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第一章:覚醒せよ、灰かぶりの勇者――ゴーストタウンに隠された声
第25話:剣よりも温かいもの
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目を覚ますと――見知らぬ天井があった。
俺は……確か、夜になって、幽霊が大量に現れて……
そして俺は――
剣士らしくもなく、剣を手放し、子どものように泣いていた。
情けない。
もう二度と泣かないと誓ったのに。
――あの日、髪を切って「俺」になった日のことを思い出す。
「……幽霊たちは、どうなった?」
現状を把握しようと、周囲を見回しながらマオウに尋ねた。
「今は、私の分身が囮になって時間を稼いでいる。だが、状況は芳しくない。
魔法は悪霊に効きづらい。憎しみで再生するから、まとめて一気に消さないとダメだ。
火力を上げすぎれば、セリナが死んでしまう。
信仰系の魔法があればいいが……私は神を信仰していない」
「――セリナはどうなった!?」
俺はその言葉で、彼女が今ここにいないことに気づいた。
「あのバカ、あまりに単純すぎて悪霊に取り憑かれた。
戻ったら精神を叩き直してやる。私に迷惑をかけた分だけ、しっかりとな」
そう言いつつ、マオウは手を止めず、戦術メモを書き続けている。
それに比べて、俺は……。
「……俺のせいだ。俺が冒険者の依頼なんて言い出したから。
俺が幽霊を怖がらなければ……」
「全部、起きなかった――そう言いたいのか?
何様のつもりだ」
マオウの声は冷静だったが、言葉は鋭かった。
「自分を責めて楽になれるのなら、勝手にすればいい。
だけど、セリナはそれで帰ってこない」
……ムカつく。
いつだって正論しか言わない、この男が。
正しさを突きつけられるたび、俺は自分がみじめで、汚くて、弱い存在に思えてしまう。
そして――自分を嫌いになる。
もし、あの時、この男のように振る舞えていたら……と、
そんな“もしも”を考える自分にも腹が立った。
「……じゃあ、俺なんか、もう捨てればいいじゃないか。
今の俺は足手まといで、何もできない……無力なんだ」
「――違う」
マオウは、静かに、けれど強く言った。
「君は、十二分に役に立った。
あのセリナを、ここまで鍛え上げたことに、私は心底驚いている。
私が初めて彼女を見たとき、“この娘が勇者?”と絶望しか感じなかった。
だが君の訓練があったからこそ、今の彼女がある。
私に一撃を与えた――それが、たとえ悪霊に取り憑かれていたとはいえ、
昔の彼女には決してできなかったことだ」
「……」
「君は――優秀な師だ。
……少なくとも、私よりはな」
「それなら、もう俺には用済みだろ?
鍛えるって役目が終わったなら、もう俺なんかいらないだろ。
どうせ、最後は皆、俺から離れていく……
マサキ兄も、師匠も……そしてお前も――」
俺は何を言ってほしかったのか、自分でもわからなかった。
「――私は、君がほしい」
その言葉に、俺は――動けなくなった。
「え……?」
予想していたどんな言葉とも違った。
「君の剣が好きだ。
その技術は、美しいとすら思った。
あれほどまでに洗練された剣技――私は見たことがない。
だから、決めた。
……その娘を、必ず手に入れると」
「嘘だ。
ただ都合のいい“家庭教師”がほしかっただけだろ。
俺を利用して――」
「利用したさ。だが、それだけに使うには惜しい。
私は、君の“すべて”がほしくなった。
君には、それだけの価値がある」
「俺は……姫だよ。
お前と釣り合うわけが――」
「……釣り合わないだろうな。
けれど、私は諦めない。
君を手に入れるまで、何度でも挑むだけだ」
「俺なんて……全然女の子らしくない。
全然可愛くないじゃないか。」
「それがどうした。
人間の価値観に縛られて、私が動けなくなるとでも?
“君の価値”を理解できない者は、所詮、“普通の人間”で終わるだけだ」
「……欲張りすぎだよ。
まるで、本物の魔王みたいだ」
――俺は、怖かった。
ずっと押し殺していた気持ちが、今にもあふれ出しそうだった。
俺は、剣を振るうために、全部捨てた。
家族も、師弟も、“女としての自分”も。
剣しかなかった。
剣だけが、俺を認めてくれた、私を守ってくれた。
だから――剣が通じない“幽霊”が、どうしても怖かった。
……でも。
そんな俺が、剣以外を望んでも――いいのだろうか?
