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勉強会編
緊張してたんだよ
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日没が近づき、窓の外から烏の鳴き声が聞こえる。近くの仲間へ自身の存在を主張すると、彼らは次第に群れを形成し始める。
今日の活動を終え、ねぐらへと集まっているのだろう。膝元の雑木林に移動した彼らはそのまま陣取り、迫りくる夜に備えていた。
「……もう夕方だし、今日のところは終わりにするか」
その光景を見てようやく、今日の勉強会をお開きにする口実を得られるのだ。
「え、もう? 私、全然切りが良くないんだけど」
莉乃の手元を見ると、ノートはめくられた形跡もなく無地のまま。というより、殆ど手付かずの状態だった。
「はぁ……」
思わず溜息をついてしまう。「なによ」と不機嫌そうに聞いてくる莉乃。
「莉乃、来た時とノートがまるで変化してないみたいだけど? 切りが悪いどころか、スタートラインにさえ立ってないんじゃないの?」
「あ、いや、これは……その……」
口ごもる莉乃。その姿を見て、思い出したように俺は訂正する。
「……ごめん、莉乃を責めてるわけじゃなくって……、俺に色々教えてくれてたからってのはもちろん理解してるつもり」
願い事と称して俺の勉強に付き合ってくれた手前、莉乃には感謝している。
でも、それが莉乃の成績不振に繋がるのかもとなれば、どうしても罪悪感が生まれる。
「俺って莉乃が集中できなくなるようなことしてたか? 無意識だとしても、莉乃の邪魔をしてたなら、俺、謝るよ」
肩が触れるような距離から遠ざかり、面と向かって莉乃に向き合う。
「……! ちょっと止めてよ……!」
が、意図に気づいたのか、その途中で俺の服の裾を掴んで動きを制した。
「拓海が悪い訳じゃなくって……というか、そんな深刻な感じじゃないから……!」
「……え、そうなの? 目合わせないから、てっきり俺に言い難いことなのかとばかり……」
「……まあ、そうだけど。でも、拓海は悪くないから!」
「そうなのか……」
罪悪感が晴れ、ほっとする。
が、同時に一つの疑問が頭に浮かんでくる。
「じゃあ、なんでボンヤリしてたんだよ?」
「それは……」
この流れになれば、俺がこの質問をしてくることは察しがつくはず。それでも、目の前で正座している莉乃はその質問に動揺を見せていた。
目を逸らして、一向に俺と目を合わせようとしない。
「……」
莉乃は隠し事が苦手だ。
俺の誕生日にサプライズを計画していたこともあったが、ニンマリとした顔を見れば何かしら企んでいるのは容易に想像がつく。指摘すれば、毎度あっさりと白状してくれる。
莉乃は何でもかんでも顔に出てしまう。が、恐らく本人は気づいていない。
「(言えないことでもあるのかな……)」
窓から差し込む夕焼けが、表情に陰りをもたらす。その陰影は、まるで真実を朧げにさせるように、莉乃を覆っていた。
その覆われたヴェールから時折覗かせる瞳。その瞬間、俺は状況を全て察する。
「なんだ……それならそうと早く言ってくれたら良かったのに」
「え?」と驚きの声を上げる莉乃。顔を上げ、表情が露わになる。
「もう気づいてたってこと……? な、なんで……」
それは愚問だ。俺には分かる。
「確かに相手を意識するばかりで、肝心な方が疎かになる……俺も同じだから、その気持ちは凄く分かるよ」
「――――……っ!」
ヴェールは剥がれ、夕日に照らされた表情が浮き彫りになる。
それを見て、俺は確信した。彼女も同じだと。
だからこそ、自分と同じ思いを抱える幼馴染へ、伝えたい――――
「……俺も一人じゃないと集中できないタイプなんだ」
「――――――――は?」
冷たく吐かれた声。
