れすとあ ─モンキーガール、風になる─

海凪ととかる

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18.ハイドロプレーニング現象(佑樹)

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 7月に入り、例年通りならそろそろ梅雨明けも近い。そして、梅雨が明ければすぐに夏休みだ。
 厚い雲が雷光で一瞬光り、数秒遅れで雷鳴が轟く。梅雨に雷が鳴ったら、それはいよいよ梅雨明けが間近い証拠だとかなんとか。

 今年の夏はどこに行くかなー? 

 自転車しかなかった去年までとは違い、今年の僕には[しるばー]という頼もしい相棒がいる。バイトもしてるから軍資金もある。

 この前燃費を計ったら1㍑平均65㌔走っていた。モンキーは5㍑タンクだから単純計算で一回の給油で325㌔走れることになる。伊勢から東京までで約400㌔であることを考えると理論上はかなり遠くまで行ける。
 ……行けるけど、乗り手である僕の体力がもたんからそこまで無茶はやらん。バイクは乗ってるだけでもそこそこ体力消耗するから、片道2時間のツーリングぐらいが一番楽しいと思う。片道2時間だとどこまで行けるかなー。
 
 そんなことをつらつらと考えながらモンキーで登校中の僕がゴーグルを左手でちょっと調整した直後、それまで小降りだった雨が再びドシャ降りの豪雨になった。道路がまるで川のようになり、視界もかなり悪い。

「うー、朝からこれはしんどいなー」

 新しく買ったレインシューズのおかげで靴下は濡れてないが、半ヘルにゴーグルの顔には大粒の雨がもろに当たってきて痛い。 
 こんな日はちょっとスピードを出すだけで、タイヤと路面の間に水の膜ができて操縦不能になるハイドロプレーニング現象が起きる。操縦不能になったバイクは転倒こけるしかない。
 モンキーのタイヤは排水能力の高いブロックタイヤだから雨にはそこそこ強いとはいえ、道路が川みたいになってるこの状態はさすがに危ない。僕はアクセルを緩めて、普段なら50km/hぐらいで走る道を30km/hぐらいに速度を抑えて慎重に走る。

 香奈ちゃんが免許取れたら、雨の日の運転も教えたらないかんなー、と頭の中にメモっておく。今の時期、雨の日の教習もあるだろうが、車体が重くて重心が下にある教習用の400ccと、車体が小さくて車体とライダーの重さが同じぐらいのモンキーとでは雨の日どころかそもそも運転の仕方からして違う。

 香奈は天才──それも努力の天才だ。
 あのモンキーを直すと決めた日から、学校では筆記試験に備えて交通法規を勉強し、放課後は教習の予定が入っている日は自動車学校に行き、そうでない日は僕の家に来て、モンキーの整備に打ち込んでいる。

 本人は勉強ができないアホの子だと自分を卑下していたが、ぶっちゃけ香奈は勉強をしてこなかったから基礎ができてないだけで、地頭はかなり賢い。
 とりわけ本気で何かに取り組んだ時の集中力は凄まじく、集中力を途切れさせることなくずっと続けることができている。ゾーンに入るとかスポ根マンガとかではおなじみだが、香奈の場合、集中している時は普通にゾーンに入っているように感じる。本人にとってはただの集中している状態らしいが、普通の人間ではそこまで集中力は続かない。
 このストイックさこそが彼女を日本一のスプリンターにした原動力やったんやな、と実際に自分の目で見て納得した。

 そんな集中力を駆使した結果、最初は起こすことすらできなかった400ccの教習用バイクもすぐに乗れるようになり、持ち前の運動神経の良さであっという間に勘所かんどころを掴んで、難しいS字やスラロームや一本橋もあっさりこなせるようになって教習もすでに第2段階が終わりかけ。筆記と実技両方で卒業検定を残すのみとなった。
 とはいえ、400ccの教習バイクに乗り慣れても、香奈本人は「早く400ccとはおさらばしてモンキーに乗りたいよぅ」と口癖のように言ってるから、早く乗れるようにモンキーの整備も急がなきゃな。



 姉貴によって[メッキー]と命名されたあの6Vゴールドメッキ・モンキーの整備は思った以上に大変だった。なにしろ40年も前のバイクで数十年放置されていた代物だ。エンジンやフレームといった頑丈な部分はともかく、消耗部品や電装系は経年劣化が著しい。

