【完結】恋い慕うは、指先から〜ビジネス仲良しの義弟に振り回されています〜

紬木莉音

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19.不機嫌な理由(中編)

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「日南くん」
「っ、古賀くん! どうしたの?」

 振り向くと古賀くんが立っていた。
 やっほー、と朗らかに片手を挙げる彼は、相変わらず爽やかさを振り撒きながら、白い歯を見せて笑っている。

「いやあ、投稿見て気になっちゃって。日南くん悩んじゃってるし。やっぱり俺のせいじゃないかな」
「朝言ってたヤキモチってやつ? それはないと思うよ。成海くんが俺にそんなことするわけないもん」
「……日南くんって結構鈍感な感じ?」

 古賀くんは困ったように笑っているが、俺からすればどうしてそこまで嫉妬に繋げたがるのかがわからない。
 鈍いってそういえば、成海くんにも前に言われたような気がするな……と考えていたところ、

「この前の弟くんの言動、あからさまに俺に対するマウントでしょ、あれ。爽やか~な弟くんしか知らなかったからちょっと驚いたけど……」

 と、古賀くんが腕を組みながら言った。

「ん? マウント……? どういうこと?」
「やっぱり気付いてないのか。ごめん、説明するからちょっと立ってくれる?」

 そう言われて、何が何だかわからないまま俺は素直に立ち上がった。流されるままに教室の後ろの方に二人で移動する。

「えーっと、だからさ、こうやって俺から引き離すみたいにしてたでしょ」
「うん」

 古賀くんがあの日の成海くんを真似するように、ぐい、と俺の手首を引いた。

 ──俺の方が沙也ちゃんのことよく知ってっから。
 ──沙也ちゃんは、俺にしか興味ないもんね。

 その瞬間にあの日の彼の言動が蘇ってきて、僅かに気恥ずかしい気持ちになる。
 成海くんのあの、時折入る謎のスイッチは心臓に悪い。
 普段は俺のことなんて興味ありませんみたいな顔してるくせに、気まぐれに絡んできたかと思えば距離感がバグっているのだ。

「で、日南くんのことをこう、自分のもとに引き寄せてたじゃん」

 古賀くんの手が俺の腰に回る。ぐっと抱き寄せられ、更に彼と密着した。
 古賀くんは成海くんよりも背が低い。だからか成海くんよりも顔の距離が近くて、ちょっとだけ気まずい。

 だけど彼は至って真剣に説明してくれているのだから、ここで俺が止めるわけにはいかないだろう。
 さすがに放課後の教室で、男二人で何をやっているんだという気になってきたのは否めないが。

「あのときの弟くんの顔がね」
「──なにしてんの」

 聞き間違いだろうか。成海くんに似た声が、後ろから聞こえたような。

「あ、本人登場。ちょうどよかった」
「……っ、成海くん!」

 ほっとしたような様子の古賀くんの声につられて後ろを向けば、成海くん本人が教室の入り口に立っていた。
 どうして成海くんが三年の教室にいるのだろう。まさか俺に会いに来てくれたりとか……。
 ほんの一瞬期待を抱くが、彼の表情を見た瞬間にそんなものは呆気なく崩れ去った。

 張り詰めた氷のような真顔。その目の奥には怒りが滲んでいるのが見える。古賀くんに向いていた視線がゆらりと俺に向けられた瞬間、反射的に肩を上げてしまった。

 こ、怖っ……!

 本能が危機を察知しているのか、成海くんと目が合わせられない。

「だからさ日南くん、わかったでしょ。あのときの弟くんも、こういう顔してたんだって」

 俺がこんなに怯えているというのに、隣の古賀くんはクスクスと笑いながら、ますます俺の腰を力強く抱き寄せた。

「弟くんごめんね、今の日南くんは俺に興味があるみたい」
「……っ、こここ、古賀くん……!?」
「ねー? 沙也くん」

 古賀くんの言動の意図が読めずに困惑する俺の横で、話合わせて、と小声で吹き込まれる。
 完全に流されるままの俺は、どうにでもなれという気持ちでこくこくと頷いた。

「へえ、そっか」

 いつもより低い声が、俯く俺の耳に届く。
 故意に視線を逸らす俺のもとに、あろうことか成海くんがゆっくりと近寄ってくるのが気配で感じ取れた。

「そんなに構ってほしかったの? 俺じゃなくても誰でもよかったんだ」

 何に怒っているんだとか、何でそんな顔をしているんだとか、何をしに来たんだとか。
 色々頭に疑問が浮かぶけど、彼の表情と声色から、絶対にポジティブな理由じゃないことだけはわかる。

「沙也ちゃんって本当、流されやすくて困っちゃうな」
「……っ」

 下げた視線の先に、成海くんの上靴の爪先が映る。
 俺の前で立ち止まったかと思えば、頭にぽんと大きな手のひらが乗った。
 屈みこんだ成海くんが、覗き込むようにして俺に視線を合わせる。

「ダメでしょ。俺以外に尻尾振ったら」

 氷のように冷たい瞳が薄く細められた瞬間、反対に俺の心臓は熱を持ち、激しく動き始めた。
 可愛いだなんてお世辞でも言えやしない。
 瞳の奥に影を落として、まっすぐに俺を射抜くその視線は、見たこともないほど大人びていた。
 
「行くよ」

 成海くんの手が俺の手を掴んで引き寄せ、有無を言わさず出入り口へと進んでいく。
 もつれる足で後を追うと、教室を出る直前に彼が振り返った。

「……あ。俺の代わりに兄さんのお世話、ありがとうございました」

 古賀くんの方を見て、そう言って形だけの笑みを浮かべる成海くんの考えていることなんて、俺にはちっとも分かるはずがなかった。
 
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