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1.ビジネス仲良し
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俺の義弟はいつも上手に猫を被る。
「──兄さん!」
三限目を終えて、視聴覚室から教室に帰る途中。友人達と他愛もない会話を交わしながら廊下を歩いていると、後ろから弾むような声が聞こえた。
反射的に振り返った俺は、その先にいた人物を視界に捉えると自然と頬が緩んでしまう。
義弟の成海くん。
アイドル顔負けのルックスを持つ彼は、学校指定のお世辞にもおしゃれとはいえないジャージを着ているはずなのに、まるで衣装かのようにさらっと着こなしている。
目が合うと、王子様のようにふんわりと顔を綻ばせて駆け寄ってきた。
「成海くん、偶然だね。次体育?」
「うん。兄さんは……移動教室かな?」
「さっき終わって、教室に戻ってるところだよ」
自分より背の高い彼を見上げて微笑む傍ら、いくつかの視線を察知して肩を竦める。
一年生と三年生の教室は別の校舎に分かれているため、普段は学校内で成海くんと会う頻度はそんなに多くない。
だからなのか、単に義兄弟というのが珍しいのか──俺達が校内で話していると、すぐに注目を浴びてしまう。
「ねえ見て、日南兄弟が喋ってる。目の保養でしかない」
「『兄さんっ』だって、聞いた? 相変わらず仲良しだよねぇ」
現に今も教室の窓から数人の女子が顔を出して、俺達のことを覗き込んでいるのが視界の端に映っている。
視線に耐え切れず軽く手を振ると、彼女達は全力で手を振り返してくれた。
毎回大袈裟に反応してもらって申し訳ないな、と思いながら会釈をしていると、不意に成海くんの手が俺の前に伸びてきた。
「兄さん、ネクタイ曲がってるよ」
「え、本当? 全然気付かなかった……」
目の前で、成海くんが不格好な俺のネクタイを整えてくれている。細長く綺麗な指は、俺より幾分も器用だ。
二個も年下なはずなのに俺よりも10cmも身長が高い成海くんは、ネクタイを直し終えると、俺の顔を見下ろして微笑んだ。
「ふふ、しっかりしてるのに昔からネクタイだけは結ぶの苦手だよね。これからも僕が直してあげるよ」
「……ありがとう、嬉しいよ」
一点の隙もない、完璧なアイドルスマイル。眩しすぎる顔面の輝きを直で浴びてしまい、俺は目を細めながらなんとか言葉を返した。
俺の地毛は茶髪で、染めていないのに身だしなみ検査で引っ掛かることも多い。一方の成海くんは、誰が見ても地毛だとわかるような、艶のある黒髪をしている。
宝石のような琥珀色の瞳が、窓の外から漏れ出る陽の光に透けて輝いている。つるんと卵のように綺麗な肌に、万人から愛されるために生まれてきたみたいな端正な顔立ち。
今日も俺の義弟が発光している。間違いなく、成海くんのいるこの場所が世界の中心だ。
「じゃあね」
「うん、じゃあまた」
サラサラの黒髪をシャンプーのCMのように靡かせて、成海くんは遠ざかっていく。
すらりと長い手足はまるでモデルのようだ。さすがは脅威の9頭身。異次元のスタイルと体操服姿のアンバランスさが、より一層彼の存在を引き立たせている。
天性の愛され力を持ち誰にでも愛想の良い成海くんは、校内ではまるでアイドルみたいな存在だ。
そして成海くんからしたら義兄である俺──日南沙也とまとめて『日南兄弟』とセットで呼ばれることが多く、二人でいると何かと期待の目を向けられやすい。
未だに注目されることに慣れずに慌てふためく俺と違って、成海くんは最初から冷静だったように思う。きっと昔から大勢に見られることに慣れているのだろう。いつだって彼の振る舞いは自然体にみえる。
「本当に懐いてるよなぁ、日南弟。血繋がってないんだろ。喧嘩とかしねえの」
「いい子だよね。そういえば、喧嘩はしたことないかも」
「マジか。俺んとこなんて未だに殴り合いの喧嘩するからさ……」
そばにいた友人の話に相槌を打ちながら、心の中で芽生えた小さな罪悪感を打ち消すのに必死だった。
サトシ、ごめん。今の嘘。
そんな風に口に出せたらどんなに楽だろう。
殴り合いの喧嘩ができる兄弟なんて、それだけ仲が良い証拠じゃないか。俺からしたら心底羨ましい。
だって、俺と成海くんは──。
