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2章
14話
しおりを挟む冒険者ギルドでの一件から一夜が明けた。
朝、目が覚めると、いつものようにエリオットの温かい腕の中にいた。
僕の頬には、彼の規則正しい寝息がかかっている。
――エリオットが、僕の命を吸っている。
昨日のギルドマスター・ガガンの言葉を思い出し、僕はそっとエリオットの寝顔を見つめた。
以前よりも肌艶が良く、若々しいエネルギーに満ち溢れている彼の顔。
エリオットは「僕を食い物にしている」と深く傷つき、罪悪感を抱いていたけれど、僕の気持ちはそれとは正反対だった。
むしろ、よかったと心から思っている。
だって、鑑定結果によると僕の寿命は「測定不能(数千年クラス)」らしい。
もしエリオットが普通の人間としての寿命で死んでしまったら、僕はたった一人で、気の遠くなるような時間を生き続けなきゃいけないところだったんだ。
それが、僕の余りある命が勝手に彼に流れ込むことで、彼も長生きできて、ずっと一緒にいられるなら。
これ以上のハッピーエンドはないんじゃないかと思う。
僕にとって彼は、命を削ってでも守りたい相手じゃなく、命を共有して共に歩む相手になったんだ。
「(……ん、おはよう。陽貴)」
エリオットがゆっくりと目を開け、とろけるような甘い瞳で僕を見つめた。
朝一番の彼の笑顔は、心臓に悪い。
「……おは、よ。えりおっと」
僕が口で挨拶をすると、彼は幸せそうに目を細め、僕を強く抱きしめた。
その力は昨日よりも強く、必死さが滲んでいる気がする。
「(……今日も君が腕の中にいてくれてよかった)」
エリオットは僕のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込む。
まるで、僕の存在を確かめるように。
ギルドで「神の愛し子」の真実を知ってから、彼の過保護ぶりには拍車がかかっている。トイレに行く時でさえドアの前で待機している徹底ぶりだ。
少し窮屈だけど、それだけ愛されているんだと思うと、悪い気はしない。
朝食を終え、エリオットが仕事に行く準備を始める。
今日から本格的に騎士団での任務が始まるらしい。
「(陽貴。今日は家から一歩も出ないでくれ。庭に出るのも、俺が帰ってきてからだ)」
エリオットが真剣な顔で言い聞かせてくる。
「(うん、わかった。お母さんと一緒にいるよ)」
「(いい子だ。……本当は鎖で繋いで、俺のポケットに入れて持ち歩きたいくらいなんだが)」
「(えっ)」
サラッと怖いことを言われた気がする。
エリオットは冗談めかして笑ったけれど、目が笑っていなかった。たぶん半分くらい本気だ。
後ろ髪を引かれながら出勤していくエリオットを見送り、僕は家の中に残った。
お母さんは鼻歌を歌いながら洗濯物を干している。平和だ。
僕はソファに座り、昨日もらったばかりのギルドカードを取り出した。
名前:ハルキ・アマカワ
種族:精霊族(偽装)
スキル:精霊魔法(偽装)
このカードを見ていると、ふつふつと湧き上がってくる感情がある。
――魔法、使ってみたい。
誰だって一度は憧れるだろう。掌から火を出したり、風を起こしたり。
僕の本当のスキルは『万病治癒』だけど、偽装スキルには『精霊魔法』と書いてある。
それに、ガガンは「神の愛し子は膨大な魔力を持っている」と言っていた。
だったら、練習すれば簡単な魔法くらい使えるようになるんじゃないだろうか?
もし魔法が使えれば、ただ守られるだけじゃなく、いざという時にエリオットの助けになれるかもしれない。
自分の身くらい自分で守れるようになれば、エリオットの心配も少しは減るはずだ。
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。
夕方、エリオットが帰宅するのを待って、僕は早速そのことを相談した。
「(魔法の練習?)」
騎士服を脱ぎながら、エリオットが驚いた顔をする。
「(うん! 僕、魔力がいっぱいあるんでしょ? だったら、簡単な魔法なら使えるかなと。自分の身を守るためにも、覚えておきたいんだ)」
エリオットは少し考え込んだ後、渋々といった様子で頷いた。
「(……確かに、護身術として魔法を覚えるのは悪くない。君の魔力なら、才能はあるはずだ)」
「(本当!? 教えてくれる?)」
「(ああ。ただし、家の中でやると危ないから、裏庭でやろう。……結界を張ってからな)」
エリオットの用心深さは徹底している。
夕食の後、日が沈みかけた薄暗い時間帯。僕たちは裏庭に出た。
エリオットが手際よく庭の四隅に魔石を置き、簡易的な結界を張ってくれる。これで外からは中の様子が見えにくくなるらしい。
「(さて。まずは魔力を感じることからだ。陽貴、目を閉じて、体の中にある熱い流れを意識してみてくれ)」
エリオットの指導のもと、僕は意識を集中させる。
おへその下あたり。
探ってみると、確かにそこには、温かくてキラキラした奔流があった。それは尽きることのない泉のように、静かに、けれど力強く脈動している。
「(……あった。すごい、いっぱいある)」
「(それが魔力だ。それを指先に集めて、形にするイメージを持つんだ。最初は『光』がいいだろう。一番基本的で、君の性質にも合っている)」
光。
僕は指先を空に向け、そこに小さな明かりが灯るイメージを描いた。
懐中電灯のような、あるいは蛍のような、優しい光。
体内の温かい流れを、腕を通して指先へと誘導する。
言葉の練習と同じだ。イメージを、形にする。
こちらの世界の言葉で、光を意味する単語を紡ぐ。
「……リュ、ミエ……(光よ)」
ポウッ。
指先に、淡い光が灯った。
成功だ!
「(できた! エリオット、見て!)」
僕が喜んで振り返ると、エリオットは目を見開いて固まっていた。
「(……陽貴、それは……)」
「(え?)」
僕は自分の指先をもう一度見た。
そこにあったのは、ただの光の玉ではなかった。
光はゆらゆらと形を変え、透き通るような花弁を広げていた。
それはまるで、光で作られた一輪の百合の花のようだった。
美しく、神々しく、そして直視できないほどに純粋な輝きを放っている。
「(き、綺麗……)」
自分で出しておいて見惚れてしまった。
ただの照明魔法のはずなのに、なんでこんなにアーティスティックなことになるんだろう?
エリオットが震える手で、その光の花に触れようとする。
しかし、触れる寸前で手を止めた。
「(……なんて純度の高い魔力だ。こんな魔法、見たことがない)」
エリオットの表情は、感動と、そして深い恐怖が入り混じっていた。
「(綺麗だ。本当に綺麗だが……陽貴、これは人前で見せないほうがいい)」
「(えっ、どうして?)」
「(目立ちすぎる。普通の魔法使いが使う『光』とは、質が違いすぎるんだ。こんな神聖な光を見せれば、君が『精霊族』どころか、もっと高位の存在だと勘付かれる可能性がある)」
なるほど。才能がありすぎて逆にダメなパターンか。
ガガンが言っていた「神の愛し子」としての特質が、魔法にも出てしまっているらしい。
僕は少ししょんぼりしながら、光の花を消そうとした。
けれど。
「(……誰かいる)」
エリオットの声が鋭く低くなり、僕を背中に庇った。
バチッ、と空気が弾ける音がする。エリオットが殺気を放った。
「(え?)」
僕はエリオットの背中越しに、庭の外の暗がりを見た。
結界があるから外からは見えないはずだ。でも、エリオットの感覚は誤魔化せないらしい。
――視線。
ねっとりとした、肌に張り付くような嫌な視線を感じる。
誰かが、闇の中から僕たちを見ている。
「(……結界の隙間か? いや、結界の外から魔力を感知したのか?)」
エリオットが剣の柄に手をかける。
その瞬間、視線の主は気配を消し、闇の中に溶け込むように去っていったようだった。
エリオットはしばらく警戒を解かなかったが、やがてふぅと息を吐いた。
「(……逃げられたか。手練れだな)」
「(エリオット、今のって……)」
「(ああ。おそらく、ガガンが言っていた密猟者……あるいはその手先だろう)」
背筋がぞっとする。
本当に狙われているんだ。
僕がさっき出した光の花。あれを見られたかもしれない。
護身のために覚えようとした魔法が、逆に敵を引き寄せる要因になってしまった?
エリオットは僕の方を向き、僕の両肩を強く掴んだ。
「(陽貴。やはり魔法の練習は中止だ。君の力は、無防備に晒すにはあまりに大きすぎる)」
「(……ごめん、僕が調子に乗ったから)」
「(謝らないでくれ。君は何も悪くない。悪いのは、君の輝きを汚そうとするハイエナどもだ)」
エリオットは僕を抱きしめ、僕の髪に顔を埋めた。
その体は、怒りで微かに震えていた。
「(怖い思いをさせてすまない。……俺がもっとしっかりしていれば)」
「(ううん、エリオットが気づいてくれたから大丈夫だったよ)」
僕は彼の背中を撫でながら、心の中で決意した。
やっぱり守られているだけじゃダメだ。
魔法の練習は中止になっても、エリオットに心配をかけないためにも、もっと慎重にならなきゃいけない。
僕たちは家の中に戻った。
窓のカーテンを隙間なく閉め、鍵をかけるエリオットの背中は、いつもより少し小さく見えた。
最強の騎士である彼を、こんなに怯えさせているのは、他ならぬ僕の存在なのだ。
その夜、僕はなかなか寝付けなかった。
エリオットの腕の中にいても、窓の外の闇が気になって仕方がない。
あの視線。
まるで値踏みをするような、冷たくて、それでいて欲望に満ちた視線。
――見つけたぞ。
そんな声が聞こえたような気がして、僕は身震いした。
エリオットが寝ぼけ眼で僕を引き寄せ、「大丈夫だ」と念話で囁いてくれる。
その声だけが、今の僕の救いだった。
◇◇◇
一方、エリオットの家の裏庭から少し離れた路地裏。
一人の男が、壁にもたれて低い笑い声を漏らしていた。
左目に黒い眼帯をしたその男は、舌なめずりをしながら、エリオットの家の方角を見つめている。
「……見間違いじゃねぇな。あの光、あの魔力」
男の右目が、月明かりを受けてギラリと光った。
「最近出回ってる『特殊な妖精の涙』どころの騒ぎじゃねぇ。あれは極上だ。……まさか、こんな田舎町に『本体』が転がってるとはな」
男は懐から通信用の水晶を取り出し、何者かに連絡を送る。
「ああ、俺だ。……“当たり”を見つけたぞ。……ああ、間違いない。騎士団のエリオットが囲ってるやつだ。……へっ、準備しとけ。こいつはデカい山になるぜ」
通信を切ると、男はニヤリと口元を歪めた。
「待ってろよ、妖精ちゃん。お前のその綺麗な涙、一滴残らず俺が搾り取ってやるからな」
男の影が、夜の闇に溶けて消えた。
平穏な日々の終わりを告げるカウントダウンは、すでに始まっていた。
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