【完結】恋い慕うは、指先から〜ビジネス仲良しの義弟に振り回されています〜

紬木莉音

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47.ごめん

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 すると、俺の返事も待たずに次のメッセージが送られてきた。

『今きょろきょろしてるでしょ』
『えっなんでわかったんですか』
『わかるよ。あんた死ぬほどわかりやすいし』

 どうやら俺の行動は筒抜けらしい。ということは、なぴちゃはこの場にいるわけじゃないのだろうか。
 それにしてもなんだか違和感がある。

『いまどの辺?』
『えっと、◯◯駅を通過したところです』
『いや馬鹿正直に言うなよ。ネットリテラシーどうなってんの。知らないヤツだったら取り返しつかないだろ』
『だって聞かれたから……』

 聞かれたことに答えたら怒られるなんて、理不尽にも程がある。確かに俺だって顔も知らない相手に自分の居場所を話すなんて、どうかしてるけど。
 だけどどこか安心感があるというか、今のなぴちゃになら話しても大丈夫だなっていう謎の自信があったのだ。

(……あ、わかった)

 違和感の正体。それはきっと、口調だ。
 いつもの間延びするような小文字や波線が使われていない。それに今までの女性らしさはどこへやら、まるっきり別人になったかのように口調が変わっている。
 
(なんか、まるで……)

 似てるな、と思った。俺に対して言うことも、喋り方も全部、あの人に似ていると思った。既視感はそこからきていたのだろう。だから俺も気が緩んで、馬鹿正直に自分の居場所を口走ってしまったのだ。

「……あれ? この猫……」

 ふと、なぴちゃのアイコンに目を惹かれた。ずっと画質の荒い黒猫だと思っていたそれを、初めて拡大してみる。
 すると画質が荒いと思っていたのは、猫自体が毛羽立っていたからだった。猫の絵だと思っていたものは、どうやらハンカチか何かの刺繍らしい。
 首元に赤いリボンをつけた黒い猫。その模様には、見覚えがあった。

(…………これって、俺の?)

 その昔、母さんに買ってもらったハンカチ。その刺繍に瓜二つだった。そしてそれは、の路地裏での出来事をきっかけに俺のものじゃなくなったはずだ。
 心臓がバクバクとうるさく鳴り始める。胸騒ぎがして、スマホに指を滑らせた。
 なぴちゃのユーザー名。ずっと意味不明なアルファベットの羅列だと思っていたそれがやけに引っ掛かる。
 鞄からメモ帳を取り出すと、一文字一文字正確に書き写した。その文字を一つずつ組み換えて、並べ替えていく。

(違う、これも違う、これも──……)

 とある組み合わせを当てはめたとき、思考が停止した。頭の中が真っ白になって、指の先にドクドクと自分の脈だけを感じる。
 現れた文字の意味を知ったとき、俺は声にならない声をあげた。

『@I am Narumi』

 どうして気付かなかったんだろう。
 ずっとここにヒントはあって、彼は俺に知らせてくれていたというのに。
 文字を並べ替えたら『ナルミ』になった。あの猫の刺繍だって、中学時代の成海くんが家出したあの夜に、彼の怪我の止血に使って渡したハンカチのものだ。

 成海くんだった。
 いつだって俺を気にかけて、茶化しながらも最後には助けてくれたのは、全部成海くんだったんだ。

「次は、△△駅ー、お降りの方は──……」

 降りる駅のアナウンスが鳴る。動揺と混乱で震える手のまま、何から話せばいいのか全くわからずに、画面を眺めていると。

『ごめんね、ずっと嘘ついてて』

 俺が送るより先に、なぴちゃからメッセージが届いた。

『たまたまスマホ見えてアカウント見つけちゃって、最初はからかってやろうって思って近付いた。女のふりしてたらのこのこ釣られるかなとか、意地悪いことしか考えてなかった』

 もうなぴちゃが誰なのかとか、そんな疑いは一切持たなかった。これを打っているのが誰なのかが、容易に想像ついてしまう。

『だけど段々、なぴちゃの思い通りに動くあんたのことを許せなくなってきた。自分で始めたくせに自分で自分に嫉妬して、意味わかんなくなった』

 次々に文章が送られてくる。俺はそれを、信じられない気持ちで読み進めることしかできない。

『あんなにスマホの中では俺のこと好き好きって言うくせに、実際に会うと平気な顔してんのがずっともどかしかった。でも本当は別のことでイラついてんだって気付いた』

 そこで文章は区切られていた。

『あんたの好きと俺の好きが違うから』

 俺は目を見開いた。
 それは俺が成海くんに対して感じていたことと、全く同じことだったからだ。

『家族だからって線引きされる度にわからせたくて堪らなかった。でもできなかったから、こんなやり方で誘導しようとした』

 ここまで読んだって、到底信じられるはずもない。
 だって文面通りの意味で捉えてしまうと、どうしたって俺に都合のいいように解釈してしまう。

『ごめんねさやちゃん』

 なぴちゃのアイコンからその名が出てくることが、嘘のようだ。
 俺の名を呼ぶいつもの柔らかい声を思い出して、鼻の奥がツンとした。

『好きになってごめん』

 この期に及んでそんなことを言うなんて、成海くんはどこまでもずるい。
 知らなかったんだ。俺が必死で諦めたものを、成海くんもまた諦めようとしていたなんて。
 
『元気でね』

 目当ての駅に着いたとアナウンスが入るけど、俺は画面から目を離すことができないままだった。
 


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