「君を手に入れるために“魔王”になる必要があるのなら、
私はただ、それに“なる”だけだ。
なにせ――
私は、“欲しいものすべて”を手にする、強欲な魔王だからな」
その夜、私は――
はじめて“女”としての自分を、見つけた気がした。
彼の前でだけは、女でいたいと思った。
***
その頃――
「……あれはずるいですよね。
“君がほしい”なんて――
女の子じゃなくても、恋しちゃいますわ♪」
モリアは、惰眠をむさぼる天使の隣で、
静かにそのやり取りを想像しながら微笑んだ。
「“全知の力”じゃなく、ただの“君”がほしい――
それを本心から言っていたこと、私は知っています。
……だから私も、あなたを愛してしまうのですわ、まおうさま」
俺は……確か、夜になって、幽霊が大量に現れて……
そして俺は――
剣士らしくもなく、剣を手放し、子どものように泣いていた。
情けない。
もう二度と泣かないと誓ったのに。
――あの日、髪を切って「俺」になった日のことを思い出す。
「……幽霊たちは、どうなった?」
現状を把握しようと、周囲を見回しながらマオウに尋ねた。
「今は、私の分身が囮になって時間を稼いでいる。だが、状況は芳しくない。
魔法は悪霊に効きづらい。憎しみで再生するから、まとめて一気に消さないとダメだ。
火力を上げすぎれば、セリナが死んでしまう。
信仰系の魔法があればいいが……私は神を信仰していない」
「――セリナはどうなった!?」
俺はその言葉で、彼女が今ここにいないことに気づいた。
「あのバカ、あまりに単純すぎて悪霊に取り憑かれた。
戻ったら精神を叩き直してやる。私に迷惑をかけた分だけ、しっかりとな」
そう言いつつ、マオウは手を止めず、戦術メモを書き続けている。
それに比べて、俺は……。
「……俺のせいだ。俺が冒険者の依頼なんて言い出したから。
俺が幽霊を怖がらなければ……」
「全部、起きなかった――そう言いたいのか?
何様のつもりだ」
マオウの声は冷静だったが、言葉は鋭かった。
「自分を責めて楽になれるのなら、勝手にすればいい。
だけど、セリナはそれで帰ってこない」
……ムカつく。
いつだって正論しか言わない、この男が。
正しさを突きつけられるたび、俺は自分がみじめで、汚くて、弱い存在に思えてしまう。
そして――自分を嫌いになる。
もし、あの時、この男のように振る舞えていたら……と、
そんな“もしも”を考える自分にも腹が立った。
「……じゃあ、俺なんか、もう捨てればいいじゃないか。
今の俺は足手まといで、何もできない……無力なんだ」
「――違う」
マオウは、静かに、けれど強く言った。
「君は、十二分に役に立った。
あのセリナを、ここまで鍛え上げたことに、私は心底驚いている。
私が初めて彼女を見たとき、“この娘が勇者?”と絶望しか感じなかった。
だが君の訓練があったからこそ、今の彼女がある。
私に一撃を与えた――それが、たとえ悪霊に取り憑かれていたとはいえ、
昔の彼女には決してできなかったことだ」
「……」
「君は――優秀な師だ。
……少なくとも、私よりはな」
「それなら、もう俺には用済みだろ?
鍛えるって役目が終わったなら、もう俺なんかいらないだろ。
どうせ、最後は皆、俺から離れていく……
マサキ兄も、師匠も……そしてお前も――」
俺は何を言ってほしかったのか、自分でもわからなかった。
「――私は、君がほしい」
その言葉に、俺は――動けなくなった。
「え……?」
予想していたどんな言葉とも違った。
「君の剣が好きだ。
その技術は、美しいとすら思った。
あれほどまでに洗練された剣技――私は見たことがない。
だから、決めた。
……その娘を、必ず手に入れると」
「嘘だ。
ただ都合のいい“家庭教師”がほしかっただけだろ。
俺を利用して――」
「利用したさ。だが、それだけに使うには惜しい。
私は、君の“すべて”がほしくなった。
君には、それだけの価値がある」
「俺は……姫だよ。
お前と釣り合うわけが――」
「……釣り合わないだろうな。
けれど、私は諦めない。
君を手に入れるまで、何度でも挑むだけだ」
「俺なんて……全然女の子らしくない。
全然可愛くないじゃないか。」
「それがどうした。
人間の価値観に縛られて、私が動けなくなるとでも?
“君の価値”を理解できない者は、所詮、“普通の人間”で終わるだけだ」
「……欲張りすぎだよ。
まるで、本物の魔王みたいだ」
――俺は、怖かった。
ずっと押し殺していた気持ちが、今にもあふれ出しそうだった。
俺は、剣を振るうために、全部捨てた。
家族も、師弟も、“女としての自分”も。
剣しかなかった。
剣だけが、俺を認めてくれた、私を守ってくれた。
だから――剣が通じない“幽霊”が、どうしても怖かった。
……でも。
そんな俺が、剣以外を望んでも――いいのだろうか?
「君を手に入れるために“魔王”になる必要があるのなら、
私はただ、それに“なる”だけだ。
なにせ――
私は、“欲しいものすべて”を手にする、強欲な魔王だからな」
その夜、私は――
はじめて“女”としての自分を、見つけた気がした。
彼の前でだけは、女でいたいと思った。
***
その頃――
「……あれはずるいですよね。
“君がほしい”なんて――
女の子じゃなくても、恋しちゃいますわ♪」
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静かにそのやり取りを想像しながら微笑んだ。
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