特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第107話

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 昔、茂斗は護身術の稽古中に骨を折る大怪我を負ったことがある。瑛大もバスケの練習中に頭を四針縫う大怪我を負ったことがある。
 でも、二人とも普通なら激痛に泣いてしまうような怪我をしても、脂汗こそ大量に流しこそすれ涙は一滴も零さなかった。
 僕が知る限り、茂斗と瑛大はとても我慢強くて、よほどのことがない限り泣いたことがなかった。記憶が確かなら、茂斗と瑛大が最後に泣いたのは初等部に入学する前だったはず。
 それに比べて僕は泣き虫で、しょっちゅう泣いていた。
 痛いのも苦しいのも耐えられなくて身を守るために習わされていた護身術は数ヶ月経たずにやめてしまったし、辛い事や怖い事があってもすぐに泣いていた。
 あまりにも堪え性のない僕に、父さん達からは『もう少し我慢しなさい』って呆れられたこともあった。
 けどその度に虎君が『人には得手不得手があるから』って僕を庇ってくれて、怒られて泣いてる僕を慰めてくれていた。
 だから、僕は安心してた。虎君の前では泣くことを我慢しなくていいんだって。
 でも、その認識が違ってたなんて、ショックなんて言葉じゃ言い表せない……。
「葵? どうした?」
「ご、めん……、なんでもない……」
 ショックのあまり固まってしまっていた僕に掛けられる声は、いつも通り。どうやら隠していた本音が僕に漏れてしまったって気づいてないみたいだ。
 僕は、それなら気づかなかった振りをして忘れようって思ったんだけど、顔が引き攣って全然笑えない。
 案の定、虎君は僕の異変にすぐに気が付いて心配そうに眉を下げてしまう。
 いつも通り優しい虎君。でも、無理してるのかもしれないって思ったら、甘えられないよ……。
「葵……?」
 不自然にならないように身を放すけど、僕らしくないって思うよね。虎君、いつもなら抱き着いて甘えてくるだろうになんで離れるんだって顔してるもん。
 僕は一瞬、なんでもないって言い張ろうかと思った。
 でも、隠し事をされるのはすごく辛いって今身を持って体験してるから、せめて僕は隠し事をせずに虎君に向き合いたいって手を握り締めた。
「虎君、嫌、なんだよね……。僕が泣くの……」
「え?」
「ご、ごめんね? 僕、全然気づかなくて、ずっと甘えちゃってて……。これからはなるべく泣かないようにするからっ」
 どうしても我慢できなくて泣いちゃいそうな時は虎君と顔を合わせないようにするから。
 そう早口で伝えてる最中も泣きそうだったけど、我慢。これ以上虎君に迷惑をかけたくないから。
 すると虎君はすごくびっくりした顔をして「ちょっと落ち着いて」って僕の肩を掴んで顔を覗き込んできた。
「いきなりどうしたんだよ? 俺、葵が泣くのが嫌だなんて一言も言ってないよな? なんでそんな話になってるんだ?」
「『なんで』って……、虎君がさっき言ったんじゃない! 僕の『泣き顔は見たくない』って!」
「いや、言ってないよな? ……うん、絶対言ってない」
 嘘吐きって声を荒げたらまた涙が目頭を熱くして、自分が嫌になる。
 虎君はそんな僕に「俺がそんなこと言うわけない」って真剣な顔。我慢できずに涙が声で「言ったもん……」って鼻を啜ってしまったら、虎君は凄く辛そうに顔を顰めた……。
「顔見ないようにしてたし、泣き止んでて安心してたって言ってたじゃない……」
「! 違うっ! あれはそういう意味じゃないからっ!!」
 我慢できずにポロポロと零れてくる涙を拭いたいけど、虎君が僕の手を握り締めるからそれもままならない。
 否定してくれる言葉を信じたいけど、嘘かもしれないって思ったら言葉を受け入れることはできない。虎君を疑う自分が、凄く凄く嫌いになった……。
「嘘、吐かれるのは辛いよ……」
「っ――――、葵、ごめん。でも本当に違うんだ。頼むから、言い訳させてくれないか……?」
 懇願してくる虎君。僕は鼻を啜りながらも下唇を噛みしめて小さく頷いた。
 虎君の事を信じてるから、さっきの言葉の真意が知りたい。虎君が僕の泣き顔が苦手な理由、ちゃんと理解したい……。
「誤解させて本当にごめん。……さっき言ったのは、怒りを抑えられなくなるからって意味だったんだ……」
「……どういうこと……?」
 虎君は困ったように笑うけど、僕にはちょっと難しすぎて理解できない。
 分からないよって眉を下げたら、虎君はますます困った顔をして笑った。
「さっきさ、正直、瑛大のことボコボコにしそうだったんだ」
「えっ……」
「頭に血が上る前に何とか衝動は抑えたけど、葵の泣き顔見たら絶対抑えられないって分かってたから、だから、な……」
 僕を抱きしめた理由を教えてくれる虎君は、「大人げないけど」って言葉を続ける。
「茂斗が折角悪役かって出てくれたのに、もしあの時葵がまだ泣いてたら俺は間違いなく瑛大を殴ってたと思う」
「な、んで……?」
 だから、あの言葉。
 そう苦笑しながらも、言葉選びが悪かったって謝ってくれる虎君。
 僕はどうしてそこまで怒ってくれるのかと聞いてしまった。分かってるのに、虎君の口から『答え』が欲しかったから……。
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