19 / 37
18.ハイドロプレーニング現象(佑樹)
しおりを挟む7月に入り、例年通りならそろそろ梅雨明けも近い。そして、梅雨が明ければすぐに夏休みだ。
厚い雲が雷光で一瞬光り、数秒遅れで雷鳴が轟く。梅雨に雷が鳴ったら、それはいよいよ梅雨明けが間近い証拠だとかなんとか。
今年の夏はどこに行くかなー?
自転車しかなかった去年までとは違い、今年の僕には[しるばー]という頼もしい相棒がいる。バイトもしてるから軍資金もある。
この前燃費を計ったら1㍑平均65㌔走っていた。モンキーは5㍑タンクだから単純計算で一回の給油で325㌔走れることになる。伊勢から東京までで約400㌔であることを考えると理論上はかなり遠くまで行ける。
……行けるけど、乗り手である僕の体力がもたんからそこまで無茶はやらん。バイクは乗ってるだけでもそこそこ体力消耗するから、片道2時間のツーリングぐらいが一番楽しいと思う。片道2時間だとどこまで行けるかなー。
そんなことをつらつらと考えながらモンキーで登校中の僕がゴーグルを左手でちょっと調整した直後、それまで小降りだった雨が再びドシャ降りの豪雨になった。道路がまるで川のようになり、視界もかなり悪い。
「うー、朝からこれはしんどいなー」
新しく買ったレインシューズのおかげで靴下は濡れてないが、半ヘルにゴーグルの顔には大粒の雨がもろに当たってきて痛い。
こんな日はちょっとスピードを出すだけで、タイヤと路面の間に水の膜ができて操縦不能になるハイドロプレーニング現象が起きる。操縦不能になったバイクは転倒るしかない。
モンキーのタイヤは排水能力の高いブロックタイヤだから雨にはそこそこ強いとはいえ、道路が川みたいになってるこの状態はさすがに危ない。僕はアクセルを緩めて、普段なら50km/hぐらいで走る道を30km/hぐらいに速度を抑えて慎重に走る。
香奈ちゃんが免許取れたら、雨の日の運転も教えたらないかんなー、と頭の中にメモっておく。今の時期、雨の日の教習もあるだろうが、車体が重くて重心が下にある教習用の400ccと、車体が小さくて車体とライダーの重さが同じぐらいのモンキーとでは雨の日どころかそもそも運転の仕方からして違う。
香奈は天才──それも努力の天才だ。
あのモンキーを直すと決めた日から、学校では筆記試験に備えて交通法規を勉強し、放課後は教習の予定が入っている日は自動車学校に行き、そうでない日は僕の家に来て、モンキーの整備に打ち込んでいる。
本人は勉強ができないアホの子だと自分を卑下していたが、ぶっちゃけ香奈は勉強をしてこなかったから基礎ができてないだけで、地頭はかなり賢い。
とりわけ本気で何かに取り組んだ時の集中力は凄まじく、集中力を途切れさせることなくずっと続けることができている。ゾーンに入るとかスポ根マンガとかではおなじみだが、香奈の場合、集中している時は普通にゾーンに入っているように感じる。本人にとってはただの集中している状態らしいが、普通の人間ではそこまで集中力は続かない。
このストイックさこそが彼女を日本一のスプリンターにした原動力やったんやな、と実際に自分の目で見て納得した。
そんな集中力を駆使した結果、最初は起こすことすらできなかった400ccの教習用バイクもすぐに乗れるようになり、持ち前の運動神経の良さであっという間に勘所を掴んで、難しいS字やスラロームや一本橋もあっさりこなせるようになって教習もすでに第2段階が終わりかけ。筆記と実技両方で卒業検定を残すのみとなった。
とはいえ、400ccの教習バイクに乗り慣れても、香奈本人は「早く400ccとはおさらばしてモンキーに乗りたいよぅ」と口癖のように言ってるから、早く乗れるようにモンキーの整備も急がなきゃな。
姉貴によって[メッキー]と命名されたあの6Vゴールドメッキ・モンキーの整備は思った以上に大変だった。なにしろ40年も前のバイクで数十年放置されていた代物だ。エンジンやフレームといった頑丈な部分はともかく、消耗部品や電装系は経年劣化が著しい。
まずは一旦全部バラバラにしてそれぞれの部品を検査し、使える部品は磨き上げ、心許ない部品は新品に替え、錆びている箇所は丁寧に錆を落として再塗装した。
あちこちで断線していた配線束も新品に替え、パンクしていたチューブ式タイヤはチューブのみならず外側のタイヤもゴムが劣化してひび割れていたので丸ごと新品に換え、タイヤ内蔵のドラムブレーキの摩擦材も新品に換えた。
エンジンからはドロドロになった古いオイルを抜いて内部を洗浄して新しいオイルを入れ直し、磨耗していたピストンリングも新しい物に換えた。
