【12話完結】自分だけ何も知らない異世界で、婚約者が二人いるのですが?

キノア9g

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第6話:婚約者の真実

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 領主館に通うようになって数日が経った。

 本来なら、僕が爵位を継ぐはずだった。しかし、記憶を失った状態で、その務めを果たせるのだろうか。その間、代わりに執政を担ってくれていた方がいたと聞いている。けれど、そろそろ僕が正式に領主となる準備をしなければならないらしい。

 とはいえ、失われた記憶が戻るわけではない。

(本当に僕に領主なんて務まるのか?)

 不安を抱えながらも、周囲に促されるまま、僕はこの館で過ごしていた。

(ここにいれば、僕のことを知る人に会えるかもしれない)

 そう思いながらの滞在でもあったが、得られた情報は少なかった。

「ご両親を亡くされ、正式に爵位を継ぐ前に王都へ移られた」
「レオン様は、病を患い療養されていた」

 ──その程度のことは、断片的に聞いていた。

 けれど、僕がどんな人物だったのか、どんな想いで生きてきたのか。それを語れる者は少なく、領主館での生活は手探りの連続だった。

 今日も少し気分を変えようと、館の庭園を歩いていた。そんなとき、不意に声をかけられる。

「おや、これはこれはレオン様。お久しぶりでございますな」

 振り向くと、見覚えのない貴族の男が穏やかに微笑んでいた。年の頃は五十代半ばだろうか。上質な仕立ての衣を身に纏い、立ち居振る舞いからも高位の人物であることが窺えた。

(……誰だ?)

「……申し訳ありませんが、どなたでしょうか?」

 僕がそう尋ねると、男は目を丸くしたが、すぐに何かを察したように頷いた。

「なるほど。噂は本当だったようですな」

「……?」

「私はエリオット・バークレー。あなたの父上とは親交がございました。幼い頃のあなたの姿も存じておりますよ」

「父の……」

 記憶のない僕にとって、親しかったというその事実すら実感が湧かない。

「お元気そうで何より。カイル殿も、あなたのそばでしっかり支えておられるようですね」

「……え?」

 思わず聞き返した。

「カイルが……僕のそばで支えて?」

「ええ、あなたの婚約者として当然のことでしょう」

「……っ!」

 心臓が、大きく跳ねた。

「カイルが、僕の婚約者なのですか……?」

 バークレー卿は、不思議そうに眉を寄せた。

「ご存じなかったのですか?」

「……僕は、記憶を失っていて……」

「おや、伝えられていなかったのですか。それは……」

 彼は一瞬言葉を選ぶように沈黙し、それから静かに言った。

「ですが、ご安心ください。あなたの婚約は変わらず続いておりますよ」

 その言葉に、僕は息を詰まらせる。婚約者は……カイル?

 だとしたら──

「……ルシアンは?」

 思わず口に出していた。

「ルシアン・ヴェルナー殿のことですか?」

「ええ。僕の婚約者は……ルシアンじゃないんですか?」

 バークレー卿は、少し驚いたように目を瞬かせ、それから静かに首を横に振った。

「いいえ。ルシアン様は、あなたの婚約者ではありません」

「……!」

 思考が、一瞬止まった。

(ルシアンが、僕の婚約者じゃない……?)

 なら、あの「婚約者だ」と言ってくれた言葉は?僕を甘やかしてくれた態度は?僕のそばにいようとする、あの執着は──?

(嘘だったのか?)

「レオン様?」

 バークレー卿の声が遠くに聞こえる。

 僕は、急いでその場を後にした。




 すぐにルシアンの部屋へ向かった。

「ルシアン」

 彼は机に向かい、魔法陣が描かれた書物を広げていたが、僕が入ってくると静かに顔を上げた。

「レオン?」

 いつもと変わらない穏やかな声。しかし、今の僕にはその声音すら嘘のように聞こえた。

「聞きたいことがあります」

「……なんだい?」

「僕の婚約者は、カイルなのですか?」

 ルシアンの指が、わずかに動きを止めた。その一瞬の間が、答えだった。

「……なぜ、そう思う?」

「答えてください」

 ルシアンの瞳が、ふっと揺れる。

「レオン……」

 その時、扉が勢いよく開いた。

「もう嘘はやめろ」

 鋭い声とともに、カイルが入ってきた。

「カイル……?」

 僕がそう呟くのと同時に、彼はルシアンを強く睨みつけた。

「お前が何をしようと、もう隠し通せるものじゃない」

「……」

「レオンの婚約者は、俺だ」

 カイルは、はっきりと言った。

 ルシアンは何も言わなかった。

 けれど、その沈黙が何よりも雄弁だった。

「……ルシアン?」

 僕は、かすれた声で問いかけた。

「本当に、あなたは……僕の婚約者じゃないんですか?」

 ルシアンは、ただ唇を噛みしめる。

「……答えてください」

 ルシアンの手が、ぎゅっと拳を作るのが見えた。

 そして、絞り出すように言った。

「……ごめん」

 僕の胸の奥で、何かが砕けた。

「……ふざけないで」

 低く呟いた僕に、ルシアンが顔を上げる。

「ごめん、って……それで済むと思ってるんですか?」

「……」

「あなたは僕を……騙していたのですか?」

 ルシアンの青い瞳が、かすかに揺れた。

 でも、否定はしなかった。

 それが、答えだった。

「──最低」

 ルシアンの表情が、苦しげに歪む。

「もう、僕に近寄らないでください」

 そう言い残し、僕は部屋を出た。

 ルシアンの「待って」という声が、背後で掠れたように響いた。

 でも、振り返ることはできなかった。

 僕の知っているルシアンは、全部嘘だったのかもしれない。
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