 まずは一旦全部バラバラにしてそれぞれの部品を検査し、使える部品は磨き上げ、心許ない部品は新品に替え、錆びている箇所は丁寧に錆を落として再塗装した。

 あちこちで断線していた配線束ワイヤーハーネスも新品に替え、パンクしていたチューブ式タイヤはチューブのみならず外側のタイヤもゴムが劣化してひび割れていたので丸ごと新品に換え、タイヤ内蔵のドラムブレーキの摩擦材シューも新品に換えた。

 エンジンからはドロドロになった古いオイルを抜いて内部を洗浄して新しいオイルを入れ直し、磨耗していたピストンリングも新しい物に換えた。

 エンジンに空気中のホコリや塵を吸い込まないようにする為のエアーフィルターは、元々社外品のパワーフィルターに換えてあったが、75ccのエンジンに対してあまりにも大きすぎる気化器キャブレターとパワーフィルターでかえってエンジンの性能を下げていたので、適正なサイズのキャブレターとパワーフィルターに買い換えた。

 難しい作業は基本的に僕がやってやっているが、香奈も毎日手をオイルで真っ黒にして頑張っている。

 破れていた革張りのシートは裁縫が得意な姉貴が修理してくれた。

 スロットルケーブルとブレーキケーブルが内部で錆びていて動きが悪くなっているので、新品に換える予定で現在注文している。それさえ交換すれば一通りの修理は終わり…………だと思うけど、終わってくれるとええけどな。
 なにしろこういう古いバイクの再生レストアの場合、一つの問題が解決した、と思ったらすぐ次の問題が明らかになる。今回のスロットルケーブルとブレーキケーブルの不具合のついても、エンジン周りの修理が終わり、いざエンジンを始動してみたところで明らかになった問題だ。
 とりあえずエンジンが問題なく動くようになりさえすれば、あとの調整は実際に乗りながらということになる。

 卒業検定は明日なので、明日うまく香奈が教習所を卒業できて免許を取れればタイミング的にもちょうどいいはずだ。香奈自身もそのつもりで勉強を頑張っている。

 まあ、あんだけ集中して勉強して実際に結果も出しとるんやでそこまで心配せんでも普通に合格するやろ、と僕は割と楽観視している。
 なんにせよ、学校に着いたら卒業検定に備えて最後の追いこみ勉強やな。

 そんなことを考えながら峠道を上っていく僕の横を、僕と同じ相鹿高校指定の合羽を着た生徒の白いバイクが追い越していく。特徴的なそのシルエットに思わず目を奪われた。
 モンキーとほぼ同サイズのミニバイク。モンキーをベースにして、より街乗りに特化させた兄弟車、HONDA Z50J GORILLAゴリラだ。この白いゴリラはごく最近になって学校の駐輪場で見かけるようになったので気になっていたが、走っている姿は初めて見る。

 見たところナンバープレートは白だからノーマルの50cc。改造している様子もないから本当の純正品だと思う。
 モンキーと同じフレームを使っている兄弟車だけあって形もよく似ているが、モンキーの5㍑タンクに対しゴリラはかなり大きな9㍑タンク。モンキーは後ろにだけ荷台キャリアがあるのに対し、ゴリラには前後それぞれにキャリアがあるので積載能力も高い。車に積んで目的地まで持って行けるよう、モンキーはハンドルやステップが折り畳み式になっているのに対し、ゴリラは固定されているのでその分安定性が高く、長距離を走るのにも向いている。

 元々、車で運んで出かけた先で使うことが前提のレジャー用バイクとして設計されたモンキーを街乗り用に派生させたのがゴリラだ。

 ふーむ。ゴリラはゴリラでええよなぁ。モンキーにはないワイルドさがあるんよなぁ。
 
 のんきに観察する僕の目の前で、そいつの乗るゴリラがカーブで不自然に傾く。ハッと注目すると後輪が滑っている。ハイドロプレーニングだ。しかもなお悪いことにブレーキランプが赤く光る。

「あかんっ! 滑ってる時にブレーキ踏んだら転けるぞ!」

 思わず叫んだが肉声では届くはずもなく、もうすでに手遅れだった。










【作者コメント】

 モンキーの兄弟車であるゴリラの初登場は1978年。最初の5リットルタンクのモンキーと同時に発売されました。その時のモンキーはまだ3速ミッションでしたがゴリラは最初から4速ミッションとして登場しました。モンキーと同じくゴリラもモデルチェンジを繰り返していきますが1985年登場のモデルで一旦完成形となり、以後はほとんどモデルチェンジはなく、モンキーと同じく6Vから12Vに変更となる1998年が最後のモデルチェンジとなり、長年ゴリラの特徴の一つであったフロントキャリアはこの1998年モデルからは廃止されます。

ゴリラ1978
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