「え――――……」
その瞬間、俺は息を失った。
たちまち莉乃の雰囲気が変わっていく。
「え、なに? 一人? 集中? 急になに言ってんの? 全ッ然意味分かんないんだけど?」
「だから……一人で勉強するほうが捗るタイプなのかなって。ほら、勉強会って結局はただの名目で、大抵は勉強しないで友達と遊ぶと聞くし」
「いや、脈絡! どっからそうなったの!?」
「どこからって……最初から?」
「最初って―――……じゃあ単なる思わせぶりじゃない!」
怒涛の嵐に弁明することしかできない。
「(あれ、違うの……?)」
俺の確信は全くの見当違いだったらしい。
「えっと、ごめん……」
「ほんっとにもう……! 馬鹿! 最悪! 有り得ない!」
最後には罵声まで浴びせられる始末だった。
「ほんとごめん」
「……絶対に反省してよ」
そう言うと、莉乃はそれ以上黙り込んでしまった。
目の前で顔を赤らめている莉乃。その姿を間近に、俺は身体を動かすことさえできずに座ったまま。
どのくらい時間が経ったかも分からない。一瞬だったかもしれないし、数十分経ったかもしれない。
その間もずっと袖を掴んだまま、莉乃は手を離さなかった。
「…………久しぶりなんだよ、拓海の部屋に来たの」
口を開いた莉乃はそう呟く。が、どうすればいいのか分からず、俺は押し黙る。
「拓海はさ、緊張とかしないの……?」
「俺は……勉強会とかしたことないし……ほら、俺って友達いないから」
「あはは、なにそれ……でも、そういう意味じゃないんだけどな……」
そうぼやくと、莉乃は袖から手を離して前かがみの姿勢を正す。
「……まあ、今はいいや。まだ時間はあるしね」
崩れていた服装を直し、畏まってから莉乃はそう言った。
「莉乃、帰るのか?」
「うん、もうお母さんも帰って来ると思うし」
荷物をまとめて立ち上がり、ドアノブに手を掛けながら、「また明日」と残す莉乃。
扉の開閉音がした後、俺は自身の部屋に一人取り残される。残された俺は、彼女の残滓を眺めることしかできない。
いなくなった光景をただ真っ直ぐと眺めることしか、俺にはできなかった。
今日の活動を終え、ねぐらへと集まっているのだろう。膝元の雑木林に移動した彼らはそのまま陣取り、迫りくる夜に備えていた。
「……もう夕方だし、今日のところは終わりにするか」
その光景を見てようやく、今日の勉強会をお開きにする口実を得られるのだ。
「え、もう? 私、全然切りが良くないんだけど」
莉乃の手元を見ると、ノートはめくられた形跡もなく無地のまま。というより、殆ど手付かずの状態だった。
「はぁ……」
思わず溜息をついてしまう。「なによ」と不機嫌そうに聞いてくる莉乃。
「莉乃、来た時とノートがまるで変化してないみたいだけど? 切りが悪いどころか、スタートラインにさえ立ってないんじゃないの?」
「あ、いや、これは……その……」
口ごもる莉乃。その姿を見て、思い出したように俺は訂正する。
「……ごめん、莉乃を責めてるわけじゃなくって……、俺に色々教えてくれてたからってのはもちろん理解してるつもり」
願い事と称して俺の勉強に付き合ってくれた手前、莉乃には感謝している。
でも、それが莉乃の成績不振に繋がるのかもとなれば、どうしても罪悪感が生まれる。
「俺って莉乃が集中できなくなるようなことしてたか? 無意識だとしても、莉乃の邪魔をしてたなら、俺、謝るよ」
肩が触れるような距離から遠ざかり、面と向かって莉乃に向き合う。
「……! ちょっと止めてよ……!」
が、意図に気づいたのか、その途中で俺の服の裾を掴んで動きを制した。
「拓海が悪い訳じゃなくって……というか、そんな深刻な感じじゃないから……!」
「……え、そうなの? 目合わせないから、てっきり俺に言い難いことなのかとばかり……」
「……まあ、そうだけど。でも、拓海は悪くないから!」
