【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!

キノア9g

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第8話:猛攻と友達以上恋人未満

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 アシュレイが去ってから三日目の朝、イーサンはいつものように朝日ではなく、腹を空かせた野良猫たちの鳴き声で目を覚ました。アシュレイがいた頃は、彼が毎朝きちんと餌を与えていたため、猫たちは静かに待っていてくれた。しかし、イーサンは餌やりを忘れがちで、昨日も与え忘れていた。

「お前らも、アシュレイが恋しいのかよ……」

 イーサンはため息をつきながら、猫たちのために用意していた魚をほぐした。

 家の中は、アシュレイがいた頃に比べて著しく散らかり始めていた。水場には洗い物が溜まり、居間には読みかけの本が散らばっている。アシュレイが毎日丁寧に手入れをしてくれていたおかげで、このボロ一軒家が快適に保たれていたことを、イーサンは痛感していた。

「はぁ……」

 イーサンは疲れたようにソファに座り込んだ。

(俺、あいつに、ひどいこと言っちまったんだよな……)

 怒りに任せて言い放った「二度と顔を見たくない」という言葉が、イーサンの胸を締め付ける。アシュレイは確かに勝手だった。自分の人生を「ゲーム」の一部として見ていたなんて、許しがたいことだった。

 しかし、彼の行動の根底には、イーサンを「助けたい」という純粋な想いがあったのも事実だ。クエストでの的確なサポート、家庭菜園での共同作業、そして、常にイーサンを気遣うその視線。それらは全て、本物だった。

「……友達なのに、追い出しちまった」

 イーサンは、アシュレイのことを、もはや単なる「同居人」としてではなく、「かけがえのない友人」として認識している。そして、その大切な友人を、自分が傷つけてしまったことに、深く後悔していた。

 その日の午後、イーサンはギルドでクエストを終え、疲れた足取りで家路を急いでいた。

「イーサン!」

 聞き慣れた、けれど最近聞くことのなかった声に、イーサンはハッとして振り返った。

 道の先に立っていたのは、アシュレイだった。

 アシュレイは以前のように、完璧な容姿でそこに立っていた。しかし、その顔は以前のような屈託のない笑顔ではなく、真剣で、どこか憔悴しているように見えた。

「ア、アシュレイ……お前、なんでここに……」

 イーサンは動揺した。てっきり、もう街を去ってしまったと思っていたからだ。

 アシュレイはゆっくりとイーサンに歩み寄った。その瞳は、以前よりもずっと熱く、そして、イーサンを見つめる強い光を宿していた。

「イーサン、話が、したいんです」

 その声は、震えていた。

 イーサンは何も言えず、アシュレイの言葉を待った。

 アシュレイは、イーサンの目の前で立ち止まり、深く頭を下げた。

「本当に申し訳ありませんでした。僕のせいで、イーサンを深く傷つけてしまった。自分の身勝手な行動で、イーサンの人生をまるで『ゲーム』のように扱ってしまったこと、心からお詫びします」

 アシュレイの謝罪は、心の底から溢れ出ているように感じられた。

 イーサンは、アシュレイが謝罪する姿を見て、驚きを隠せないでいた。彼は、こんな風に素直に謝るようなタイプではなかったからだ。

 アシュレイは顔を上げ、イーサンの瞳を真っ直ぐに見つめた。その眼差しは、イーサンを真剣に見据え、逃れることを許さない。

「僕は、イーサンを、この世界で一番幸せにしたい。この言葉に嘘偽りはありません。でも、それは、『ゲーム』の推しだからじゃない。イーサンという、あなた自身を、心から愛しているからです」

 アシュレイの口から出た言葉に、イーサンは息を呑んだ。「愛している」。アシュレイが、そんな言葉を口にするなんて。

「最初は、『推し』という感情が何なのか、自分でもよく分かっていませんでした。でも、イーサンに『出ていけ』と言われ、イーサンがいない生活を送ってみて、僕は気づきました。イーサンがいない世界は、僕にとって何の意味もない。僕にとって、あなたは『推し』なんかじゃない。僕のすべてなんです。だから、もう一度、あなたのそばにいさせてほしい」

 アシュレイの瞳からは、大粒の涙が溢れ落ちていた。その涙は、イーサンに向けられた、偽りのない感情を物語っていた。

 イーサンは、アシュレイの真剣な告白に戸惑いを隠せないでいた。


「お、お前……愛してるって……」

 イーサンは混乱していた。自分は女が好きだ。アシュレイのことは大切な友人だと思っているが、恋愛対象としては考えたことがない。

「俺は……その、お前の気持ちは嬉しいが……俺は、その……」

 イーサンは言葉を探すが、うまく言葉が出てこない。

 アシュレイは、イーサンの困惑を悟ったように、そっとイーサンの手を取った。

「無理に、僕の気持ちを受け入れてくれとは言いません。でも、そばにいさせてほしいんです。もう二度と、あなたの人生を勝手に操作するようなことはしません。ただ、あなたの隣で、あなたを支えたい。それだけなんです」

