【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!

キノア9g

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第1話:ギルドで出会った変な青年

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 イーサンは冒険者ギルドの扉を押し開けた。ぎし、と木の軋む音が、いつも通り耳をくすぐる。革と汗と、ほんのり酒の混じった空気。この埃っぽくてざらついた匂いが、妙に落ち着くのはなぜだろう。ここに来るたび、ああ今日もいつもの日常が続いていると実感する。

「ふう……さて、今日は何にしようか」

 壁一面に並んだ依頼書の中から目を走らせる。魔物の討伐、薬草の採取、護衛。書かれている内容は違っても、依頼の傾向はいつも通りだ。だが、イーサンの選択はいつも決まっていた。

「適度に安全、適度に儲かって、適度に早く終わるやつ……っと」

 命を賭けるような危険な仕事は遠慮したい。かといって、雑用ばかりでは生活が成り立たない。中堅冒険者として、ほどよいバランスこそが最も重要だとイーサンは心得ていた。

 今日で二十五歳。十六の時に農村を飛び出し、冒険者として生き始めてからもう九年が経つ。少しずつ積み重ねてきた金で、ようやくこの街の外れに一軒家を手に入れた。まだ庭は荒れ放題だが、いずれ畑にして野菜を育てるつもりだ。それから昼下がりには、野良猫たちと並んで日向ぼっこを楽しめたら──そんな暮らしを思い描いている。

 できれば、その傍らに可愛いお嫁さんがいてくれたら……なんて、近頃は夢のまた夢かもしれないと苦笑いすることも多くなった。

 いつものように依頼書を物色していたそのとき、視界の隅に見慣れない姿が入った。カウンターに立つ一人の青年。背は高く、すらりとした体躯。ここは冒険者の大拠点というほどでもない。旅の途中だろうかと何気なく顔を見た瞬間──イーサンの目が丸くなった。

 とんでもない美形だった。

 色素の薄い髪が光をまとい、目鼻立ちは彫刻のように整っている。どこか現実味に欠けるほどの存在感で、ざわめくギルドの喧騒のなかにあって、彼だけが絵画の一部のように浮かび上がっていた。

(なんだありゃ……吟遊詩人か? いや、王族付きの騎士とか? いやでも、この街に来るようなタイプじゃ……)

 イーサンが呆然と見つめていると、その青年がふとこちらに視線を向けた。そして、イーサンと目が合うと、彼の瞳が大きく見開かれた。

「あっ……!」

 声と同時に、彼はカウンターを離れ、こちらにまっすぐ駆けてきた。

「本物だ! イーサンだ!」

 イーサンの目の前でぴたりと止まり、勢いよく両手を広げる。

「あなたは……僕の推しです!」

「はぁ!?」

 あまりに突飛な言葉に、イーサンは言葉を失った。おし? 何の話だ?

「お、おい、お前……なにを──」

 混乱するイーサンをよそに、青年は興奮気味にまくしたてる。

「ああ、夢みたいだ……! 本当に会えるなんて! 僕、アシュレイっていいます! あなたに会いたくて、ここまで来たんです!」

 アシュレイと名乗ったその青年は、イーサンの両手をぎゅっと握り、瞳を輝かせながら続けた。

「ずっと応援してました! RPGゲーム『ファンタジー・フロンティア』のサブクエスト、特に『イーサンのスローライフ』が大好きで……! あのボロ家を改装したり、野菜を育てたりするミニゲーム、何度周回したことか!」

「……は? あーるぴーじ? すろー……なんだって?」

 聞き慣れない言葉が次々と飛び出し、イーサンの思考は追いつかない。「ボロ屋」と聞いて先日買った家が頭に浮かんだが、それがどうつながるのかさっぱりだ。

「おい……まさか、俺をバカにしてるんじゃないだろうな?」

 じわりと胸の奥に苛立ちが滲む。

「バカになんてとんでもない! 尊敬してるんです! メインストーリーの勇者たちより、コツコツ依頼をこなして自分の生活を作っていくあなたの姿に……何度も癒されました! 絶妙に弱いサブキャラってところがまた最高で……!」

「絶妙に……弱い!?」

 思わず怒鳴りかけて、イーサンは呆れたように息を吐いた。どこまで失礼な評価なんだ、それは。

「でも、今こうして……画面越しじゃなく、リアルなあなたと会えて……っ!」

 アシュレイはうっとりとイーサンの顔を見つめる。そして、おもむろにイーサンの頬に手を伸ばし、優しく撫で始めた。

「わ、ちょっ、やめ──! な、何してんだ!」

 慌ててのけぞるイーサンを無視して、アシュレイはそのまま彼の体を抱きしめた。

「動いてる……! 僕の言葉に反応してる……! 連れて帰りたい……王都に連れて帰って、毎日観察したい……!」

 ギルド内に響き渡る高らかな声。周囲の冒険者たちが一斉にこちらを振り返り、奇妙なものを見る目を向けてくる。イーサンの頬がみるみる赤くなった。

「離せ! 離せって言ってるだろ! ていうか誰なんだお前は本当に!!」

 必死でアシュレイを引き剥がそうとするも、思った以上に力が強い。しかも、なんか……いい匂いがする。ハーブか? いや、違うな、フローラル系?

