【完結】恋い慕うは、指先から〜ビジネス仲良しの義弟に振り回されています〜

紬木莉音

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40.やっとわかった

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『場違いで消えたい』

 こんなにメンヘラみたいな投稿をしたのは初めてだ。いつもはもっと自虐気味に笑い飛ばせるのに、やっぱり今日の俺はおかしい。

 他人の目を避けるようにしてやってきた控え室には、幸いにも俺の他には誰もいなかった。模擬店のシフトもあるし、今は体育館で軽音部のライブもやっているはずだから、出払っているのだろう。
 近くにあった椅子に腰を下ろし、スマホを握り締めたまま項垂れる。
 最低なことをした。成海くんにあんなことを言ったって、何も変わらないのに……。

(嫌な思いさせちゃったよな。あとできちんと謝ろう……)

 驚いたような成海くんの顔がずっと頭に焼き付いている。どうしてあんなにムキになってしまったのか、自分でもいまいちよくわからない。ただひたすら、あのときはあの場所にいたくなかった。

 土曜だからか、すぐにいくつか反応がとんできた。そのどれもが俺を心配するような内容で、自分の気持ちを整理するために投稿したはずなのに、結果的に慰めてもらう形になってしまって申し訳なくなる。
 その中で異質なリプライを見つけて、思わず目を留めた。

『メンヘラじゃん笑』

 通常運転のからかいっぷりに、心がほんの少し軽くなるのがわかった。
 不思議なことに、なぴちゃの言葉はいつだって突き放すようでいて、どこか素っ気ない優しさを含んでいる。
 今だってきっと、ただからかうためにリプライをしてきたわけじゃないのだろう。その証拠に、リプの後にすぐにDMが飛んできた。

『やっほ~病んでる?この前はタイミング悪くて助けに行けなくてごめんねぇ。大丈夫だった?』
『全然。むしろこっちも急にすみませんでした。なんとかなりました』

 最後に会話をしたのは一週間前。資料室に閉じ込められた俺が、なぴちゃが誰なのかを確かめるために、彼女を呼び出そうとしたあのときだ。
 そういえばあのときは一瞬、成海くんがなぴちゃなのかと錯覚したんだっけ。冷静になるとありえないはずなのに、あのときは本気で疑って混乱してしまった。

 でも──。俺に興味がないように見えて、なんだかんだ親身に相談に乗ってくれるところとか、俺に対するからかい方とか、ちょっとだけ通じるものがなくはない。
 絶対にありえないと思っていても咄嗟に信じそうになったのは、そのせいなのだろうか。

『で、今度はなにを悩んでんのぉ?』

 成海くんの顔を思い出していると、なぴちゃからDMが届いた。やっぱり俺のことを気にかけてメッセージを送ってきてくれたのだろう。遠回しな優しさに、ふっと笑いがこぼれる。

『このあと行われるカップルコンテストに弟と出るんですけど、俺女装してるんです。どう見ても似合ってないし、本当の女の子と比べると惨めになっちゃって、弟の横に立つのが嫌で』

 絶対に他のフォロワーには言えないことがすらすら言葉にできるのは、今までにも何度か相談してきたからだろうか。今までも思い詰めたとき、なぴちゃに相談をすることで解決の糸口が見つかることは多々あった。

『しょーもな』

 長々と打ち込んだ俺のメッセージに対して、返ってきたのはそんな五文字だった。

『女装ってそういうもんじゃん。なんで女子と張り合ってんのぉ?まず土俵が違うから』
『王子様の格好した弟が可愛い女の子と喋ってるの見たら、俺じゃなくてああいう子が横にいるのが自然なんだなって突き付けられちゃったっていうか』
『でも弟くんは遠藤ちゃんと出ることを選んだんでしょ?』
『それは俺が無理やり出ようって言っちゃったからで』

 相変わらずなぴちゃの言葉は飾ることがなく、どこまでも直球だ。
 嘘偽りのない言葉だとわかるからこそ、より心に響くのかもしれない。変に気を遣われるよりもずっと染みる。

『遠藤ちゃんは何に傷付いてるの?』

 テンポよく行われていた会話が、俺で止まってしまった。
 シンプルで的確な質問。だけど俺はすぐに答えを見つけることができなかった。自分のことなのに、自分の感情がわからない。
 返す言葉を迷う俺を見透かすように、なぴちゃから次のメッセージが届く。

『女装が似合わないこと?それとも、』

 文章はその後に続いていた。

『弟くんの隣に立つ資格がないって、勝手に決めつけてること?』

 いつからか周囲に『日南兄弟』と呼ばれるようになって、セットで扱われるのが嬉しかった。成海くんの隣にいる自分が好きだった。たとえそれがビジネス仲良しだって、構わないとさえ思っていた。
 だけど彼と急速に距離が縮まって、俺達の関係性も少しずつ形を変えていって、彼に対する自分の気持ちもいつしか色を変えて、もうとっくに弟としてなんて見られなくなっていた。

 成海くんと仲睦まじげに話す女の子に、俺は無意識に自分を重ねて嫉妬していたんだ。だって俺と成海くんは兄弟で、俺は男で、どうしたってそのポジションにはなれないから。
 きっとコンテストに出たって、兄弟として紹介されて終わってしまう。
 それではもう、満足できなくなっていた。

 ”兄弟”としてじゃなくて、”恋人”として隣に並びたいなんていう、馬鹿げた願望が胸の中に芽生えてしまったからだ。

(ああ、そうか)

 ずっと悩み続けていたことが、嘘みたいに、すとんと胸に落ちた。

(俺は成海くんのことが──)

 答えがようやく見つかりかけたそのとき、背後の扉が勢いよく開いた。 うわっという馴染みのある声が聞こえて、思いがけず振り返ると、頭にハチマキを巻いたサトシが変な顔をして立っていた。

「びっっ……くりした、沙也かよ。驚かすなよ! ドアの近くに座んな!」
「ごめん、ちょっと休んでた」
「てかおまえ、こんなとこでなにしてんだよ。出番そろそろなんじゃねえの。もうコンテスト始まってたぞ」

 時計を見ると時刻は十五時半を指していた。俺と成海くんの出番は四十分のはずで、もうとっくに集合時間を過ぎてしまっている。

「やばい、行ってくる。模擬店お疲れさま!」
「あいよ。ってかなんで女装?」
「それには触れないでほしい……」

 勢いよく教室を飛び出した俺は、走り出そうとしてスカートの存在に気が付いた。
 いつもみたいに大股で走ろうとするとスカートの中が見えそうになる。
 
 なんて厄介な履物なんだこれは……!
 
 チラチラと他の生徒達の視線を感じたので、愛想笑いを浮かべながら、なるべく早足で体育館へ急ぐ。

──ちゃんと俺の”お姫様”になりきってね。

 成海くんの言葉が頭をよぎる。あのときだって無理だって思っていたのに、自分の気持ちを理解してしまった今、その一言はやけに胸に刺さる。
 俺は、ちゃんとやれるのか──恋人のふりなんて。
 
 体育館の近くまで来ると、中から漏れる歓声と拍手が耳に届く。
 そこで待っている彼の顔を思い浮かべた瞬間、胸の鼓動が急にうるさく鳴り出すのがわかった。


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