エンジンに空気中のホコリや塵を吸い込まないようにする為のエアーフィルターは、元々社外品のパワーフィルターに換えてあったが、75ccのエンジンに対してあまりにも大きすぎる気化器とパワーフィルターでかえってエンジンの性能を下げていたので、適正なサイズのキャブレターとパワーフィルターに買い換えた。
難しい作業は基本的に僕がやってやっているが、香奈も毎日手をオイルで真っ黒にして頑張っている。
破れていた革張りのシートは裁縫が得意な姉貴が修理してくれた。
スロットルケーブルとブレーキケーブルが内部で錆びていて動きが悪くなっているので、新品に換える予定で現在注文している。それさえ交換すれば一通りの修理は終わり…………だと思うけど、終わってくれるとええけどな。
なにしろこういう古いバイクの再生の場合、一つの問題が解決した、と思ったらすぐ次の問題が明らかになる。今回のスロットルケーブルとブレーキケーブルの不具合のついても、エンジン周りの修理が終わり、いざエンジンを始動してみたところで明らかになった問題だ。
とりあえずエンジンが問題なく動くようになりさえすれば、あとの調整は実際に乗りながらということになる。
卒業検定は明日なので、明日うまく香奈が教習所を卒業できて免許を取れればタイミング的にもちょうどいいはずだ。香奈自身もそのつもりで勉強を頑張っている。
まあ、あんだけ集中して勉強して実際に結果も出しとるんやでそこまで心配せんでも普通に合格するやろ、と僕は割と楽観視している。
なんにせよ、学校に着いたら卒業検定に備えて最後の追いこみ勉強やな。
そんなことを考えながら峠道を上っていく僕の横を、僕と同じ相鹿高校指定の合羽を着た生徒の白いバイクが追い越していく。特徴的なそのシルエットに思わず目を奪われた。
モンキーとほぼ同サイズのミニバイク。モンキーをベースにして、より街乗りに特化させた兄弟車、HONDA Z50J GORILLAだ。この白いゴリラはごく最近になって学校の駐輪場で見かけるようになったので気になっていたが、走っている姿は初めて見る。
見たところナンバープレートは白だからノーマルの50cc。改造している様子もないから本当の純正品だと思う。
モンキーと同じフレームを使っている兄弟車だけあって形もよく似ているが、モンキーの5㍑タンクに対しゴリラはかなり大きな9㍑タンク。モンキーは後ろにだけ荷台があるのに対し、ゴリラには前後それぞれにキャリアがあるので積載能力も高い。車に積んで目的地まで持って行けるよう、モンキーはハンドルやステップが折り畳み式になっているのに対し、ゴリラは固定されているのでその分安定性が高く、長距離を走るのにも向いている。
元々、車で運んで出かけた先で使うことが前提のレジャー用バイクとして設計されたモンキーを街乗り用に派生させたのがゴリラだ。
ふーむ。ゴリラはゴリラでええよなぁ。モンキーにはないワイルドさがあるんよなぁ。
のんきに観察する僕の目の前で、そいつの乗るゴリラがカーブで不自然に傾く。ハッと注目すると後輪が滑っている。ハイドロプレーニングだ。しかもなお悪いことにブレーキランプが赤く光る。
「あかんっ! 滑ってる時にブレーキ踏んだら転けるぞ!」
思わず叫んだが肉声では届くはずもなく、もうすでに手遅れだった。
【作者コメント】
モンキーの兄弟車であるゴリラの初登場は1978年。最初の5リットルタンクのモンキーと同時に発売されました。その時のモンキーはまだ3速ミッションでしたがゴリラは最初から4速ミッションとして登場しました。モンキーと同じくゴリラもモデルチェンジを繰り返していきますが1985年登場のモデルで一旦完成形となり、以後はほとんどモデルチェンジはなく、モンキーと同じく6Vから12Vに変更となる1998年が最後のモデルチェンジとなり、長年ゴリラの特徴の一つであったフロントキャリアはこの1998年モデルからは廃止されます。
ゴリラ1978
8
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
義妹と旅する車中泊生活
桜井正宗
青春
義妹の『歩花』(あゆか)は、兄である大学生の『回』(カイ)が大好きで、どこでもついて行く。ある日、回が普通自動車免許を取った。車を買うお金はなかったけれど、カーシェアリングでドライブへ出かけた。帰りに歩花が宝くじを購入。それが高額当選した。そのお金でキャンピングカーを買い、大好きな兄へ送った。
回は、夏休みを利用して可愛いJK義妹と共に全国を巡る旅に出る――。
※カクヨムでも掲載中です
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
