【完結】恋い慕うは、指先から〜ビジネス仲良しの義弟に振り回されています〜

紬木莉音

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38.俺じゃなくても(前編)

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 雨が降るという予報は外れ、文化祭の当日はからっとした秋晴れに迎えられた。
 午前中は模擬店で焼きそばを売ることに精を出していたが、午後になると途端にそわそわとして落ち着かなくなってくる。何度もちらちらと腕時計を確認する俺を見て、隣で焼きそばを焼いていたサトシが笑った。

「もうすぐだな。"カップル"コンテスト」
「はあ……そこ強調しないでよ」

 わざとらしくニヤニヤとして肘で小突いてくるサトシにされるがままになりながら、俺は深いため息を吐いた。

「あんなに張り切ってたのに、なんでしょげてんだよ」
「だって……あのときはまさかあんな格好させられると思わなくて……」
「格好?」

 きょとんと目を丸くするサトシは、まさかこの後俺が壇上にとんでもない格好で登場するとはつゆほども思っていないはずだ。
 というかきっと、学校中の誰もが驚愕するに違いない。ドン引きされないことだけを激しく祈る。


         *


「──……いいじゃん、なかなか似合うよ」

 ところ変わって男子更衣室。
 着替え終わった俺がおそるおそる後ろを振り向くと、俺の姿を爪先から頭のてっぺんまで凝視した成海くんが、愉しげに口角を上げた。

「いや、どこからどう見ても変でしょ。笑ってよ! ネタ枠だから完全に!」
「えーそう? 沙也ちゃんどっちかっていうと女顔だから違和感ないよ。腕もひょろひょろだし」
「誰がもやしやねんっ」
「言ってないし誰も。情緒不安定でウケる」

 成海くんの言う通り、俺の心は激しく乱れている。理由は顕著だ。俺は今、女装をさせられているから。
 胸元に大きなリボンのあしらわれた水色のドレスはなぜか膝丈で、スカートの中がやたらとスースーして違和感しかない。頭には茶色の長いウィッグを被っていて、緩やかに巻かれた髪が頬に当たってくすぐったい。

 一方の成海くんは違う。深紅の軍服みたいなジャケットには金糸が縫い止められていて、白いシャツの襟元が僅かに開いている。長い足を包む白いパンツが立ち姿を引き立て、どこかの国の王子様かと見紛うほど麗しい。

 かっこいい。むしろかっこいいなんて言葉はもったいなさすぎる。今すぐにスマホを出して写真を連写したい。
 全ては俺がこんな格好じゃなければ……!

 当初の予定では実行委員の強い希望により、二人で王子の格好をするはずだったのが、本番前日に発注ミスにより衣装が一人分しかないことが発覚したのがことの発端。
 代わりに余っていると言われたのが、今俺が着ている女性物のドレスだ。

 仕方なく制服で出ようとした俺を、成海くんが半笑いでドレスを差し出しながら「これで出なよ」と一蹴してきたのが決定打だった。
 絶対盛り上がりますから、とか何とかあれよこれよと実行委員の子達に丸め込まれ、こんな辱めを受ける羽目になってしまった。

「せっかく可愛いかっこしてるんだから、そんな顔しないの」

 回想をしながら苦い顔をしていると、近付いてきた成海くんによって、両手でむにゅっと頬を押し潰された。

「俺がエスコートするから大丈夫。沙也ちゃんは立ってニコニコしてるだけでいいから」
「うう……それが一番ハードルが高いような……」
「そういえば、約束ちゃんと覚えてる?」
「約束?」

 一体何のことだろう。首を捻る俺の前で、成海くんが薄く笑った。

「ちゃんと俺の”お姫様”になりきってね」

 その言葉を聞いて、やっと先日交わした会話を思い出した。
 コンテストの間は”恋人のふり”をするように言われていたんだっけ。女装に気を取られすぎてすっかり忘れていた。

(そもそも何をしたら恋人っぽく見えるんだろう……)

 成海くんは誰かと付き合ったことがあるのだろうか。長い間一緒にいるけど、成海くんの恋愛事情は全く聞いたことがない。女の子の告白を断ったという噂は、何度か耳にしたことがあるけど……。


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