【完結】恋い慕うは、指先から〜ビジネス仲良しの義弟に振り回されています〜

紬木莉音

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48.きみの隣

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 ドアが閉まる直前に、俺は慌てて電車を駆け降りた。 
 ホームに降りて、向かうのは新幹線の改札口じゃない。すぐにでも話がしたくて、スーツケースを転がしながら成海くんに着信をかけた。
 
『……はい』

 変なWi-Fiを拾って電波が悪いせいか、ザーザーとノイズが入る。成海くんの声も随分と遠くの方に聞こえてもどかしい。

「もしもし成海くん? 俺、今から戻るから」
『は? どこに?』
「どこにって、家しかないでしょ」
『なに言ってんの……新幹線乗り遅れるよ』

 こんな気持ちのまま気持ちよく行けるはずもない。
 俺の意思はもう固くて、新幹線の改札口からどんどん遠ざかりながら歩いていく。

「そんなのどうでもいいから……今から行くから、絶対家にいてよ」
『……』
「成海くん? ……ねえ、成海くんってば」

 ずっと電波が怪しかったが、とうとう繋がらなくなってしまった。じれったい気持ちになりながら、とりあえず家に戻るために電車を探そうと歩き出す。

「──ごめん、言いつけ守れなかった」

 もう電話は切ったはずなのに、すぐそばで聞き覚えのある声が聞こえて、足を止めた。頭が真っ白になりながらゆっくりと振り向くと、成海くんが立っていた。

「……なる、みくん、どうして」
「えーっと、ずっとついてきてた」
「えっ」
「違う車両にいました」

 驚きに声が出ない俺を、成海くんが気まずそうに笑う。近くにいたなんて、全く気づかなかった。
 もう会えないと思っていたのに、目の前に、すぐそこに成海くんがいる。

「……っ」

 まるで夢のようで、信じられなくて、頭の中はぐちゃぐちゃで──気付いたときには腕を伸ばして、その胸に飛び込んでいた。
 足元でスーツケースが倒れる音が聞こえるが、今はどうだってよかった。
 成海くんは一瞬怯んだ様子でいたが、すぐにその手が俺の背中に回ってきて、力強く抱き締め返される。

「……ごめんね。ずるいことしてもどうしても、沙也ちゃんだけは誰にも渡したくなかった」

 耳元で、低く掠れた声が聞こえた。

「許してくれなくていいから、俺のこと好きになって」

 胸がいっぱいになると自然と涙が出てくるのだと、初めて知った。とめどなく溢れる雫が成海くんの肩を濡らしていく。それに気付いたのか、喉を鳴らして笑う声が聞こえた。

「また泣いてる。意外と泣き虫だよね、沙也ちゃん」
「っ、成海くんのせいだもん」
「俺が嘘ついてたから?」
「違う。急に好きとか言うから……」
「……やっぱりイヤだった?」

 そっと身体が離される。彼は珍しく自信なさげな様子で、困ったように微笑んでいる。
 
「イヤなわけないよ。……だって俺も成海くんのこと、そういう意味で好きだから」

 勇気を出して口にしたのに、何故か彼の表情はさっきまでと一ミリも変わらない。

「そういう意味って?」
「え? えっと、だからそれは……」
「まだ勘違いしてんの? 沙也ちゃんのいうお子様みたいな好きとは違うの、俺のは」

 どうやら全く伝わっていないらしい。呆れたように諭してくる成海くんのことを、赤くなっているであろう顔で睨み付ける。
 普段はなにかと察しやすいくせに、どうして肝心なときに鈍感になるんだ……!

「……っ、だから──」

 ヤケクソになった俺は成海くんの肩に両手を置くと、少しだけ背伸びをした。覚悟を決めて瞼を伏せると、その唇に自分の唇を押し当てる。

 ふに、と柔らかな感触が自分のそれに伝わる。成海くんとキスをしているのだと自覚して、かっと頬が熱くなった。

 耐え切れなくなって顔を離して、踵を地面に付けた後にようやく瞼を開く。視線の先で成海くんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。

「俺の好きはこういう好き。……わかってくれた?」

 まだ成海くんの唇の感触が残っている。真っ赤な顔で心臓をばくばくに鳴らして、両手の先は震えていて──今の俺はちっとも格好なんかつかない。
 だけど人を好きになるって、そういうことなのかもしれない。

「はー……? 待って、今のなに」

 今日は珍しい成海くんばっかり目にするみたいだ。
 耳まで赤く染めた成海くんが、隠すように片手で顔を覆っている。

「俺のこと殺す気? 心臓ぶっ壊れるかと思った」
「……俺だって恥ずかしくて死にそう」

 居た堪れなくなって俺の方も両手で顔を覆う。

「いつから? てか、じゃあ何で急に進路変えたの」
「ずっと成海くんは、俺と家族でいたいのかと思ってたから……だから離れないと、いつか気持ち知られてキモがられると思って」

 指の隙間から成海くんを見つつ話すと、彼は俺を見下ろしながらきょとんと目を丸くした。

「家族でもいたいよ。でもそれだけじゃ全然足りない」
「でも、家族と恋人は両立できないよ。俺そんなに器用じゃないし」
「うーん、じゃあ結婚すればよくない?」
「……えっ!?」

 あまりの衝撃に大きな声を上げてしまった。
 言葉の意味を理解してじわじわ恥ずかしさが込み上げる一方で、成海くんは平然とした様子でいる。

「難しく考える必要ないんじゃない。俺はこれからも沙也ちゃんが隣にいてくれるんなら、なんでもいい」
「……そうだね、俺もだよ」

 家族とか兄弟とか、恋人とか夫婦とか。そんなの単なる飾りにすぎないのかもしれない。
 きっと大事なことは、隣にいるのが誰かということだ。

「でも本当にいいの? のこのこ戻ってきて、簡単に俺のこと許しちゃって」
「言ったでしょ。俺は成海くんがいいの」
「……言っとくけど、もう二度と手離す気ないよ」

 成海くんの右手が俺の頬に優しく触れる。

「──だから沙也ちゃんも、この先の全部俺だけにして」

 砂糖を煮詰めたみたいな甘い眼差しで、柔らかな親指がそっと俺の唇をなぞる。
 俺を見つめるその瞳からは愛しさが伝わってくるようで、甘酸っぱい気持ちで胸が満たされた。
 
「そんなの簡単だよ」

 成海くんのことだけを考えるなんて、俺からしたら呼吸をするのと同じぐらい当たり前のことだ。
 例えその気持ちがほんの少し色を変えたって、根っこは何も変わらない。

「俺の頭の中には成海くんしかいないってこと、これからも一生かけて証明するね」

 込み上げる気持ちのまま微笑んでみせれば、成海くんがふっと口端を上げた。そのまま顔が寄せられて、今度は成海くんの方から口付けが降ってくる。
 薄く目を開くと甘ったるい眼差しと視線が絡まって、胸の奥が締め付けられた。

 触れるだけのキスの後、名残惜しくも唇が離れる。むず痒さと照れ臭さがぶり返してきて、その胸に顔を埋める。楽しそうな笑い声が、頭上から聞こえていた。




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