【12話完結】自分だけ何も知らない異世界で、婚約者が二人いるのですが?

キノア9g

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第12話:新たな関係

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第12話:新たな関係

 静かな風が、王城の庭を吹き抜けた。

 朝の光がやわらかく差し込み、冷えた空気を少しずつ温めていく。
 夜の闇に閉ざされていた世界が、ゆっくりと色を取り戻していくようだった。

 遠くから、小鳥のさえずりが聞こえる。
 まるで、新しい一日を祝福するかのように。

 ──長い夜が、終わったんだ。

 僕は深く息を吸い、隣に座るルシアンを見た。

 彼の顔色は、昨日よりずっと良くなっている。
 呪いは完全に消え、彼の体を蝕んでいた闇はもうどこにもない。

 けれど。

 彼の横顔は、どこか寂しげだった。

「ルシアン」

 呼びかけると、彼はゆっくりとこちらを向いた。

「……レオン」

 青い瞳が、まっすぐ僕を映している。
 その奥には、迷いと、決意が混ざり合っていた。

「私は……君のそばにいたいんだ」

 静かな声で、ルシアンが言う。

「でも、今度こそ……君に選んでほしい」

 僕の心臓が、大きく跳ねた。

「今までみたいに、嘘で縛るんじゃなくて……君が、本当に望む形で」

 ルシアンの手が、膝の上でそっと握りしめられる。
 その仕草が、彼の不安を物語っていた。

「私が、君の望む相手じゃないのなら……もう、傍にいることはできない」

「……」

「だから、選んでほしい。私が、君の人生に必要な存在なのか……それとも──」

 言葉を途切れさせたルシアンは、そっと視線を落とす。

 僕は彼の手を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「……ルシアン」

「……?」

「あなたが僕を蘇らせたのは……僕を愛してくれていたから、なんですよね?」

 僕の声が、風に溶けるように静かに響く。

「だったら、その想いまで……僕に隠さなくていいです」

 ルシアンの瞳が、驚きに見開かれた。

「レオン……?」

「あなたが僕を騙したこと、嘘をついたこと……全部、すぐに許せるわけではないです」

 僕は、はっきりとそう言う。

「でも……僕が今、生きているのは、あなたが僕を愛してくれたからです」

 ルシアンの唇が震える。

「あなたが僕を失いたくなかったように……僕だって、あなたを失いたくないです」

「……っ」

 ルシアンの瞳が、かすかに揺れる。

「もう、嘘をつかないでください」

 僕は彼の手を、そっと取った。

「あなたが僕を愛してくれていたように……僕も、あなたを大切にしたいです」

 ルシアンの手が、小さく震えた。

「……いいのか? 本当に……私で」

「あなたがいいです」

 その言葉を聞いた瞬間、ルシアンの目から涙がこぼれた。

「……ありがとう」

 震える声で、彼は微笑む。

「ありがとう……レオン……」

 その笑顔は、どこまでも優しくて、どこまでも愛おしかった。
 僕が初めて見る、本当の安堵に満ちた表情だった。

 僕は、そっと彼の手を握り返した。

 ──もう、嘘はいらない。

 これは、僕たちの新しい始まりだ。

















エピローグ

 医療塔の扉が静かに開いた。

 朝の光を浴びながら、黒衣の男がゆっくりと外へ踏み出す。

「……ようやく、外に出られたな」

 ルシアンは息を吐き、僅かに目を細めた。療養生活を送っていたせいか、肌は以前にも増して白く、けれど表情は穏やかだった。

「退院おめでとうございます、ルシアン」

 僕がそう言うと、彼はふっと微笑む。

「君が迎えに来てくれるなんて嬉しいよ、レオン」

 その言葉に、少しだけ頬が熱くなる。まだ完全に慣れたわけではないけれど、もう彼の笑顔を避けることはない。