「──はぁ? 脳みそ本当についてんのかよ」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の奥で、何かの映像で激しく点滅しているパソコン。
ヘッドセットを付けた成海くんが、ゲーミングチェアに腰掛ける後ろ姿が見える。
帰ってからもうすでに何度かノックをしたのだが、返事がないからこそっと成海くんの部屋の扉を開けてしまった。
こちらに背を向ける彼に向かって、成海くん、と小さな声で呼び掛けてみる。
「だから言ったじゃん。そっちはとれてもあとで不利になんの。先にレベリング優先。ラストヒットもとれねえくせに裸で突っ込んでくなよ」
「あのー……」
「あーだめだめ。そっち今敵隠れてるから……なに、声? ちょい待って」
部屋の外からおそるおそる声を掛けると、彼がヘッドセットを外しながら振り向いた。
琥珀色の瞳が俺の姿を視界に捉えて、うざったそうに目を細める。
「……いたんだ」
うわあ、めちゃくちゃ嫌そう。
こんな顔を向けられるなんて、俺が成海くんの中でどれだけ鬱陶しい存在なのかがよくわかる。
内心傷付きながらも、動揺を顔に出さないようにニコッと無理やり笑顔を作ってみせた。
「何の用?」
「えっと、今日母さん遅くなるらしいから、夕飯温めて食べてって」
「……それだけ?」
無言で頷く俺を見て、成海くんが眉根を寄せる。
「それって今絶対にこの場で言わなきゃいけないこと? メッセでよくない?」
少し離れたこの場所からでも、彼がイライラしているのが手に取るようにわかる。
勢いに気圧された俺は、笑顔を貼り付けたまま閉口してしまった。
「てか返事ないのに勝手にドア開けんのやめて。普通にキモいよ」
冷たい眼差しに、吐き捨てるような棘のある言葉。
今日の昼間、俺を見て嬉しそうに瞳を輝かせていた人と同一人物とはまるで思えない。
「……そうだよね、邪魔してごめんね」
成海くんは俺の謝罪を聞くなり、すぐにまたヘッドセットを付けてパソコンの方を向いてしまった。
完全にタイミングが悪かった。こんなに怒られるのも久しぶりだ。
反省しながら俺は、音を立てないように気を付けながら静かに扉を閉めた。
学校の人達には言えるはずがない。本当は成海くんと仲が良くないなんて冗談みたいな話、誰が信じるだろうか。
仲が良いと有名な『日南兄弟』がビジネス関係にあることは、俺と成海くんだけの秘密だ。
「──兄さん!」
三限目を終えて、視聴覚室から教室に帰る途中。友人達と他愛もない会話を交わしながら廊下を歩いていると、後ろから弾むような声が聞こえた。
反射的に振り返った俺は、その先にいた人物を視界に捉えると自然と頬が緩んでしまう。
義弟の成海くん。
アイドル顔負けのルックスを持つ彼は、学校指定のお世辞にもおしゃれとはいえないジャージを着ているはずなのに、まるで衣装かのようにさらっと着こなしている。
目が合うと、王子様のようにふんわりと顔を綻ばせて駆け寄ってきた。
「成海くん、偶然だね。次体育?」
「うん。兄さんは……移動教室かな?」
「さっき終わって、教室に戻ってるところだよ」
自分より背の高い彼を見上げて微笑む傍ら、いくつかの視線を察知して肩を竦める。
一年生と三年生の教室は別の校舎に分かれているため、普段は学校内で成海くんと会う頻度はそんなに多くない。
だからなのか、単に義兄弟というのが珍しいのか──俺達が校内で話していると、すぐに注目を浴びてしまう。
「ねえ見て、日南兄弟が喋ってる。目の保養でしかない」
「『兄さんっ』だって、聞いた? 相変わらず仲良しだよねぇ」
現に今も教室の窓から数人の女子が顔を出して、俺達のことを覗き込んでいるのが視界の端に映っている。
視線に耐え切れず軽く手を振ると、彼女達は全力で手を振り返してくれた。
毎回大袈裟に反応してもらって申し訳ないな、と思いながら会釈をしていると、不意に成海くんの手が俺の前に伸びてきた。
「兄さん、ネクタイ曲がってるよ」
「え、本当? 全然気付かなかった……」
目の前で、成海くんが不格好な俺のネクタイを整えてくれている。細長く綺麗な指は、俺より幾分も器用だ。
二個も年下なはずなのに俺よりも10cmも身長が高い成海くんは、ネクタイを直し終えると、俺の顔を見下ろして微笑んだ。
「ふふ、しっかりしてるのに昔からネクタイだけは結ぶの苦手だよね。これからも僕が直してあげるよ」
「……ありがとう、嬉しいよ」
