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第2話:半ば強制の同居生活
しおりを挟む翌朝、イーサンは寝ぼけ眼で庭に出た。昨日アシュレイが言っていた「珍しい薬草」が本当に咲いているのか、半信半疑ながらも気になったのだ。昨夜は結局、アシュレイが強引にイーサンの家に入り込み、イーサンが渋々作った夕食を「うわぁ、イーサンの手料理だぁ!」と目を輝かせながら平らげた。その後も、この家のどこをどう改造すればゲームの再現になるか、だとか、この部屋の配置がどうだとか、イーサンにはさっぱり意味の分からないことをつらつらと喋り続け、結局、客間がないからと強引にリビングのソファで眠りについたのだった。
庭は相変わらず手入れが行き届いていない。雑草がまばらに生える土の地面に、イーサンは目を凝らした。
「まさか……」
すると、庭の片隅、普段なら雑草しか生えていない場所に、見慣れない植物がひっそりと咲いているのを見つけた。薄い水色の花弁を持ち、茎には小さな白い毛が密集している。図鑑で見たことがあるような、ないような……。
「これ、もしかして……」
イーサンは恐る恐る近寄って、その植物をそっと指でなぞった。間違いない。これは『月光草(げっこうそう)』だ。夜にしか咲かず、強い魔力を持つため、希少価値が高いとされている薬草だ。まさか、自分の庭に生えているとは。
「昨日、アシュレイが言ってたやつ……本当に咲いてる……」
イーサンは驚きで呆然とした。アシュレイの予知が、まさかここまで正確だとは。
恐る恐る月光草を丁寧に採取し、医者の元へ持っていくと、案の定、高値で買い取ってくれた。イーサンはまだ半信半疑ながらも、アシュレイの言葉の信憑性を認めざるを得なかった。
そして、その日の午後、ギルドに新しい護衛クエストが出た。アシュレイが言った通り、依頼主は気難しいことで有名な商人だったが、報酬は確かに破格だった。イーサンは思わず依頼書を二度見した。
(こいつ……本当に予知できるのか?)
その夜、夕食を作りながら、イーサンはリビングで本を読んでいるアシュレイに話しかけた。
「なぁ、お前、本当に未来が見えるのか? 今日言ってたこと、全部当たってたぞ」
アシュレイは本から顔を上げ、にこやかに微笑んだ。
「ええ、まあ。大体は、ですが。僕の予知で、イーサンの冒険者ライフが少しでも楽になれば嬉しいです」
「楽になるって……いや、確かに助かるけど……なんだか、夢でも見ているような心地だ」
イーサンはそう言いながらも、どこか安心している自分がいることに気づいた。アシュレイがいることで、確実にクエストの成功率が上がり、収入も安定するだろう。それは、ボロ一軒家を快適にする上で、何よりも重要なことだった。
翌日からも、アシュレイの「予知」は続いた。
「今日の討伐クエスト、あの森の奥に進むと、いつもより大きな魔物がいますよ。気をつけてくださいね」
「この依頼は、実は隠された報酬があります。依頼主の奥さんの病気を治す薬草を見つけてあげると、さらに金貨が十枚追加されますよ」
アシュレイの言葉通りに行動すると、イーサンの冒険者生活は驚くほど順調に進んでいった。危険を回避し、隠された報酬を獲得し、イーサンの懐は着実に潤っていく。
アシュレイはまた、イーサンの生活面でも徹底的なサポートぶりを発揮した。
イーサンがクエストに出かけている間に、家はピカピカに磨かれ、洗濯物は完璧に畳まれていた。夕食時には、テーブルには手の込んだ料理が並ぶ。
「今日の夕飯は『エルフの森風シチュー』です。薬草が多めに入っているので、疲労回復に効果がありますよ」
「う、うまい……! なんだこれ、街の食堂よりうまいぞ!」
アシュレイの料理は、どれも絶品だった。彼の料理のおかげで、イーサンの食生活は劇的に改善された。
「さすが僕の推しです。美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があります」
アシュレイはイーサンが食事をする姿を、まるで宝物を見るようにじっと見つめていた。その視線に、イーサンは時折居心地の悪さを感じるが、アシュレイが悪意を持っているようには見えなかった。むしろ、純粋にイーサンを慕っているように見えた。
「なぁ、お前、いつまでここにいるつもりだ?」
ある夜、イーサンが尋ねた。アシュレイはリビングのソファで本を読んでいた。
「え? 僕はずっとここにいますよ」
アシュレイは当たり前のように答えた。
「ずっとって……おいおい。お前だって冒険者なんだろ? クエストはいいのか?」
「大丈夫です。イーサンのクエストに同行すれば、僕もレベル上げできますし。それに、イーサンのそばにいられるなら、他のクエストなんてどうでもいいです」
アシュレイはそう言って、イーサンに満面の笑みを向けた。
(どうでもいいって……こいつ、俺に対してちょっと懐きすぎじゃないか?)
