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第9話:禁忌の魔法
しおりを挟む医療塔の静けさは、まるで重い霧のように僕を包み込んでいた。
ルシアンが寝かされているベッドのそばで、僕は無言で立ち尽くしていた。
彼の顔は蒼白で、静かな安らぎの中に、どこか痛々しさが漂っている。
そんな彼の横顔を、ただ見つめるしかなかった。
(ああ、僕が知っていたことは……何もかもが嘘だったんだ)
その思いが、胸の奥でぐるぐると渦巻く。冷静になろうとするたびに、現実がさらに重くのしかかってくる。
どんなに否定しようとも、それが今、僕にとって最も突きつけられた真実だった。
「……ルシアン」
呟いた声が、医療塔の冷たい静寂の中でかすかに響く。しかし、彼は反応しない。それは当然だ。彼はまだ意識を取り戻していないのだから。
だけど、僕が知った事実はどうしても消えなかった。
(ルシアンが嘘をついていたこと。僕を生き返らせるために魔法を使ったこと──)
それだけではない。彼が、どんな思いでその魔法を使ったのか、それを思うと胸が締めつけられる。
◇
「……ルシアンの呪いのことをもっと知りたいんです」
僕の言葉が、廊下に響いた。
夜の静けさの中で、その言葉だけが不意に空気を引き裂いた。
「……なぜ急に」
「知るべきだと思ったから」
嘘じゃない。ルシアンのことを、もっと知りたいという思いが自然に湧き上がってきた。
それが、今の僕にとって必要なことだと感じたから。
カイルはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……禁忌の魔法、というものがある」
「禁忌の魔法……?」
「人の命を弄ぶ、許されざる術式だ。誰もが知っている。ただし、決して使ってはならないものとしてな」
カイルの瞳が、どこか深く沈んでいく。
思い出すように、目を伏せながら続けた。
「ルシアンは……それを使った」
「……っ」
胸が一瞬、激しく締め付けられる。
「ルシアンが禁忌を犯した。その代償が、呪いだ」
「……」
カイルの声に沈黙が混じった。
彼はしばらく呼吸を整え、やがて真っ直ぐに僕を見つめた。
「お前を……生き返らせるために」
「……っ!」
その瞬間、心臓が締め付けられるように痛んだ。ルシアンの左手に浮かんでいた黒い紋様が、まるで目の前に浮かび上がるような錯覚にとらわれる。
彼が時折胸を押さえ、苦しそうに顔を歪めていた姿が、まるで昨日のことのように思い出された。
(あれが……代償……)
言葉が喉に詰まる。僕はその時、ただの偶然だと思っていた。
ルシアンが僕に嘘をついていたことを責め、問い詰めた。でも、今となっては――
(僕は……彼に生かされていた)
何も知らずに、何も考えずに。
(ルシアン……あなたは、どんな気持ちで──)
息が詰まる。
そのとき、廊下の奥から微かな音が聞こえた。
「……ルシアン?」
カイルが呟く。
僕は振り返った。そこに、黒いローブを纏ったルシアンが静かに立っていた。
彼は、まるで幽霊のように静かに、その場に佇んでいる。
「……いつから……」
僕が問いかけると、ルシアンは微かに微笑みながら答える。
「……少し前から」
その声はいつも通り静かで、けれどどこか疲れたようにも聞こえた。
「……レオン、君は私をどうしたい?」
静かな、でも深い問いかけ。僕は──
どうしたい?
怒りたかったはずだ。責めたかったはずだ。彼がどれほど僕を騙していたか、知っていたかったはずだ。
でも、今は──
「……っ」
ルシアンの手が、黒く滲んでいる。
「体……大丈夫なんですか……?」
「……問題ないよ」
「嘘つかないでください」
僕は一歩、踏み出す。彼の手をつかもうとして、どうしても止められない衝動が湧き上がる。
「今まで……ずっと、苦しかったんですよね?」
ルシアンの瞳が一瞬だけ揺れる。
「私は──」
「じゃあ聞きますけど、あなたの命が削れていくのを見てる僕の気持ちはどうなるんですか?」
ルシアンの唇が微かに震えた。
「……君は、私がいなくても生きていけるよ」
「そんなの、あなたが決めることじゃない!」
胸が張り裂けそうだった。
涙がこぼれそうになったけれど、必死にこらえた。
「あなたは……」
喉が詰まる。言葉を絞り出すように、やっと口にした。
「ずっと……僕を愛していたのですか?」
その瞬間、ルシアンが静かに動いた。僕の手を、そっと握る。
「君に知られたくなかった」
「……」
「私は……君が生きているなら、それでいいと思っていたんだ」
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