21 / 79
第一章 どうやら、異世界に転移したらしい
21. <幕間>父のささやかな贈り物
しおりを挟むゴウドは夕食の席で、娘のルビーと和樹のやり取りを眺めていた。
「カズキ、ちゃんと茸も食べないとダメよ」
「俺、茸はあんまり好きじゃないんだよな……」
「知っているわ。だから、料理にたくさん使っているの」
今日の昼間、苦情の対応をするため役場を出ていったルビーは、和樹と一緒に戻ってきた。
大浴場の苦情は金を騙し取ろうとする客の自作自演の犯行で、その帰りにスコット伯爵家の四男と遭遇したが、和樹がいたおかげで両方とも事なきを得る。
詐欺犯人たちは大勢の観光客の目の前で大仰に騎士団に連行されていき、これで悪さをしようと考える不届き者が減るといいのだが……報告を受けたゴウドは、大きなため息を吐いたのだった。
「ちょっとルビーさん、トーラに接するように俺にも優しくしていただけませんか?」
「私は優しくしているわよ。カズキの体のためを思って、いろいろと考えているんだから。ねえ、トーラ?」
和樹の従魔であるトーラは、食事を終えると主人ではなくルビーの膝の上に乗ってくる。
まるで自分の子供のように話しかけるルビーの姿が、猫が好きだった亡き妻の面影と重なり、ゴウドは思わず微笑んだ。
「父さんは、何を笑っているの?」
「ルビーが、最近イレーナに似てきたと思ってね……」
「わ、私は母さんほど、口うるさくないわ!」
「ははは! ルビーは『おかん』だな」
娘は勘違いをしたようだが、父はあえて訂正はしない。
『オカン』てどういう意味?と尋ねるルビーに、和樹はなぜか慌てた様子で口を押さえた。
いつもは家族二人だけで囲んでいる食卓が、一人と一匹が増えただけでこんなにも賑やかになる。
それは、家の中だけでなく、村にも広がっていた。
和樹が温泉を観光資源にしようと言い出したとき、ゴウドもドレファスもまったく乗り気ではなかった。
昔から、村に当たり前のように存在しているもので人を呼ぶことなどできないと。
しかし、実際に体験し、自分たちがその価値に気付いていなかったことを知る。
そしてオンセンは開業し、客の反応も上々。
これを機に、村に戻ってきた若者もいる。
村民相手に細々と営業をしていた商店の店主は、「こんなにお客さんがいらっしゃるのは、本当に久しぶりです」と笑顔を見せていた。
村に変化をもたらした本人は、満面の笑みで美味しそうに食事をしている。
黒髪に黒目の、少々幼い顔をした魔法使いの弟子。
この国ではほとんど見かけない容貌をした和樹を、ゴウドとルビーは最初十四,五歳くらいの少年だと思っていた。
実際の年齢を聞いたときもにわかには信じられなかったが、魔法使いとしての実力は本物だった。
村近くに縄張りを持っていたスモールウルフを殲滅し、ゴブリン集落を壊滅。
トーアル村出身で、ケガのため冒険者稼業を引退し医師と村の学校の指導者となったジェイコブは、和樹を鑑定できず「私よりレベルが上だ」と報告を上げる。
さらに、Sランク越えの魔獣を召喚させるなど、理解の範疇を超えることを次々とやってのけた。
◇◇◇
「彼は、村長から見てどのような人物ですか?」
王都へ帰還する前に騎士団長のサパスはゴウドへ面会を申し入れ、和樹に関して様々なことを尋ねた。
彼がどこから来て、どうしてトーアル村に滞在することになったのか。
ゴウドは事実だけをありのまま答えたが、出身国については「知らない」と答えることしかできない。
「村長が、行き倒れていた彼を村の中に入れたということは、ハクばあさんの見立ても……」
「はい。まったく色が見えなかったと言っておりました」
「何も見えない……うむ、そんなことが果たしてあるのだろうか」
サパスも、ハクの力が本物であることは認めている。
だからこそ、かえって疑いを持ったようだ。
「カズキくんは悪い子ではありません。この村のために、いろいろと骨を折ってくれているだけです」
「私も彼と話をしたが、悪い印象はなく普通の少年という感じだった。しかし、ただの『修行中の魔法使いの弟子』とは到底思えない。旅をしているのに、ギルドに登録をしない理由も気になる」
◇
サパスは、「まずは、彼の入国記録を調べてみる」と言い残し帰っていった。
騎士団長として、直轄領に滞在する身元不明の人物の照会をするのは当然の務め。
ゴウドとしては、和樹が騎士団からあらぬ疑いを持たれぬよう祈るのみだ。