「そうなのか……」
罪悪感が晴れ、ほっとする。
が、同時に一つの疑問が頭に浮かんでくる。
「じゃあ、なんでボンヤリしてたんだよ?」
「それは……」
この流れになれば、俺がこの質問をしてくることは察しがつくはず。それでも、目の前で正座している莉乃はその質問に動揺を見せていた。
目を逸らして、一向に俺と目を合わせようとしない。
「……」
莉乃は隠し事が苦手だ。
俺の誕生日にサプライズを計画していたこともあったが、ニンマリとした顔を見れば何かしら企んでいるのは容易に想像がつく。指摘すれば、毎度あっさりと白状してくれる。
莉乃は何でもかんでも顔に出てしまう。が、恐らく本人は気づいていない。
「(言えないことでもあるのかな……)」
窓から差し込む夕焼けが、表情に陰りをもたらす。その陰影は、まるで真実を朧げにさせるように、莉乃を覆っていた。
その覆われたヴェールから時折覗かせる瞳。その瞬間、俺は状況を全て察する。
「なんだ……それならそうと早く言ってくれたら良かったのに」
「え?」と驚きの声を上げる莉乃。顔を上げ、表情が露わになる。
「もう気づいてたってこと……? な、なんで……」
それは愚問だ。俺には分かる。
「確かに相手を意識するばかりで、肝心な方が疎かになる……俺も同じだから、その気持ちは凄く分かるよ」
「――――……っ!」
ヴェールは剥がれ、夕日に照らされた表情が浮き彫りになる。
それを見て、俺は確信した。彼女も同じだと。
だからこそ、自分と同じ思いを抱える幼馴染へ、伝えたい――――
「……俺も一人じゃないと集中できないタイプなんだ」
「――――――――は?」
冷たく吐かれた声。
「え――――……」
その瞬間、俺は息を失った。
たちまち莉乃の雰囲気が変わっていく。
「え、なに? 一人? 集中? 急になに言ってんの? 全ッ然意味分かんないんだけど?」
「だから……一人で勉強するほうが捗るタイプなのかなって。ほら、勉強会って結局はただの名目で、大抵は勉強しないで友達と遊ぶと聞くし」
「いや、脈絡! どっからそうなったの!?」
「どこからって……最初から?」
「最初って―――……じゃあ単なる思わせぶりじゃない!」
怒涛の嵐に弁明することしかできない。
「(あれ、違うの……?)」
俺の確信は全くの見当違いだったらしい。
「えっと、ごめん……」
「ほんっとにもう……! 馬鹿! 最悪! 有り得ない!」
最後には罵声まで浴びせられる始末だった。
「ほんとごめん」
「……絶対に反省してよ」
そう言うと、莉乃はそれ以上黙り込んでしまった。
目の前で顔を赤らめている莉乃。その姿を間近に、俺は身体を動かすことさえできずに座ったまま。
どのくらい時間が経ったかも分からない。一瞬だったかもしれないし、数十分経ったかもしれない。
その間もずっと袖を掴んだまま、莉乃は手を離さなかった。
「…………久しぶりなんだよ、拓海の部屋に来たの」
口を開いた莉乃はそう呟く。が、どうすればいいのか分からず、俺は押し黙る。
「拓海はさ、緊張とかしないの……?」
「俺は……勉強会とかしたことないし……ほら、俺って友達いないから」
「あはは、なにそれ……でも、そういう意味じゃないんだけどな……」
そうぼやくと、莉乃は袖から手を離して前かがみの姿勢を正す。
「……まあ、今はいいや。まだ時間はあるしね」
崩れていた服装を直し、畏まってから莉乃はそう言った。
「莉乃、帰るのか?」
「うん、もうお母さんも帰って来ると思うし」
荷物をまとめて立ち上がり、ドアノブに手を掛けながら、「また明日」と残す莉乃。
扉の開閉音がした後、俺は自身の部屋に一人取り残される。残された俺は、彼女の残滓を眺めることしかできない。
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