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第4話:家庭菜園と深まる絆
しおりを挟むイーサンは、アシュレイが自分の恋路を(無自覚に)妨害していることにようやく気がついた。しかし、悪意があるわけでもないし、アシュレイは満面の笑みで「まさか! 推しにそんなひどいことできません!」と答えるばかりだ。
「はぁ……もうどうにでもなれ」
イーサンは半ば諦めにも似た気持ちで、家庭菜園用の土を耕していた。アシュレイが身の回りのことを全てやってくれるおかげで、時間に余裕ができたため、これを機会に野菜を育てようと思ったのだ。ボロ一軒家の庭には、まだ荒れ放題のスペースが多く残されている。それも全て畑にして、色々な野菜を育てたいと思っている。
その日も、イーサンは一人、黙々と作業を進めていた。すると、ふいに背後から声が聞こえた。
「イーサン、何してるんですか?」
振り返ると、アシュレイが首を傾げて立っていた。今日は特にクエストの予定もなく、アシュレイはリビングで本を読んでいたはずだ。
「ん? 見ての通り、畑を耕してるんだよ。ここに野菜を育てたくてな」
イーサンがそう答えると、アシュレイの目がキラキラと輝き始めた。
「あ! ついに野菜を育てるのですか!? いいですよねぇ! 僕、そういうの、大好きなんです!」
「へぇ、お前も好きだったのか?」
イーサンは意外に思った。アシュレイはどこか都会的で、土いじりとは無縁そうなイメージだったからだ。
「はい! ミニゲームで、この庭の野菜を育てるの、とても楽しかったんですよ! まさか、こんなに早くイーサンと一緒に家庭菜園を始められるなんて……! 感動です!」
また始まった、謎の「ゲーム」の話。イーサンにはさっぱり理解できないが、アシュレイが興奮しているのは伝わってきた。
「あ、そうかよ……。まあ、好きなら手伝ってくれるか?」
イーサンが冗談半分でそう言うと、アシュレイは二つ返事で頷いた。
「もちろんです! 僕に任せてください! 土壌改良から種まき、水やり、収穫まで、全て完璧にサポートします!」
そこから、イーサンの庭は劇的に変化した。
アシュレイは、土の状態を測る簡易的な道具を取り出し、土の質を分析し始めた。
「イーサン、この土は少し酸性に傾いていますね。もう少しアルカリ性の肥料を混ぜた方が、作物の育ちが良くなりますよ。僕が最適な配合を計算しますから!」
イーサンは「ペーハー? アルカ何とか? 何だそれ……」と首を傾げた。アシュレイの言葉は相変わらず謎めいているが、畑が良くなるなら任せておこう、と思った。
アシュレイの知識は、まるで農業の専門家のようだった。彼がどこでそんな知識を得たのかは謎だったが、イーサンは素直にアシュレイの指示に従った。
数日後には、ギルドからの帰り道、アシュレイが「あそこに珍しい肥料が売ってました!」とか「この種は特定の水を与えると発芽率が上がります!」などと言いながら、イーサンの家庭菜園に必要なものを次々と調達してきた。その行動力には目を見張るものがあった。
そして、種まき。アシュレイはしゃがみこみ、土に指を入れ、真剣な表情で種を植え始めた。
「イーサン、オレンジルートは少し深めに、グリーンリーフは表面に軽く被せるように……あ、でも深さはミリメートル単位で調整した方が発芽率が……」
「ミリ何とか?」イーサンは聞き慣れない単位に戸惑ったが、アシュレイの手つきを真似することにした。普段はぎこちないアシュレイの手つきが、畑ではやけに手馴れているのが不思議だった。
「お前、本当に畑仕事、好きなんだな」
イーサンがそう呟くと、アシュレイは顔を上げ、眩しいほどに笑った。
「はい! イーサンと一緒なら、何でも楽しいです!」
その笑顔は、イーサンの心にじんわりと温かいものを広げた。
それからの日々、イーサンとアシュレイは毎日、陽が落ちるまで庭で過ごした。水やり、雑草抜き、害虫駆除。二人で黙々と作業をすることもあれば、アシュレイが嬉々として「このウォーターベジは、ゲームだと収穫まで三日だったんですけど、リアルだともっと時間かかるんですね! でも逆にリアルタイムで成長を見られるなんて、神ゲーすぎます!」と話しかけてくることもあった。
