弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜

自来也

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第64話 空を見上げるドラゴン

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「あ!アルキだ!」

「アルキさん!久しぶりですね!」

 僕が向かったのは閉店間際のパン屋、ラヴィはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。

「もうそろそろ終わりかな?ちょっとラヴィと散歩してきてもいいかな?」

「お散歩!でもお掃除がまだ……」

「後は私がやっておくから行っておいで」

「良いの!じゃあラヴィが焼いたパン持っていく!」

 ついに自分で焼けるまでになったのか。子供……ではないが成長は早いものだ。

 トーカに見送られ店を出る。手に持ったバスケットいっぱいのパンからはバターの良い香りが漂ってくる。

「これはね!焼き方にコツ?があるの!えっとね!こっちはね!」

 楽しそうにパンの紹介をしてくるラヴィからパンを受け取り口に運ぶとほんのりとした甘さが口に広がった。

「ラヴィは今の生活楽しい?」

 僕の質問にラヴィは太陽のような笑顔で答える。

「楽しい!だって”かんばんむすめ”だからね!変な人が来てもね!ハルドさんが追い払ってくれるの!『うちの娘に手を出すなぁ!』ってね!面白いよね!トーカのお父さんなのにね!」

 ハルドさん……

「アルキももっと来たら良いのに!ジークもいっぱい買っていってくれるんだよ!買いすぎてパンが無くなっちゃう時があるの!その時はちょっと文句言う!」

「ははっ、きっと訓練のご褒美にでも買っているんだろうね」

「ご褒美!ラヴィのパンはご褒美なの!?」

「うん、ラヴィが一生懸命作ったパンだもん。みんなのご褒美だよ」

「そっか……!じゃあいっぱいご褒美作らなきゃね!」

 ラヴィの笑顔を見ているともう大丈夫なのだと確信する。少しだけ胸の奥がチクリと傷んだ。

「えっとね!あのね!」

「ラヴィ……」

 ラヴィの言葉を遮って僕は口を開く。

「うん!何?」

「最初に出会った時の事覚えてる?」

「覚えてるよ!アルキはね!ラヴィの事見てカッコいいって言ってくれたの!」

「驚いたよ、金ピカのドラゴンなんて初めて見たからね。本当にカッコよくてさ」

「それからね!ブランコ!」

「そうだね、思えばあれからすごい仲良くなれたよね」

 寂しい中庭に設置した簡単なブランコ。ただ座っているだけで遊び方が分からないラヴィの背中を押したんだっけ。何回も何回も……。

「アルキ、泣いてるの?」

 僕の顔を覗き込んで心配してくれるラヴィ、胸の奥から溢れ出す熱いものを押しとどめて話を続ける。

「ちょっと目にゴミが入っただけだよ」

「そっか!そうだよね!もう悲しい事なんてないよね!みんなが卒業してもアルキはすぐに帰ってくるって言ってたし!」

 ラヴィの顔からは不安が見て取れる……もしかしたら僕が思っているよりラヴィは……。

「ラヴィはもう大丈夫だよね」

「う、うん……なんで?ラヴィは大丈夫だけど……なんでそんな悲しそうな顔するの……?」

「ラヴィ」

 僕はラヴィの手をぎゅっと握りしめ……ゆっくりと口を開く。

「ありがとう、ラヴィからはいっぱい元気を貰ったよ。怖がりだったドラゴンが、今は誰かのご飯を作ってる」

「……?」

 ラヴィは不安そうな顔で首をかしげる。

「えっと……それ、どういう意味?」

「ラヴィがここまで来たのは、全部ラヴィ自身の力だよ。僕は、ちょっと背中を押しただけ」

 ラヴィの指が、僕の服をきゅっと掴む。

「アルキ……行っちゃうの?」

 その一言は、とても小さくて、でも確かに胸に突き刺さった。

「……うん」

 誤魔化さなかった。ここだけは、ちゃんと向き合わなきゃいけない。

「すぐ、じゃないけどね。でも……この世界には、もう戻れないかもしれない」

 ラヴィはしばらく黙っていた。
 笑顔も、困った顔もなく、ただぎゅっと唇を結んで。

 でも……前のように駄々をこねたりはしない。実は僕が思っていたよりもラヴィは大人で……覚悟はしていたのかも知れない。

「……じゃあ」

 ぽつりと、声が震える。

「ラヴィが焼いたパン……もう食べられない?」

「食べられないわけじゃないよ」

 僕はバスケットから一つ、まだ温かいパンを取り出して、ラヴィの手に乗せた。

「ラヴィが焼いたパンは、ここに残る。ラヴィが笑った時間も、誰かを守った勇気も」

 ラヴィはパンを見つめて、ぎゅっと抱きしめる。

「……ラヴィ、ね」

 涙が一粒、ぽろっと落ちた。

「アルキがいなくなっても……ちゃんと、看板娘する」

「うん」

「変な人が来たら、ハルドさんに怒ってもらう」

「それがいい、いっぱい怒ってもらって」

「ジークがいっぱい買っていっても……文句言わない」

「はは、僕からも買いすぎないように言っておくよ」

 ラヴィはくしゃっと笑って、それから――初めて、真正面から僕を見た。

「でもね」

 声は小さいのに、芯があった。

「ラヴィ、忘れないよ。ブランコ押してくれた事も、カッコいいって言ってくれた事も」

 小さな手が、僕の胸に触れる。

「アルキがくれたの、全部ここにあるから」

 その言葉に、ついに堪えきれなくなる。

「……うん」

 声が掠れる。

「それなら、安心だ」

 ラヴィは一歩前に出て、ぎゅっと抱きついてきた。
 力は弱くて、でも離れまいとする必死さが伝わってくる。

「いってらっしゃい、アルキ」

 その言葉は、別れじゃなかった。

「ラヴィ、行ってきます」

 抱きしめ返すと、バターと小麦の匂いがした。
 ラヴィの今を生きている匂いだった。

 振り返らずに歩き出す。

 背中に、明るい声が飛んできた。

「次に会う時はね!もっと美味しいパン焼いてるからね!」

 僕は手を振った。
 涙が落ちないよう、空を見上げながら。

 ――もう、大丈夫だ。

 ドラゴンは、ちゃんと空を見上げて生きている。
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