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本編
5、最高の香りに出会う
しおりを挟む高校生活も少し落ち着き、俺のオメガ嫌いが周りに行き渡った頃だった。中学の俺の噂、そして入学早々のフェロモンレイプの話は飛び交っていたので、オメガは俺を避けるようになってくれていた。
その日は光輝から仕事を頼まれ、遅い時間までひとり生徒会室にいた。そのときふと異変を感じた。
急なヒートが近くであったのだろうか。大きな物音と、フェロモンにしては自然な匂い。懐かしいような、優しい、なんとも表現がつかない残り香がした。
俺は常日頃から強い抑制剤を飲んでいるから、普通のアルファとは違う。絶対に香りなんかに惑わされない自信があった。俺に少しでもヒートの香りを飛ばすようなオメガを罵ってやろう、そんなくだらない考えがよぎりドアを開けた。
「誰かいるのか!?」
その香りが無性に気になり、辺りを見渡したが誰もいない。生徒会室のほかに、このフロアには教室が二つあるだけだった。
そして迷うことなくその一つの部屋を開けた。中からは人のうめき声のような、苦しそうな声が聞こえる。
う……なんだ、これはっ。
これは、フェロモン? 初めてオメガを抱いた時以降は、薬のおかげで発情したオメガの香りに反応することなど無かった。それに少しでもフェロモンを感知すると吐き気が止まらない症状があった。それなのに今は吐き気も無ければ、嫌悪感もない。
いつもなら無いはずなのに、今は無性にその匂いの元に行きたいという衝動を抑えられなかった。
「くそっ、発情オメガがいるのか!? おいっ、早く緊急抑制剤を打てっ!! アルファを誘ってんじゃねぇっ」
俺は自分を律する為に、自分の欲望を抑える意味を込めて、机の下で呻いている、見えない相手にそう伝えた。自分でも珍しいくらい焦った声を出し、わざと汚く罵る言葉を選んで、自分はオメガなどに欲情するアルファではないと牽制した。
「発情初めてで、持ってない。お願い、そこから居なくなって」
苦しそうな声に焦った。罵ったことを一瞬で後悔した。
俺はフェロモンに抗うことで自分自身に牽制をかけたが、その声の持ち主、男オメガは必死だった。「そこから居なくなって」それはアルファに襲われることを恐怖に思ってのコトバだった。
俺は一瞬躊躇した。
近寄りたい、噛みたい。そんなバカみたいな思考が頭をよぎった。でも彼はそれを望んでいないのが、苦しそうにも必死に伝えてきた言葉でわかった。
「くそっ! すぐに生徒会室にある抑制剤持ってくるから、それ以上発情の香り出さずに待っていろ!」
「……うっ、わ、かった。ごめっ、お願いします」
俺はオメガに向かって、無理難題なことを言ってのけたと思ったが、彼の必死な声を聞き、急いでそのドアを閉めて生徒会室へと走った。緊急用の自己注射を持ってその部屋へと戻ると、もうオメガの意識は朦朧としていて、履いていたズボンはぐっしょりと前も後ろも濡れていた。それを見てゾクっとした。
抱きたい、犯したい、噛みたい。
「はっ、はぁっ見ないで。お願いっ、それ、置いて出てって」
はっとした、俺は今なにを……そうだ、急いでこれをこいつに打たせなければ。
「……自分で打てるのか?」
「だい、じょうぶ。ありがとう」
俺でなければ、間違いなくその場で犯されているだろう。いや、俺すらも一瞬怪しかった。そのくらい、涙で蒸気した顔からは色気があふれていた。
どうしてだ? 目の前にいるのは俺が最も嫌悪している男のオメガ。なのに、近寄りたくて仕方ない。
その男は、俺が知っているいわゆるオメガという儚い印象もなく、一般的な男子高校生という印象だった。ただ男だというのに濡れたような唇、くせっ毛に汗が滴りしっとりとした髪、蒸気した肌にはそそられた。
間違いを犯すわけにはいかないので、すぐにその部屋から出た。しかしこの匂いを嗅いで誰かがこの教室にでも入ったら大変なので、保健医を電話で呼び出し、その子の保護を求めた。
保健医が到着すると、俺はその場から去った。
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閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
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2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
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