一点の隙もない、完璧なアイドルスマイル。眩しすぎる顔面の輝きを直で浴びてしまい、俺は目を細めながらなんとか言葉を返した。
俺の地毛は茶髪で、染めていないのに身だしなみ検査で引っ掛かることも多い。一方の成海くんは、誰が見ても地毛だとわかるような、艶のある黒髪をしている。
宝石のような琥珀色の瞳が、窓の外から漏れ出る陽の光に透けて輝いている。つるんと卵のように綺麗な肌に、万人から愛されるために生まれてきたみたいな端正な顔立ち。
今日も俺の義弟が発光している。間違いなく、成海くんのいるこの場所が世界の中心だ。
「じゃあね」
「うん、じゃあまた」
サラサラの黒髪をシャンプーのCMのように靡かせて、成海くんは遠ざかっていく。
すらりと長い手足はまるでモデルのようだ。さすがは脅威の9頭身。異次元のスタイルと体操服姿のアンバランスさが、より一層彼の存在を引き立たせている。
天性の愛され力を持ち誰にでも愛想の良い成海くんは、校内ではまるでアイドルみたいな存在だ。
そして成海くんからしたら義兄である俺──日南沙也とまとめて『日南兄弟』とセットで呼ばれることが多く、二人でいると何かと期待の目を向けられやすい。
未だに注目されることに慣れずに慌てふためく俺と違って、成海くんは最初から冷静だったように思う。きっと昔から大勢に見られることに慣れているのだろう。いつだって彼の振る舞いは自然体にみえる。
「本当に懐いてるよなぁ、日南弟。血繋がってないんだろ。喧嘩とかしねえの」
「いい子だよね。そういえば、喧嘩はしたことないかも」
「マジか。俺んとこなんて未だに殴り合いの喧嘩するからさ……」
そばにいた友人の話に相槌を打ちながら、心の中で芽生えた小さな罪悪感を打ち消すのに必死だった。
サトシ、ごめん。今の嘘。
そんな風に口に出せたらどんなに楽だろう。
殴り合いの喧嘩ができる兄弟なんて、それだけ仲が良い証拠じゃないか。俺からしたら心底羨ましい。
だって、俺と成海くんは──。
「──はぁ? 脳みそ本当についてんのかよ」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の奥で、何かの映像で激しく点滅しているパソコン。
ヘッドセットを付けた成海くんが、ゲーミングチェアに腰掛ける後ろ姿が見える。
帰ってからもうすでに何度かノックをしたのだが、返事がないからこそっと成海くんの部屋の扉を開けてしまった。
こちらに背を向ける彼に向かって、成海くん、と小さな声で呼び掛けてみる。
「だから言ったじゃん。そっちはとれてもあとで不利になんの。先にレベリング優先。ラストヒットもとれねえくせに裸で突っ込んでくなよ」
「あのー……」
「あーだめだめ。そっち今敵隠れてるから……なに、声? ちょい待って」
部屋の外からおそるおそる声を掛けると、彼がヘッドセットを外しながら振り向いた。
琥珀色の瞳が俺の姿を視界に捉えて、うざったそうに目を細める。
「……いたんだ」
うわあ、めちゃくちゃ嫌そう。
こんな顔を向けられるなんて、俺が成海くんの中でどれだけ鬱陶しい存在なのかがよくわかる。
内心傷付きながらも、動揺を顔に出さないようにニコッと無理やり笑顔を作ってみせた。
「何の用?」
「えっと、今日母さん遅くなるらしいから、夕飯温めて食べてって」
「……それだけ?」
無言で頷く俺を見て、成海くんが眉根を寄せる。
「それって今絶対にこの場で言わなきゃいけないこと? メッセでよくない?」
少し離れたこの場所からでも、彼がイライラしているのが手に取るようにわかる。
勢いに気圧された俺は、笑顔を貼り付けたまま閉口してしまった。
「てか返事ないのに勝手にドア開けんのやめて。普通にキモいよ」
冷たい眼差しに、吐き捨てるような棘のある言葉。
今日の昼間、俺を見て嬉しそうに瞳を輝かせていた人と同一人物とはまるで思えない。
「……そうだよね、邪魔してごめんね」
成海くんは俺の謝罪を聞くなり、すぐにまたヘッドセットを付けてパソコンの方を向いてしまった。
完全にタイミングが悪かった。こんなに怒られるのも久しぶりだ。
反省しながら俺は、音を立てないように気を付けながら静かに扉を閉めた。
学校の人達には言えるはずがない。本当は成海くんと仲が良くないなんて冗談みたいな話、誰が信じるだろうか。
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