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終章 一つになる心
67. 【閑話】忠実なる従者は、暗躍する
しおりを挟む凛月たちは宮に戻ってきた。
主の着替えを済ませ、お茶の用意をしている瑾萱に近づいたのは浩然だった。
「なぜ、凛月様へ今日の見合い相手が峰風様だと最後まで伝えなかったんだ?」
「だって、内緒にしておいたほうが驚きが増すもの」
うふふと瑾萱は笑う。
見合い相手の情報を秘匿せよとの命令は、一切受けていない。瑾萱の独断である。
峰風以外の見合い相手については、当日の朝に凛月へ説明をしていた。
瑾萱にとって、凛月の伴侶となるべき人物は最初から一人。
峰風以外には考えられない。
助手の仕事を語って聞かせてくれるときの主の瞳は輝き、毎日がとても充実しているように見える。
話を聞く瑾萱も、そんな凛月の様子を微笑ましく思っていた。
明らかに峰風へ好意を持っているのに、本人だけがそれに気付いていない残念な状況。
母国を追放され他国で一生懸命頑張っている主には、想い人と幸せになってもらいたい。
いや、絶対に幸せになってもらわなければならないのだ。
だから、国から勝手に見合いが設定されたときは憤り、峰風が参加すると知ったときは歓喜した。
(これは、まさに『両片思い』の状況……美味しすぎる)
物語上では、瑾萱の大好物な設定。
二人のじれじれを、傍でいつまでも眺めていたい願望はある。
しかし、自分の欲望より主の幸せ!と奮起する。
凛月が恋心を自覚してくれていたら、話は早かった。
見合いをして峰風を選び、めでたしめでたし。
だが、そう簡単にことは運ばない。
無自覚なうえに世間知らずな凛月に、どうやって自分の気持ちを気付かせればいいのか。
こういうときは峰風から積極的に攻めてもらいたいが、これまで女性が苦手だった彼にそれを求めるのは酷な話。
ならば、別の策を講じるまで。
一番良いのは、物語のように好敵手が現れること。
外廷にそれらしい輩は複数いるようだが、峰風からまったく相手にされていないらしい。
もっと、凛月が危機感を覚えるような者はいないのか。
見合い当日まで、瑾萱は必死に探した。
そんなときに、今回の件が起こる。
瑾萱としては、見合い相手が正体を知る峰風だから問題ないと思っていたが、真面目な主が断りを入れてしまった。
見合いは延期になったが、峰風へ相談を持ちかけた浩然の手柄によって二人は久しぶりに対面を果たす。
この機会を活かすべく、瑾萱は作戦を考え実行したのだった。
◇
「浩然だって、凛月様のお相手は峰風様しかいないと思っているでしょう?」
「そうだな。すべての事情をご存じの上に、巫女ではない素の凛月様を理解してくださっている方だからな」
浩然としては、瑾萱のような回りくどいやり方ではなく、事実を主へ伝えるべきだと思っていた。
しかし、それではダメだと瑾萱は言う。
「自覚してからのほうが、気持ちは燃え上がるのよ!」
「……それは、おまえがその状況を観たいだけじゃないのか?」
「そ、そんなことはないわ……」
疑いのまなざしを向ける浩然からついと目をそらし、瑾萱はお茶の用意を手に主のもとへ向かう。
凛月は、翠の鉢を手に取っていた。
「やっぱり、翠の感情が読み取れないの」
「では、やはり『新月』には巫女の力が失われるということですね」
「舞を舞わなければ、月の半分は巫女で、もう半分は通常の状態になるってことね。さすがは、峰風様……」
確認ができたところで、瑾萱が淹れたお茶を三人で飲む。
いつもであればお茶菓子を美味しそうに食べる凛月が、今日は手を出さない。
どこか、心ここにあらず。上の空。
「……もう、始まったのかな」
「どうでしょうね」
何がですか?と尋ねずとも、瑾萱にはわかっている。
延期になりましたよと、心の中で呟いておく。
「形式は、同じなのかしら?」
「親が同席する場合も、ありますよ」
「同席……宰相様や春燕様も気に入られる方なのでしょうね」
「気に入られたら、間違いなく許嫁に決定です。胡家から逃れることはできません」
(父によると、奥様は「峰風のお嫁さんは凛月様しかいない!」と仰っておられるそうですよ)
「そう……」
瑾萱は、ここぞとばかりに危機感を煽る。
まさか、好敵手が自分自身とは思わないだろう。
浩然は隣から、黙って様子を見ている。
行動を止めに入らないところを見ると、有効な手段であると認めた模様。
かくして、忠実なる従者はこれからもこっそりと暗躍する。
──すべては、主の幸せのために
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