【完結】恋い慕うは、指先から〜ビジネス仲良しの義弟に振り回されています〜

紬木莉音

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39.俺じゃなくても(後編)

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「──あ、いたいた、成海くんっ」

 着替えを終えて二人揃って更衣室を出ると、遠くの方から鈴を転がすような声が聞こえた。顔を向けると、ツインテールにリボンを巻いた女の子が、こちらに向かって走ってくるのが見える。

「こんにちはっ。わあ、お兄さんめっちゃ綺麗! この衣装がこんなに似合う男の人いませんよ、さすが~」
「いやそんな……ありがとう」

 初対面のはずだが、距離の詰め方が上手い。胸元のリボンに触れながらキラキラとした瞳で話しかけられ、勢いに圧倒されながら返事をした。すると俺の方を向いていた女の子が、今度は俺の隣にその煌めいた瞳を向ける。

「成海くんもいつも通りかっこいいね。それって私服?」
「どう見ても違うでしょ」
「え~、でも前にクラスマッチの打ち上げしたとき、こういう服着てたじゃん」
「罰ゲームで着せられたんだよ。マジでずっといじってくるよね」

 年相応な対応をする成海くんは珍しい。いつも学校ではアイドルスマイルを振り撒いている成海くんだけど、こんな風に自然体で話せる子もいたんだな、と会話の外で新鮮に驚いていた。
 俺にしてきたみたいに、彼女は成海くんの肩のヒラヒラを楽しそうに触り出す。成海くんは特にそれを止めさせようとはせず、呆れたような顔でされるがままになっている。

 完全に蚊帳の外の俺は、会話についていくこともできず、頓智気な格好をしたままぽつんと取り残されていた。
 可愛らしく巻かれたツインテールに、桃色のリボンが似合う大きな瞳と小さな身体。それに比べて俺は、男のくせにパツパツのドレスを着てウィッグを被っている。

 その対比が酷く惨めに思えて、今すぐにここから逃げ出したくなった。

「ってか何か用だった?」
「あ、そうそう。隣のクラスの子が一緒に写真撮ってほしいみたいでさ、呼んでこいって頼まれてるんだけど……」
「別にいいよ。一旦荷物置いてくるから後でいい?」
「全然おっけ。その辺うろうろしてるから準備できたらいつでも呼んで~」

 女の子が去っていった後、成海くんが俺の方を向いた。

「ここから近いし沙也ちゃんの教室から行く?」
「……」
「沙也ちゃん?」

 両肩が重い。腕に力が入らなくて、胸の辺がモヤモヤと苦しい。
 表情筋がうまく働かない。いつもならすんなり笑えるのに、気を張らないとすぐに口角が下がりそうになる。

「あ……ぼうっとしてた。何だった?」
「荷物置きに行くの、沙也ちゃんからでいいよね。その後俺の教室まで着いてきてよ」
「……ごめん、俺あとから合流するよ」
「え?」

 考える前に口をついて言葉が出ていた。きょとんとしたような成海くんの前で、なんとか愛想笑いをしてみせる。

「友達と一緒に模擬店回ろうって話してたんだよね。本番までに間に合えばいいでしょ?」
「そんなこと一言も言ってなかったじゃん」
「さっき思い出したんだよ。それに別にコンテスト出るからって、一緒にいなきゃいけないわけじゃないでしょ」

 言ってからすぐ、なんだか嫌な言い方だなと気付いた。いつもなら絶対にこんな言い方しないはずなのに、今は取り繕う余裕がない。
 俺の刺々しい言葉を聞いたって、成海くんは顔色一つ変えない。後ろめたさにゆらゆらと揺れる俺の目をじっと見てくるから、居た堪れない。

「そうだとしても、俺は沙也ちゃんといたい」

 こんなにまっすぐに見つめられながら、こんなに嬉しいことを言ってもらえるなんて、心の底から嬉しいことのはずなのに。
 それなのに、素直に受け取れない自分がとっても憎い。

(そんなこと言ったって、俺じゃなくたって楽しそうじゃん)

 胸の内からふつふつと、捻くれた気持ちが込み上げてくる。卑屈になっていく思考が止められない。
 頭のどこかで自分のことを惨めだと喚いているもう一人の自分がいて、感情がぐちゃぐちゃになっていく。

「成海くんと写真撮りたい子、いっぱいいるんでしょ。さっきの子だって仲良さそうだったし、せっかくの学校行事なんだから、俺なんかといないで他の子といてあげなよ」
「……話聞いてた? 俺は沙也ちゃんと、」
「──だから、そういうことじゃないんだって!」

 声を荒げた後、目を丸くする成海くんを見てハッと我に返った。
 こんなに感情的になるなんて俺らしくない。成海くんに当たり散らすなんてどうにかしている。
 胸がざわざわする。こんなに不快なのは何故か。俺じゃない誰かに気を許したような成海くんの顔を思い出して、ぽつりと言葉を漏らした。

「俺なんかじゃなくて、あの子と出ればいいじゃん」

 きっと成海くんの相手が俺じゃなくてあの子だったら、きっと誰もが振り向くほどお似合いに違いない。
 腐っても俺は男だ。こんな風に着飾ったって、女の子になんか勝てるわけがない。
 そんなことは最初から分かっていたし、そもそも張り合うつもりだってなかった。それなのにどうして今更こんなに苦しいんだろう。

「……ごめん、頭冷やしてくる」

 背を向ける俺に、成海くんは何も返してくれなかった。

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