 ──って、そんなこと考えてる場合じゃないだろ俺!

 ようやくアシュレイの腕の中から脱出したイーサンは、顔を真っ赤にして、ギルドの出口へと駆け出した。


「はぁ、はぁ、はぁ……なんだあいつ、気持ち悪ぃ!」

 全力でギルドを飛び出し、迷いなく家路を駆ける。路地を抜け、夕暮れに染まりはじめた民家の並ぶ通りを走り抜けた。アシュレイの姿は、もうどこにも見えなかった。

(……撒けたか。ったく、いきなり抱きついてくるとか、どうかしてんだろ! 何語かわからんし、弱いだのおしだの、意味不明なことばっか言いやがって……)

 見慣れた、自宅のくたびれた屋根が角の向こうに見えてきた。息を整えながら足を緩めると、胸のあたりがようやくほんの少しだけ軽くなる。

「ふぅ……助かった……」

 深く息を吐きながら扉の前に立つ。いつものくたびれた木製のドア。その、すぐ横からだった。

「……え?」

 ひょっこりと、誰かの顔が覗いた。

「お待ちしていました、イーサン!」

 満面の笑みを浮かべたアシュレイが、そこに立っていた。

「な、なっ……なんでお前がここに!? てか、俺の家知ってたのかよ!?」

 血の気が引くのがわかる。あれだけ全速力で逃げたのに、なぜか先回りされていた。

「はい! 推しの家ですから、当然チェック済みですっ!」

 悪びれもせず、むしろ誇らしげにそう言う。イーサンの背筋に、冷たいものが這い上がってきた。

(……こいつ、本気でヤバいやつじゃねぇか?)

「お、おい……まさか、金目の物でも狙ってんじゃねぇだろうな? 言っとくけど、家買ったばっかでスッカラカンなんだぞ!」

 警戒心全開で睨むと、アシュレイはぽかんとした顔を見せた。

「金品? あ、逆ですよ逆! 僕、イーサンを援助したいんです!」

「……はあ!? はああああ!?」

 思考がぐらつく。援助? 誰が? 誰を? なぜ!?

「もっと美味しいものを食べて、もっと良い暮らしをして、もっと快適な生活を送ってほしいんです、あなたに!」

「いやいやいや、意味わかんねぇって! なんで俺が、見ず知らずのお前に生活支援されなきゃならねぇんだよ!」

「だって、僕の推しですから!」

 その一言を、誇らしげに、そして心からの笑顔で言うものだから、逆に恐怖すら覚える。

「ちょ、ちょっと待て。落ち着け。おしだのなんだの、意味わからんことばっか言われても困る。それに、言ったろ? 金なんかねぇんだ。援助なんて上手い話、どう考えても詐欺くせぇ匂いしかしねぇってのに──」

 懸命に理性を取り戻そうとしながら言い聞かせる。だが、アシュレイはまるで聞いていなかった。

「詐欺じゃないですから安心してください! 不安なら契約魔法でもなんでもどうぞ! それに、僕ちゃんと働いてますし! イーサンがより良い生活を送れるように、僕が全面的にサポートします!」

 自信満々に胸を張るその姿は、嘘をついているようには見えない。むしろ真剣そのものだ。

「手助けって……どうやってだよ?」

 つい、聞き返してしまう。アシュレイはにやりと口の端を上げた。

「実は僕──少しだけ未来が視えるんです」

「……は?」

 思わず鼻で笑ってしまう。だが、アシュレイは楽しそうに続けた。

「信じられないのも当然です。でも、例えば──明日の朝。この家の庭に珍しい薬草が咲きます。それ、街の医者が高値で買い取ってくれるはずです。それから、明後日の午後。ギルドに新しい護衛クエストが出ます。依頼主はちょっと気難しいですが、報酬は破格ですよ」

 その口ぶりは、芝居がかったところもなく淡々としていた。ふざけている様子もない。

「今は信じなくていいです。でも、もし予言通りになったら──少しだけ、僕の言葉を信じてみる気になってくれませんか?」

 イーサンは、言葉を失った。信じるには荒唐無稽すぎる。でも、もし、本当にそんなことが起こるなら。

(まさか……な)

「とりあえず、今日はもう遅いですし──僕、お腹空きました。イーサンの手料理、食べてみたいです!」

 そう言って、まるで当然のように家の中へ足を踏み入れようとする。

「お、おい待てって! 勝手に入るな! ここ俺ん家だぞ!」

 慌てて制止の声を上げるが、時すでに遅し。アシュレイは、ボロい木の扉を押し開けた。

「うわぁ! これが、あのボロ一軒家! 実物、最高です!」

 アシュレイは目を輝かせながら、興味津々に家の中を見て回った。イーサンは、自分の家がまるでアシュレイの憧れの象徴であるかのように扱われていることに、困惑する。

「……金目のものはないぞ! マジで金欠だからな!」

 念を押すように言ってから、ため息が漏れる。もう止める気力すら尽きかけていた。

 そんなイーサンを振り返り、アシュレイは満面の笑みで言った。

「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」

 こうして、つい昨日まで続いていたイーサンの平穏な日常は――やたらと整った顔立ちの、謎の“おし”男によって、容赦なく掻き乱されていくのだった。

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