トーラについては、サパスから使い魔については何も尋ねられなかったことを幸いとして、こちらからは余計なことは告げなかった。
「ルビー、食事が終わったあと、少し休憩をしてから個室風呂へ行ってきたらどうだい?」
「えっ、こんな時間から?」
「実は、営業が終了したあと、個室風呂だけを村の皆へ開放してほしいと強い要望があってね……」
他の広い風呂は営業中でも問題ないが、個室風呂は部屋の数が少ないため、当面の間は観光客のみに限定されている。
入浴料は村民は半額に設定されているが、個室風呂は元が高いため結構な値段となる。
それでも、入浴希望者は多い。
そのため、時間外だけでも開放することにしたのだ。
「もうこの時間は誰もいないから、ランプを持って行っておいで」
「一人が心配だったら、トーラの散歩を兼ねて俺が付いてってやるよ。今日は月が綺麗だし、月見風呂もいいものだぞ」
「よかったら、カズキくんも隣のお風呂に入ってきたら? 入浴料は、君も半額でいいから。それに、彼が近くにいるならルビーも安心だろう?」
「カズキは……いいの?」
「ああ、構わないぞ。おれも丁度風呂に入りたかったし。トーラ、おまえも体を洗ってから風呂桶の温泉風呂に浸かろうな!」
トーラを浴槽に入れることはできないが、風呂桶に温泉を汲んで入れることは可能だ。
「それなら、今日は私がトーラを洗ってあげるわ」
「それは助かる! こいつ、じっとしていなくて、洗うだけでひと苦労なんだ」
普段は、和樹は家の中で温水を作り出しトーラを洗っている。
しかし、毎回トーラは逃げ回り苦労しているのだ。
「ちゃんと優しく洗ってあげている? 耳に水が入らないようにしてあげないと、ダメよ」
「たぶん、大丈夫だったと……思う」
「怪しいわね」
楽しそうに話をしながら、二人と一匹は出かけていった。
父が「夜の逢い引きを楽しんでおいで」と娘へ冗談交じりに耳打ちをすると、ルビーは顔を赤くしながら「父さんは、何を言っているの!」と怒り、何も知らない和樹はポカンとしていた。
「イレーナ、カズキくんが普通の旅人だったら良かったのにね……」
夜空に浮かぶ二つの月を見上げ、ゴウドは呟く。
十九歳のルビーは、いつ結婚してもおかしくない年頃の娘だ。
親の贔屓目でなくとも、とても美しい女性に成長したとゴウドは思う。
ルビーは一人娘であるため近い将来婿を取り、その夫が村長となる……かつて、ゴウド自身がそうだったように。
これまで、見合い話が持ち込まれたり、言い寄られることもあったが、ルビーはすべて断っていた。
そんな彼女が心惹かれた相手は、いずれは村から居なくなってしまう和樹。
魔法使いとして優秀な彼は、学校を卒業後はこんな田舎の村長ではなく国の要職に就くべき逸材だ。
ルビーもそれをわかっているから、自分の気持ちを告げることは決してしないだろう。
だから、せめて彼との思い出だけでも残してやりたい。
娘の幸せを願う、父のささやかな贈り物だった。
5
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜
ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。
ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~
狐火いりす@商業作家
ファンタジー
事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。
そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。
「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」
神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。
露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。
やりたいことをやって好き勝手に生きていく。
なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。
人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる