【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!

キノア9g

文字の大きさ
5 / 9

第4話:家庭菜園と深まる絆

しおりを挟む


 イーサンは、アシュレイが自分の恋路を(無自覚に)妨害していることにようやく気がついた。しかし、悪意があるわけでもないし、アシュレイは満面の笑みで「まさか! 推しにそんなひどいことできません!」と答えるばかりだ。

「はぁ……もうどうにでもなれ」

 イーサンは半ば諦めにも似た気持ちで、家庭菜園用の土を耕していた。アシュレイが身の回りのことを全てやってくれるおかげで、時間に余裕ができたため、これを機会に野菜を育てようと思ったのだ。ボロ一軒家の庭には、まだ荒れ放題のスペースが多く残されている。それも全て畑にして、色々な野菜を育てたいと思っている。

 その日も、イーサンは一人、黙々と作業を進めていた。すると、ふいに背後から声が聞こえた。

「イーサン、何してるんですか?」

 振り返ると、アシュレイが首を傾げて立っていた。今日は特にクエストの予定もなく、アシュレイはリビングで本を読んでいたはずだ。

「ん? 見ての通り、畑を耕してるんだよ。ここに野菜を育てたくてな」

 イーサンがそう答えると、アシュレイの目がキラキラと輝き始めた。

「あ! ついに野菜を育てるのですか!? いいですよねぇ! 僕、そういうの、大好きなんです!」

「へぇ、お前も好きだったのか?」

 イーサンは意外に思った。アシュレイはどこか都会的で、土いじりとは無縁そうなイメージだったからだ。

「はい! ミニゲームで、この庭の野菜を育てるの、とても楽しかったんですよ! まさか、こんなに早くイーサンと一緒に家庭菜園を始められるなんて……! 感動です!」

 また始まった、謎の「ゲーム」の話。イーサンにはさっぱり理解できないが、アシュレイが興奮しているのは伝わってきた。

「あ、そうかよ……。まあ、好きなら手伝ってくれるか?」

 イーサンが冗談半分でそう言うと、アシュレイは二つ返事で頷いた。

「もちろんです! 僕に任せてください! 土壌改良から種まき、水やり、収穫まで、全て完璧にサポートします!」

 そこから、イーサンの庭は劇的に変化した。

 アシュレイは、土の状態を測る簡易的な道具を取り出し、土の質を分析し始めた。

「イーサン、この土は少し酸性に傾いていますね。もう少しアルカリ性の肥料を混ぜた方が、作物の育ちが良くなりますよ。僕が最適な配合を計算しますから!」

 イーサンは「ペーハー? アルカ何とか? 何だそれ……」と首を傾げた。アシュレイの言葉は相変わらず謎めいているが、畑が良くなるなら任せておこう、と思った。

 アシュレイの知識は、まるで農業の専門家のようだった。彼がどこでそんな知識を得たのかは謎だったが、イーサンは素直にアシュレイの指示に従った。

 数日後には、ギルドからの帰り道、アシュレイが「あそこに珍しい肥料が売ってました!」とか「この種は特定の水を与えると発芽率が上がります!」などと言いながら、イーサンの家庭菜園に必要なものを次々と調達してきた。その行動力には目を見張るものがあった。

 そして、種まき。アシュレイはしゃがみこみ、土に指を入れ、真剣な表情で種を植え始めた。

「イーサン、オレンジルートは少し深めに、グリーンリーフは表面に軽く被せるように……あ、でも深さはミリメートル単位で調整した方が発芽率が……」

「ミリ何とか?」イーサンは聞き慣れない単位に戸惑ったが、アシュレイの手つきを真似することにした。普段はぎこちないアシュレイの手つきが、畑ではやけに手馴れているのが不思議だった。

「お前、本当に畑仕事、好きなんだな」

 イーサンがそう呟くと、アシュレイは顔を上げ、眩しいほどに笑った。

「はい! イーサンと一緒なら、何でも楽しいです!」

 その笑顔は、イーサンの心にじんわりと温かいものを広げた。

 それからの日々、イーサンとアシュレイは毎日、陽が落ちるまで庭で過ごした。水やり、雑草抜き、害虫駆除。二人で黙々と作業をすることもあれば、アシュレイが嬉々として「このウォーターベジは、ゲームだと収穫まで三日だったんですけど、リアルだともっと時間かかるんですね! でも逆にリアルタイムで成長を見られるなんて、神ゲーすぎます!」と話しかけてくることもあった。

