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第7話:友情の亀裂と自覚した愛情
しおりを挟むアシュレイが去ってからの日々は、イーサンにとって、まるで世界から色が失われたかのようだった。
朝、目覚めても、隣にアシュレイが淹れてくれる温かいハーブティーはない。食卓には、自分の作った味気ないパンと、温めるだけのスープが並ぶ。アシュレイがいた頃は、彩り豊かで、凝った料理が毎日食卓を飾っていたのに。
クエストに出かける時も、アシュレイからの的確な助言はない。自分で依頼書を吟味し、過去の経験から危険を予測する。かつては当たり前だったはずの冒険者生活が、なぜかひどく効率が悪く、そしてつまらなく感じられた。
(こんなに、アシュレイに頼り切っていたんだな……)
家庭菜園も、一人で手入れをするのは億劫だった。アシュレイと二人で笑いながら、土を耕し、種を蒔き、収穫した日々が、今は遠い過去のように思える。
「くそっ……」
ある日、イーサンは畑でしゃがみ込み、生い茂る雑草を眺めていた。アシュレイがいた頃は、毎日欠かさず雑草を抜いていたのに、今はもう、伸び放題だ。
ふと、アシュレイが初めて自分の畑を手伝ってくれた日のことを思い出した。あの時、アシュレイは「本物のイーサンと一緒に畑仕事ができるなんて感動です!」と、目をキラキラさせていた。その笑顔は、偽物だったのだろうか。
イーサンは、自宅を見上げた。ボロ一軒家は、アシュレイが来る前と比べると、見違えるほど綺麗になった。部屋の中は整理整頓され、埃一つない。アシュレイが自分のために、毎日手入れをしてくれていたのだ。
「まさか、それが全部、『ゲーム』のためだったなんて……」
アシュレイの言葉が脳裏をよぎるたび、イーサンの胸はちくりと痛んだ。
しかし、同時に、イーサンはアシュレイの行動の善意を否定しきれずにいた。
あの時、難しいクエストで苦戦していたイーサンを、最後まで支えてくれたアシュレイ。危険な場面で身を挺して守ってくれた、その行動は確かに本物だった。
初めて家庭菜園で収穫した小さなホワイトバルブを見て、「うわぁ! イーサン! 見てください! こんなに大きなホワイトバルブが採れましたよ! 感動です!」と、心から喜んでくれたアシュレイの笑顔は、偽物には見えなかった。
野良猫たちが集まってくる縁側で、一緒に猫たちを撫でながら、穏やかな時間を過ごした日々。あの時、アシュレイは本当に幸せそうだった。
(物語の登場人物のために、そこまでできるのか……?)
イーサンは考えた。もし、自分がアシュレイの立場だったら、そこまで献身的に行動できるだろうか?
答えは、否、だった。
アシュレイは、確かに勝手だった。自分の人生を、まるで誰かの遊び道具のように扱った。しかし、彼の行動の根底にあったのは、イーサンを「助けたい」という純粋な想いだったのではないか。
「俺は、あいつに、ひどいことを言った……」
イーサンは、自分の言葉を後悔した。怒りに任せて、アシュレイを傷つけてしまった。
そして、今、アシュレイが去って、イーサンは途方もない寂しさを感じていた。彼の存在が、イーサンの生活に、どれほど大きな意味を持っていたか。失って初めて、その大きさに気づかされた。
イーサンは、アシュレイのことを、もはや単なる「同居人」や「相棒」としてではなく、「かけがえのない友人」として認識していることに気づいた。
◇◇◇
一方、アシュレイは、イーサンの家を出てからというもの、深い孤独の中にいた。
イーサンの「出ていけ!」という言葉が、頭の中で何度も反響する。
「僕は、イーサンを傷つけてしまった……」
イーサンの怒りに満ちた顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
自分は、ただイーサンを幸せにしたかっただけなのに。ゲームの中で、いつも報われないイーサンを見て、歯がゆく思っていたから、この世界に来て、彼を守りたかっただけなのに。
なのに、結果として、イーサンを傷つけてしまった。
街の安宿の一室で、アシュレイは一人、天井を見上げていた。
イーサンと共同生活を始めてからの数ヶ月間、アシュレイの生活は、イーサンを中心として回っていた。朝、イーサンを起こし、美味しい朝食を作り、クエストの情報を集める。イーサンが危険な目に遭わないよう、常に目を光らせ、陰で助ける。夕食は、イーサンの好物を中心に考え、彼の喜ぶ顔を見るのが何よりの楽しみだった。
イーサンが笑えば、アシュレイも笑顔になった。イーサンが困れば、アシュレイは助けようと奔走した。
それは、アシュレイにとって、何よりも満たされた時間だった。
しかし、イーサンに「出ていけ」と言われ、その全てが失われた。
イーサンがいない世界は、こんなにも味気なく、色褪せていたのか。
アシュレイは、自室の窓から見える夜空を見上げた。満点の星空は、ゲームの背景そのものだった。
(僕は、イーサンがいなければ、ただの転生者だ……)
今まで、アシュレイはイーサンへの「推し」という感情を、友情や尊敬の念だと誤解していた。しかし、イーサンに拒絶され、イーサンを失った今、アシュレイの胸に渦巻くのは、強い喪失感と、そして、イーサンへの激しい渇望だった。
これは、「推し」への感情ではない。
ゲームのキャラクターへの執着でもない。
イーサンという一人の人間に対する、どうしようもないほどの恋愛感情だ。
アシュレイは、自分の感情の正体に、今更ながら気づき、愕然とした。
そして、その感情が、彼自身を支配していることに気づいた。
「イーサン……」
アシュレイは、イーサンの名前を、何度も心の中で繰り返した。
彼の笑顔が見たい。彼の隣にいたい。彼の生活を、自分の手で支えたい。
たとえ、それがイーサンにとって「お節介」だとしても。
たとえ、それがイーサンにとって「迷惑」だとしても。
アシュレイは、イーサンがいない世界で生きることは、考えられなかった。
イーサンを深く傷つけてしまった。彼の怒りは当然だ。
それでも、アシュレイはイーサンに会いたかった。
彼に、自分の本当の気持ちを伝えたい。
「推し」でも「ゲームのキャラ」でもない。
一人の人間として、イーサンを愛していると。
アシュレイの心に、強い決意が芽生えた。
彼が自分の感情を自覚した時、その「愛」は、以前の「推し活」よりも、遥かに熱く、強固なものへと変貌していた。
アシュレイは、イーサンの元へ戻るために、何をすべきか、考え始めた。
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