イーサンは「神ゲー?」と小さく呟きつつも、アシュレイの奇妙な言葉に呆れながら、彼が本当に楽しそうにしているのを見て、悪い気はしなかった。
小さな芽が出た日、初めての収穫をした日。そのたびに、アシュレイはまるで自分のことのように喜び、イーサンに抱きついてきた。
「うわぁ! イーサン! 見てください! こんなに大きなホワイトバルブが採れましたよ! 感動です!」
「お、おう、すごいな。お前のおかげだよ」
イーサンは照れながらも、アシュレイの頭をぽんぽんと撫でた。アシュレイはその手つきに、猫のように目を細めて喜んだ。
家庭菜園が軌道に乗ると、イーサンの食卓はさらに豊かになった。採れたての新鮮な野菜が、アシュレイの手によって絶品料理に生まれ変わる。
「うめぇ……採れたてってこんなに美味いのか!」
「ええ。採れたて野菜は格別ですからね。イーサンが育てた野菜だから、余計に美味しいんですよ」
アシュレイはイーサンが美味しそうに食べる姿を、本当に嬉しそうに見つめていた。そのまなざしは、イーサンに対する純粋な好意に満ちていて、イーサンは、この奇妙な同居人を、本当に「気の合う友人」だと感じるようになっていた。
ある日の夕暮れ時、家庭菜園の収穫を終えたイーサンとアシュレイは、ベンチに腰掛けて休憩していた。オレンジ色の夕陽が、二人の影を長く伸ばす。
「はぁ……なんか、こんなにゆっくりしたの、久しぶりだな」
イーサンは空を見上げ、深く息を吐いた。
「そうですね。でも、イーサンが楽しそうにしているのを見ると、僕も嬉しいです」
アシュレイが隣でそう言った。
「なあアシュレイ。お前さ、なんでそこまで俺に尽くしてくれるんだ? 正直、情報もくれるし、家事もしてくれるし、畑まで手伝ってくれるし……俺、あんまりお礼もできてないだろ」
イーサンは素直な疑問を口にした。
アシュレイは少しだけ沈黙した後、イーサンの顔を真っ直ぐに見つめた。
「イーサンは、僕の推しだからです」
「だから、そのおしってのがよく分からねぇんだって……」
イーサンは頭を掻いた。
「僕にとっては、イーサンが幸せそうにしている姿を見ているのが、一番の幸せなんです。だから、お礼なんていりません。ただ、イーサンのそばにいさせてほしい、それだけです」
アシュレイの瞳は、吸い込まれるような真剣さを持っていた。その言葉に、イーサンは少しだけ心臓が跳ねた。
「そ、そうかよ……」
イーサンは照れて、視線をそらした。アシュレイの言葉は、まるで恋人が口にするような甘さを含んでいる。だが、アシュレイはいつも「おし」という言葉を使う。イーサンにはそれがどうにもピンとこない。アシュレイが悪意なく、ただ純粋に自分を慕っているのだろう、とイーサンは解釈することにした。まるで、飼い主に懐いている大型犬のように。
夜になり、野良猫たちがイーサンのオンボロ一軒家へと集まってきた。イーサンが彼らに餌をやると、アシュレイも興味深そうに猫たちを見つめる。
「可愛いですね、この子たち」
アシュレイが猫の一匹を撫でると、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
イーサンとアシュレイ、そして野良猫たち。
日が暮れ、ランタンの優しい光が庭を照らす。その光の中で、イーサンはアシュレイの存在が、自分の生活にどれだけ大きな彩りを与えているかを、漠然と感じていた。
「なんか、家族みたいだな」
イーサンがそう呟くと、アシュレイはふわりと微笑んだ。
「そうですね。僕もそう思います」
その言葉に、イーサンは温かい気持ちに包まれた。
イーサンの生活は、アシュレイという「懐いた大型犬」によって、着実に豊かになっていた。そして、二人の間には、友情とも違う、しかし確かな、温かい絆が育まれ始めていた。イーサンはアシュレイを「気の合う相棒」として信頼し、共に過ごす時間を心地よく感じていた。だが、アシュレイの「おし」という言葉の裏に隠された、熱烈な感情に気づく日は、まだ遠い。
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