 イーサンは「神ゲー?」と小さく呟きつつも、アシュレイの奇妙な言葉に呆れながら、彼が本当に楽しそうにしているのを見て、悪い気はしなかった。


 小さな芽が出た日、初めての収穫をした日。そのたびに、アシュレイはまるで自分のことのように喜び、イーサンに抱きついてきた。

「うわぁ! イーサン! 見てください! こんなに大きなホワイトバルブが採れましたよ! 感動です!」

「お、おう、すごいな。お前のおかげだよ」

 イーサンは照れながらも、アシュレイの頭をぽんぽんと撫でた。アシュレイはその手つきに、猫のように目を細めて喜んだ。

 家庭菜園が軌道に乗ると、イーサンの食卓はさらに豊かになった。採れたての新鮮な野菜が、アシュレイの手によって絶品料理に生まれ変わる。

「うめぇ……採れたてってこんなに美味いのか!」

「ええ。採れたて野菜は格別ですからね。イーサンが育てた野菜だから、余計に美味しいんですよ」

 アシュレイはイーサンが美味しそうに食べる姿を、本当に嬉しそうに見つめていた。そのまなざしは、イーサンに対する純粋な好意に満ちていて、イーサンは、この奇妙な同居人を、本当に「気の合う友人」だと感じるようになっていた。

 ある日の夕暮れ時、家庭菜園の収穫を終えたイーサンとアシュレイは、ベンチに腰掛けて休憩していた。オレンジ色の夕陽が、二人の影を長く伸ばす。

「はぁ……なんか、こんなにゆっくりしたの、久しぶりだな」

 イーサンは空を見上げ、深く息を吐いた。

「そうですね。でも、イーサンが楽しそうにしているのを見ると、僕も嬉しいです」

 アシュレイが隣でそう言った。

「なあアシュレイ。お前さ、なんでそこまで俺に尽くしてくれるんだ? 正直、情報もくれるし、家事もしてくれるし、畑まで手伝ってくれるし……俺、あんまりお礼もできてないだろ」

 イーサンは素直な疑問を口にした。

 アシュレイは少しだけ沈黙した後、イーサンの顔を真っ直ぐに見つめた。

「イーサンは、僕の推しだからです」

「だから、そのおしってのがよく分からねぇんだって……」

 イーサンは頭を掻いた。

「僕にとっては、イーサンが幸せそうにしている姿を見ているのが、一番の幸せなんです。だから、お礼なんていりません。ただ、イーサンのそばにいさせてほしい、それだけです」

 アシュレイの瞳は、吸い込まれるような真剣さを持っていた。その言葉に、イーサンは少しだけ心臓が跳ねた。

「そ、そうかよ……」

 イーサンは照れて、視線をそらした。アシュレイの言葉は、まるで恋人が口にするような甘さを含んでいる。だが、アシュレイはいつも「おし」という言葉を使う。イーサンにはそれがどうにもピンとこない。アシュレイが悪意なく、ただ純粋に自分を慕っているのだろう、とイーサンは解釈することにした。まるで、飼い主に懐いている大型犬のように。

 夜になり、野良猫たちがイーサンのオンボロ一軒家へと集まってきた。イーサンが彼らに餌をやると、アシュレイも興味深そうに猫たちを見つめる。

「可愛いですね、この子たち」

 アシュレイが猫の一匹を撫でると、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 イーサンとアシュレイ、そして野良猫たち。

 日が暮れ、ランタンの優しい光が庭を照らす。その光の中で、イーサンはアシュレイの存在が、自分の生活にどれだけ大きな彩りを与えているかを、漠然と感じていた。

「なんか、家族みたいだな」

 イーサンがそう呟くと、アシュレイはふわりと微笑んだ。

「そうですね。僕もそう思います」

 その言葉に、イーサンは温かい気持ちに包まれた。

 イーサンの生活は、アシュレイという「懐いた大型犬」によって、着実に豊かになっていた。そして、二人の間には、友情とも違う、しかし確かな、温かい絆が育まれ始めていた。イーサンはアシュレイを「気の合う相棒」として信頼し、共に過ごす時間を心地よく感じていた。だが、アシュレイの「おし」という言葉の裏に隠された、熱烈な感情に気づく日は、まだ遠い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

葉空
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

これはハッピーエンドだ!~モブ妖精、勇者に恋をする~

ツジウチミサト
BL
現実世界からRPGゲームの世界のモブ妖精として転生したエスは、魔王を倒して凱旋した勇者ハルトを寂しそうに見つめていた。彼には、相思相愛の姫と結婚し、仲間を初めとした人々に祝福されるというハッピーエンドが約束されている。そんな彼の幸せを、好きだからこそ見届けられない。ハルトとの思い出を胸に、エスはさよならも告げずに飛び立っていく。 ――そんな切ない妖精に教えるよ。これこそが、本当のハッピーエンドだ! ※ノリと勢いで書いた30分くらいでさくっと読めるハッピーエンドです。全3話。他サイトにも掲載しています。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

処理中です...