「おめでとう、ルシアン」

 そんなやり取りの中、不意に鋭い声が割り込んだ。

「……ずいぶんと仲が良さそうだな」

 振り返ると、そこには白銀の鎧を纏った騎士――カイルが立っていた。

「カイル……」

 僕が思わず彼の名を呼ぶと、カイルはじろりとルシアンを睨む。

「お前がレオンを助けてくれたことには感謝している」

 静かな声だったが、その奥には冷えた怒りが滲んでいた。

「だが、それとこれとは別だ。……気づいたら、俺の婚約者が、お前とまるで恋人のように寄り添っているのはどういうことだ?」

 僕は息を呑む。

 ルシアンが、表情を変えずに答えた。

「彼が私を選んだ。ただ、それだけだ」

「それだけ……?」

 カイルの目が鋭くなる。

「レオン、お前は俺の婚約者なんだぞ」

 ずん、と重みのある声が響く。

「……そ、それは……」

「何もわからないまま死んで、知らない間に蘇って、気づけば偽の婚約者がいた……そんな状況で、お前は本当に、自分の意志でそいつを選んだと言えるのか?」

 カイルの言葉は、容赦なく僕の核心を突いた。

「お前は、ただ流されているだけなんじゃないのか?」

 胸が痛む。

 流されたわけじゃない。ルシアンと向き合い、彼の想いを知って、それでも選んだつもりだった。

 ……でも、本当に、僕は自分の意志で選んだんだろうか?

「……カイル」

「お前が何を思っているのか、俺には全部わからない。けど……」

 カイルは一歩近づき、僕の肩を掴んだ。

「俺は、お前を手放すつもりはない」

「え……」

「お前が誰を選ぼうと、何を思おうと関係ない。俺は、お前を愛している」

 言葉が、強い。

「だから、レオン。お前は俺の婚約者として、俺の隣に来い」

 カイルの手が、ぐっと力を込める。

 思わず息を呑む僕の横で、ルシアンが小さく息を吐いた。

「……強引だな、騎士殿」

 冷静な声だ。

「レオンの意志はどうなる?」

「意志?」

 カイルが僅かに眉を寄せた。

「お前は、自分が彼を愛しているから隣にいてほしい、と言ったな」

「ああ」

「……なら、彼の気持ちは?」

 ルシアンは静かに僕を見た。

「レオンは、誰の隣にいたい?」

 心臓が、強く鳴る。

 僕の答え次第で、すべてが決まる。

 このまま何も言わなければ、カイルは僕を連れて行くだろう。
 でも、それは僕の望む道じゃない。

 ――僕が、選んだのは。

「僕は……」

 唇を噛み、そして顔を上げる。

「僕は、ルシアンの隣にいます」

 静かな声で、はっきりと告げた。

 カイルの手から力が抜けるのがわかった。

 沈黙が降りる。

 長い、長い沈黙。

 そして、カイルはゆっくりと目を閉じ――

「……そうか」

 低く、搾り出すように言った。

「わかった」

 そう言って、僕の肩から手を離す。

 けれど、彼の瞳にはまだ諦めきれない光が宿っていた。

「……ルシアン」

 カイルは最後に、ルシアンを睨みつける。

「こいつを泣かせたら、今度こそ俺がお前を殺すからな」

 ルシアンは、小さく笑った。

「その時は……好きにすればいい」

 それが、二人の間に交わされた最後の言葉だった。

 カイルは踵を返し、その場を去る。

 彼の背中を見送る僕の胸には、鈍い痛みが残った。

「……いいのか?」

 ルシアンが、そっと尋ねる。

「カイルは……お前を愛しているぞ」

「……わかってます」

 わかってる。

 でも、僕が選んだのは――

「あなたです、ルシアン」

 そう言うと、ルシアンは静かに目を伏せ、微笑んだ。

「……ありがとう、レオン」

 そして、彼の手が、そっと僕の手を握る。

 その温もりに、僕は微笑みを返した。

 長い嘘の時間は、もう終わった。

 これが、僕の選んだ未来だ。

 朝の光が、僕たちを包み込んでいた。

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