 アシュレイの言葉は、以前のような傲慢な言い方ではなく、切実な願いに満ちていた。

 イーサンは、アシュレイの手の温もりを感じながら、頭の中を整理した。

 確かに、アシュレイは勝手なことをした。しかし、彼の謝罪は真摯だった。そして、彼が自分を想う気持ちが、偽物ではないことも分かった。

 アシュレイがいない生活は、想像以上に味気なかった。彼の存在は、イーサンの生活を豊かにし、心を温めてくれていた。

「……わかった。ただ、一つだけ言っておく」

 イーサンは、アシュレイの瞳を真っ直ぐに見つめた。

「俺は、お前とは恋人にはならないからな。俺は、女が好きだし、可愛いお嫁さんが欲しいと思ってる。お前をそういう風には見れない。それでもいいなら……また、この家にいてもいい」

 イーサンは、はっきりと線引きをした。

 アシュレイは、イーサンの言葉に、少しだけ顔を曇らせた。しかし、すぐにその表情は、強い決意に変わった。

「はい! それで、構いません! イーサンのそばにいられるなら、今はそれで十分です!」

 アシュレイの瞳は、以前にも増して輝いていた。彼の顔には、安堵と、そして、かすかな企みのような笑みが浮かんでいた。

 こうして、イーサンとアシュレイの共同生活は再開された。

 アシュレイは、以前にも増してイーサンに尽くした。朝食はイーサンの好物ばかり並べ、クエストではイーサンの盾となり、完璧にサポートした。イーサンが風呂に入れば、湯上がりに冷たい飲み物を差し出し、家庭菜園では、イーサンのために珍しい苗をどこからか調達してくる。

 イーサンは、アシュレイの猛烈なアプローチに、相変わらず振り回されていた。

「イーサン、今日の寝癖も可愛いです! 僕が直してあげましょうか!」

「わ、わかったから、触るな!」

「イーサン、今日はお疲れでしょう? 僕の腕枕でゆっくり休んでください!」

「いらねぇって言ってるだろ!」

 しかし、以前のように感情的に怒鳴ることはなくなった。アシュレイの行動には、悪意がないことが分かっている。むしろ、彼の純粋な愛情が、イーサンには心地よく感じられるようになっていた。

 相変わらず、イーサンに近づく女性は、アシュレイによって(無自覚に)撃退された。イーサンはもう、深く追求することはしなかった。

「はぁ、俺の嫁探しは一体いつになったら終わるんだか……」

 イーサンがそう嘆息すると、隣にいたアシュレイは満面の笑みでイーサンの肩を抱いた。

「大丈夫です、イーサン! 僕がいますから! イーサンには僕がいれば十分です!」

「十分じゃねぇよ!」

 夕暮れ時、家庭菜園で収穫を終えたイーサンとアシュレイは、縁側で野良猫たちと戯れていた。温かい日差しが二人の背中を照らす。

「イーサン、このオレンジルート、すごく甘いですね!」

 アシュレイが嬉しそうにイーサンが育てたオレンジルートを頬張った。

「ああ、そうだな。お前が手伝ってくれたおかげだよ」

 イーサンはそう言いながら、隣のアシュレイに視線を向けた。アシュレイは、以前にも増して生き生きとしているように見えた。

「イーサンと、この家で、ずっと一緒に暮らしたいです」

 アシュレイが唐突に呟いた。

「ずっとって、お前な……」

 イーサンは呆れたように笑った。

 アシュレイはイーサンの隣で、野良猫を撫でながら、満足そうに微笑んだ。

 イーサンとアシュレイは、恋人ではない。しかし、彼らの関係は、単なる友人というにはあまりにも深く、そして、特別だった。

 イーサンは、アシュレイの奇妙な愛情表現に、これからも振り回され続けるだろう。

 だが、その日々に、寂しさや虚しさはない。アシュレイという存在が、イーサンの生活に、確かな彩りを与えていた。

 イーサンは、隣にいるアシュレイの存在を、心地よく感じていた。

 そして、アシュレイの瞳の奥では、「いつか、必ずあなたを僕だけのものにする」という、静かで強い決意が、燃え盛っていた。

 これは、至って普通の冒険者と、彼を盲目的に愛する転生者の、長く続く「友達以上恋人未満」な物語の始まりに過ぎない。
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