねてみた。

「あの……ゼルフィードさん。どうして、貴方はいつもお一人なのですか?」

 ゼルフィードは、蓮の言葉に反応することなく、ただ静かに蓮を見つめた。

 その紫の瞳は、まるで底なし沼のように深く、何を考えているのか全く分からない。蓮は、尋ねてはいけないことを尋ねてしまったかと、少し後悔した。

 しかし、今更引き下がることもできず、蓮は思い切って言葉を続けた。

「それに、この森の植物は、どうしてこんなに枯れているのですか?あなたの邸宅の周りのものも……」

 蓮が言葉を続けると、ゼルフィードの瞳に、ほんの僅かな揺らぎが生じたように見えた。

 彼はゆっくりと蓮に手を伸ばし、その指先が蓮の額に触れる。

 その瞬間、蓮の意識は、全く別の場所へと引きずり込まれた。

 目の前に広がったのは、どこまでも続く、広大な森。しかし、そこに生えている木々は、どれも生気を失い、枯れ果てていた。

 そして、その森の中に、たった一人、幼いゼルフィードが立っている。

 小さなゼルフィードは、孤独だった。彼の周りには誰もいない。ただ、彼が触れるもの全てが、まるで力を吸い取られるかのように、みるみるうちに枯れていく。

 色鮮やかだった花は瞬く間に色褪せ、瑞々しかった葉はパリパリと音を立てて砕け散る。

(まさか……ゼルフィードさんが、触れたから……?)

 蓮は、その光景に愕然とした。

 幼いゼルフィードが、自分に触れた瞬間に枯れていく花を、ただ無表情に見つめている。その瞳には、悲しみも、後悔も、何の感情も浮かんでいない。ただ、「虚無」だけが宿っていた。

 蓮は、彼がどれほど長く、この「虚無」の中で生きてきたのかを理解した。

 彼は、自分が触れるもの全てから生気を吸い取り、枯らしてしまう存在なのだ。だから、誰とも関わることができない。誰かに近づけば、その命を奪ってしまう。彼は、この忌まわしい特性ゆえに、孤独な生を強いられてきたのだ。

 その幻覚は、唐突に消えた。

 蓮は胸を激しく打つ動悸を感じながら、現実の世界に戻った。あまりにも鮮明で重苦しい幻覚に、心が深く揺さぶられていた。ゼルフィードの指は、まだ蓮の額に触れたままだ。

「……あなたの、能力……」

 蓮は、震える声で呟いた。ゼルフィードは、蓮の言葉に微かに頷いた。

 それから、言葉を絞り出すように、初めて蓮に語りかけた。

「俺は……存在そのものが、周囲の生気を、感情を、無意識に吸い尽くす。だから、これまで誰も、俺の傍にはいられなかった」

 彼の声は、ひどく虚ろで、乾いていた。長年の孤独が染み付いているような、そんな響きだった。

「だが……お前は、違う」

 ゼルフィードは、蓮の額に触れていた指を、ゆっくりと蓮の頬へ滑らせた。

 その瞳が、蓮の目を真っ直ぐに見つめる。

「お前は、俺の影響を受けない。それどころか……お前がそばにいると、俺の力が、安定する。そして……俺の中の何かが、満たされる」

 その言葉に、蓮は驚きを隠せなかった。ゼルフィードの能力を打ち消すどころか、彼に何らかの良い影響を与えているというのか。

(僕の……あの力が……?)

 蓮は、庭で弱った小鳥を助けた時のことを思い出した。あの時、蓮が触れた小鳥は、わずかながら元気を取り戻した。

 蓮自身、その力について深く理解しているわけではない。ただ、生き物に触れた時、相手の弱った部分に何かしらの「調和」をもたらすことができる、という曖昧な認識があるだけだった。それが生命力なのか、気の流れなのか、それとも全く別の何かなのか、蓮にも分からない。

 しかし、その曖昧な力が、ゼルフィードの「生命力吸収」という破壊的な特性に対して、何らかの「均衡」を与えているのかもしれない。

 ゼルフィードが蓮の近くにいると冷気が和らぎ、蓮自身も心地よさを感じるのは、蓮の持つその不思議な力が、彼の荒れ狂う内なる力を少しずつ鎮めているからなのだろう。

 ゼルフィードは、蓮の頭をそっと抱き寄せ、その頬に顔を埋めた。

「お前といると……久しぶりに、静寂を感じる。お前は……俺にとって、貴重な存在だ」

 その言葉は、静かな感情を込めた率直な想いの表れだった。彼の深く静かな想いが、蓮の心にじんわりと染み渡る。

 ゼルフィードは、蓮の存在が自分に与える良い影響を無意識に求めるようになった。

 彼のそばにいる時間が増え、蓮がどこへ行っても、いつの間にかゼルフィードがついてくる。

 食事の時も、書物を読んでいる時も、庭を散策している時も。ゼルフィードは常に蓮の近くに座り、蓮が動けば、影のように蓮の後ろをついて歩く。

 そして、自然と身体的な接触が増えていった。

 蓮がうたた寝をしていれば、ゼルフィードは無言で蓮の肩を抱き、自分の腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。彼の体は相変わらずひんやりとしているが、蓮の体温を求めるように、ぴったりと密着してくる。

 蓮が何かに手を伸ばしあぐねていれば、ゼルフィードは迷うことなく、その手を取って支えた。その手は冷たいが、蓮を離すまいとする静かで確かな力が込められていた。

 蓮は、最初は戸惑いを覚えたものの、次第にゼルフィードのそばにいることに心地よさを感じるようになっていった。

 彼の腕の中にいると、外界の全てから隔絶されたような、絶対的な安心感に包まれる。まるで、世界で最も安全な場所を見つけたような感覚だった。

 ゼルフィードも、蓮の謎めいた力を通じて無意識に内なる力を鎮めることで、ごく微かな変化を見せ始めていた。

 ほとんど開かれることのなかった紫の瞳が、蓮を見つめる時にわずかに柔らかな光を宿すようになった。時には、蓮が差し出した甘い果物を口にした際、彼の口角がほんの微かに、上へと持ち上がることもあった。

 それは、感情を表す「微笑み」とはまだ呼べないものだったが、蓮はその変化に心の奥が温かくなるのを感じた。

 ゼルフィードは、蓮の銀髪を指でゆっくりと梳いた。その動作は、まるで大切な宝物を扱うかのように、丁寧で、そしてどこか物悲しかった。

 彼の無表情な顔は変わらないが、その瞳の奥には蓮への静かな執着と、失うことへの微かな不安が入り混じった、穏やかな眼差しが宿っている。

 蓮は、ゼルフィードの視線に、明確な愛情とまでは言えないが、「大切に扱われている」という確かな感覚を得た。

 彼が自分を唯一無二の存在として認識し、慈しんでいるのだということが、肌で感じられた。

 二人の関係は、単なる庇護関係から、より深く繊細な結びつきへと静かに変化していた。

 ゼルフィードは蓮なしでは心の安定を保てず、蓮もまた、ゼルフィードの庇護なしには生きられない。それは互いを必要とする、しかし確かに温かい絆が芽生え始めた瞬間だった。
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