弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜

自来也

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第15話 ポコ丸緊急オペ大作戦

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「ここの生活にも慣れてきたなぁ…」

 廊下のモップがけをしながらそんな言葉が漏れる。

 三日に一度はパン屋の仕事、ラヴィが起きている日は遊ぶ事が多いし、最近はコヨミもちょくちょく訪ねてくる事が多くなった。

 ミレーユは温泉にハマり良く温泉に歩いて行くのを見かけるし、案外上手くやっているんじゃ無いだろうか。

 しかし“社会復帰”となると随分と遠い道のりだ。今になって思えば食事が制限されていたのもここが快適すぎると社会復帰する気が無くなるからか?

 だとしたらパンを持ち込んだ僕の行動は問題だが、持ち込みが出来るのだからそこまで重要な意味も無いのだろう。

 そして今も何も変わっていないのは三人。精霊王アリエルと魔王ゼファルと傭兵ジークか。

 特に変化を促す事が正解では無いが…あのままずっとというのも…特にアリエル。

 起きてる時間は人形と恋愛ごっこ。そして朝方に眠りにつく。寿命がいくらあるか分からないがもう何十年も同じ事をして…未だキス止まりとは驚きである。

 そして悪趣味なのは百も承知なのだが…廊下の掃除の際、あの部屋の前でクオリティが低い寸劇を聞くのがちょっとした楽しみなのである。

 朝の連続テレビ小説のようなものだ。

「だぁいすき…!」

「僕もだよ…今日は一段と可愛いよアリエル」

「うん…だって…ポコ丸と会うんだもん…一生懸命オシャレしてきたんだよ…?」

 ポコ丸!?初めて相手の名前を聞いたがまさかのぬいぐるみ寄り!?嘘だろ?

「ありがとうアリエル、その…良いかな?」

「もぅ…!でも良いよ…」

「ちゅ…」

 なんか癖になるんだよね、この寸劇。毎回キスで終わってまた始まる。それの繰り返しだけど味がある。大人が本気で考えたポエムを見ている気分だ。

 そろそろ掃除に戻るか…。

「あっ…あっ…ポコ…丸…?ポコ丸!!」」

 おや?なんだ新展開か?

「お手手…取れちゃった…そんな…」

 演技…では無さそうだ。中から聞こえる啜り泣く声…。

――コンコンッ

「なんでしょう…今は…ちょっと…」

「大丈夫か?なんか泣いてる気がするけど…」

「大丈夫…ではないです…ポコ丸が…」

「ぬいぐるみか?直せば良いんじゃないか?」

 次の瞬間扉が開く、アリエルから開けたのは初めてじゃないだろうか。

「な、治せるんですか!?ぜひ…お願い…します…」

 こんな顔してる女の子放っては置けないよな。裁縫なんて小学校以来だけど腕をくっつけるくらいなら出来るだろう。

「裁縫道具を出してくれ」

 一瞬で目の前に現れる裁縫道具、懐かしいなぁ…この弁当箱みたいな裁縫箱。アニメのキャラとか書いてあったよね。

「中に入っていいかな」


「はい…どうぞ…あの…ポコ丸は!ポコ丸は治るんでしょうか!?」

「最善を尽くすよ」

 気分は名医である。別にふざけている訳ではないけどね。

 部屋の中に座り込みポコ丸…クマのぬいぐるみをアリエルから託される。

 何年も一緒にいたのだろう。随分とボロボロで汚れが目立つ。取れた腕以外にも直せる場所は直そう。

 針に糸を通し慎重に腕を縫い付ける。その様子を後ろから見守るアリエル、大事なのは分かるがそんなにくっ付かれると集中できない。

 針先が布をくぐるたびにアリエルの吐息が後ろから聞こえる。ボロボロではあるが傷の一つ一つに時間の重みを感じる。

 どれもこれもすぐに直すのは少し勿体無いような気にさえなったが…今はこの傷を全て直すのが彼女の為になるのだろう。

……………。


「これで大丈夫じゃない?」

「すごいです…!こんなに綺麗に…ポコ丸…良かったね…」

 静かに続けるアリエルの言葉は、いつもの寸劇とは違い暖かく、そして少し震えていた。

「ずっとずっと…ポコ丸が壊れていくのが怖くて…ポコ丸が居なくなったら私…誰ともお喋りできなくなるような気がして…」

 ずっと不安だったのだろう。アリエルの頬には涙が流れ、ポコ丸の無事を心から喜んでいる。

「あのさ…本当はポコ丸とだけ話してるの寂しかったんじゃない?」

 少しの静寂、そしてアリエルは小さく頷いた。

「…うん…でもね、人と話すのは…人と深く関わるのはもっと怖い…。変わられちゃうのが怖いの…ポコ丸はずっと変わらないから…安心できる」

「アリエルは人が変わっちゃうのが怖いの?」

「うん…怖い…。ここに来る前にね…大好きな人がいたの…人間の契約者。その人が子供の時に契約してね、ずーっと一緒だった。いっぱい好きって言って貰えたの……すごい幸せだった…」

 アリエルが振られた契約者か。それで傷ついてここに来たんだよね。

「その人はどんどん大きくなってね…突然言われたの。『好きな人ができた』って、とっても幸せそうだった…。だから…だからね…私も貴方を愛してるって告白したの…そしたら…」

 アリエルは言葉を捻り出すように続ける。

「そしたら…『ごめん、アリエル。子供の頃は君の事が本当に好きで憧れてもいた。でも大人になるにつれて…君が人間じゃない、僕とは違う事を思い知ったんだ…。精霊王アリエル、君は特別すぎる…正直君といると自分がちっぽけな存在に思えて辛いんだ…』って…」

 アリエルの綺麗な瞳からとめどない涙が流れ、床を濡らしていく…思い出すのも辛いだろう、しかし僕に話をしてくれたんだ…。

「悲しくてね…怖かった…。私だけ何も変わらなくて…あの人だけどんどん変わってしまって…私の好きは変わらないのに…あの人の好きは変わってしまった…思い出が全部嘘みたいに思っちゃってね…壊れちゃったの…」

「アリエル」

 僕の言葉なんか薄っぺらいかも知れない、無責任かも知れない。でもここで何も言わないわけにはいかなかった。僕は直ったポコ丸をアリエルに渡して言葉を続ける。

「ポコ丸は直ったよ、あんなにボロボロだったのにさ」

「うん…本当にありがとう…」

 アリエルは大事そうにポコ丸を抱きしめた。

「もしかしたらさ、アリエルの事も治してくれる人がいるかも知れないよ。世の中には色々な人がいるからさ、少しずつで良いから人と関わってみない?そっちの方がきっと楽しいよ」

 アリエルは決して他人が信用出来なくなってしまった訳ではない。ただ臆病になってしまっただけなんだ。

「…でも…怖いよ…」

「少しずつ練習しようよ、僕で良かったら付き合うからさ。ポコ丸の服でも作りながら人と話す練習したらどうかな?」

 アリエルは目を見開いてしばらく何も言わなかった。

 しかしその沈黙の後…ごく小さな声でつぶやいた。
「ポコ丸の服…作ってくれるの…?」

「いや…正直自信は無いけど……いつか最高の服を作ってやろうぜ!」

「ふふっ…でも少し…楽しそう…。でも約束して…お洋服が出来るまで居なくなっちゃダメだからね…」

 こうしてこの“弱者の庭”に小さな手芸クラブが誕生した。

 ただのぬいぐるみの服作り。

でも――

 傷ついて止まったままのアリエルの時間が…少しだけ進んだ気がした。


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