イーサンは、アシュレイがなぜそこまで自分にこだわるのか理解できなかったが、とりあえず危害を加えられるわけでもないし、むしろ助かることばかりなので、深く考えるのをやめた。
数週間が経ち、イーサンとアシュレイの奇妙な共同生活は、イーサンにとって半ば当たり前のものになっていた。朝、アシュレイが淹れてくれるハーブティーで目覚め、クエストに出かける前にはアシュレイが念入りに装備をチェックし、危険を予測して助言をくれる。家に帰れば温かい食事と、綺麗に整頓された部屋が待っている。
「ふぅ、助かるなぁ、アシュレイがいると……」
イーサンはそう呟き、深くため息をついた。アシュレイはイーサンの言葉に「どういたしまして!」と満面の笑みで返した。
ただ、困ったこともあった。アシュレイの言動は相変わらず奇妙だった。
「ああ、今日もイーサンは絶妙な回避スキルを見せてくれましたね!あの素早さ、まさにゲーム通りの動きです!」
「ゲーム通りってなんだよ」
イーサンはため息をつく。
「それに、イーサンが今日買った短剣、前に使ってたやつより一回りサイズが大きいですね。ゲームでは、そのサイズの短剣に買い替えるのは、もう少し後だったんですが……」
「ゲーム、ゲームってうるせぇよ! なんだその『ゲーム』ってのは!」
イーサンは何度尋ねても、アシュレイは「秘密です!」と笑うばかりだ。イーサンは、アシュレイの頭の中には常に謎の「ゲーム」というものが存在しているのだと諦めるしかなかった。
そして、もう一つ。
「イーサン、今日の寝癖も可愛いです!」
そう言って、アシュレイがイーサンの寝癖を直そうと頭を撫でてきたり、
「イーサンは今日のクエストで少し疲れてるはずです。僕がマッサージしましょうか?」
と、イーサンの肩を揉んでくることもあった。アシュレイのスキンシップは妙に多い。無遠慮な抱きつきや、イーサンの体を触ってくる仕草に、イーサンは時折ギョッとするが、アシュレイの表情はいつも純粋な好意に満ちている。
(こいつ……本当に俺に懐いてるんだな。犬みたいに)
イーサンはアシュレイを「人懐っこい大型犬」のようなものだと考えることで、自分を納得させた。
ある日、ギルドでイーサンがクエストを終えて戻ると、見知らぬ女性冒険者から声をかけられた。
「あの、イーサンさんですよね? 私、この街に来たばかりなんですが、イーサンさんの噂を聞いて……その、もしよかったら、今夜お酒でもどうですか?」
彼女は頬を染め、恥ずかしそうにイーサンを見上げた。久しぶりの誘いに、イーサンの心は浮き立つ。
「え、あ、はい! もちろんです!」
イーサンが笑顔で頷くと、女性冒険者は嬉しそうに微笑んだ。
その時だった。
「イーサン、お疲れ様です! このクエスト、報酬がちょっと少ないですね。次のクエストはもっと良いものを見つけてきましたよ!」
アシュレイがいつの間にかイーサンの隣に立っていた。満面の笑みだが、その瞳の奥には、どこか冷たい光が宿っているように見えた。
「え、あ、アシュレイ……」
女性冒険者は、突然現れたアシュレイの完璧な容姿と、イーサンに親しげに話しかける姿に、明らかに動揺している。
「あ、あの、この方は……?」
女性冒険者が尋ねると、アシュレイはにこやかに答えた。
「僕はイーサンの親友です。いつも一緒に冒険しています」
親友、という言葉に、イーサンは少しだけ面食らった。親友と呼べるほど付き合いが長いわけではないが、否定する理由もない。
「そ、そう、なんですね……」
女性冒険者は明らかにテンションが下がった様子で、ぎこちなく笑った。
「あ、あの、じゃあ、今日はこの辺で……また今度、機会があれば……」
彼女はそう言うと、足早にギルドを去っていった。
「あれ?」
イーサンは、あっという間に去っていく女性冒険者の背中を見送った。
「せっかくのお誘いが……」
アシュレイはそんなイーサンの隣で、何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべていた。
「さあ、イーサン! 早く家に帰りましょう。美味しい夕食が待っていますよ!」
「おう、そうだな……。はぁ、最近どうもモテねぇな……」
イーサンは首を傾げたが、隣のアシュレイの満面の笑顔に、その理由が隠されているとは、夢にも思っていなかった。
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