運命の番は姉の婚約者

riiko

文字の大きさ
33 / 71
第三章 仮初の関係

33 嘘と真実

しおりを挟む
 これ以上アルファである隆二を騙せるとは思えなかった。だから事実を織り交ぜながら話した。
 高校生の時アルファに襲われ、薬で意識がなくなり気付いたら病院で助けられていた。最後まで奪われなかったが、あの欲望に満ちた目を思い出すのも嫌だったこと。
 アルファが本格的にダメになり、それからは自分に欲情するフェロモンを出されるのも吐き気がするようになった。
 だからベータとしか関係を持てないと思っていた。そもそも性に対して嫌悪があった爽は、誰とも付き合う気がなかった。しかし近いうちにアルファと絶対に会わなければいけない状況になった。  
 それは絶対に失敗できない。オメガは感情が不安になったら、フェロモンを抑えられないことがあると聞いた。
 だからアルファのフェロモンを感知しない方法を探した結果、妊娠することだったと知る。
 妊娠中は発情期が来ないので、その一生に一度のアルファと対面する時だけフェロモンを感じなければそれでいい。だから誰の子でもいいから孕みたかった。
 爽は、隆二にそう言った。
「そんな事情があったんだ……でもその今度会うべきアルファ? が、オメガなら誰彼構わずに欲情するとでも思うの? 普通はオメガ見ただけで節操なくラット起こさないよ」
「うん、別にラット起こされるとかじゃなくても、同じ部屋でアルファと過ごすだけで俺は耐えられないかも。隆二は抑制剤完璧だったね、見事に騙されたよ」
「薬は効く方なんだ。それにアルファらしさを消す努力したから」
 爽に気に入ってもらいたくて、頑張ったんだと笑って言った。そもそもなぜ爽に惚れるのかが不思議すぎる。
「俺以外ともたくさん関係持っているんでしょ? なんで俺なの? 俺なんの特徴もない引きこもりオメガだよ?」
「心外だな。爽と出会ってからは誰とも寝てない」
「この間の人は? 俺に隆二がアルファだって教えてくれた男」
 隆二がアルファだと教えてくれたベータは、隆二と何度も寝たような感じだった。
「誰だかわからないけど、全部体だけの関係だった子だよ。生でもやらないし、孕ませたいとも思わない。この子が欲しいって思ったのは、爽が初めてだったんだ」
「……な、んで」
「なんでだろう、凄く好き。爽の好きなところたくさん言える。でも決め手は、一生懸命だったところかな」
「俺、必死だったよね、男漁り。そんなオメガがいいの?」
 隆二は爽の唇を指で沿わせると、顔を近づけ軽めのキスをした。
「なにっ?」
「ふふ、可愛い。僕は人を見る目はあるんだよ。こんなウブな子がなんで必死に体の関係だけを求めるんだろうって、はじめは面白くてそこに惹かれたんだ。でも、きっと事情があると思って側にいる事にした」
 隆二は微笑みながら爽のことを抱き寄せる。隆二の胸に頭を預けることになった。
 今の話を聞く限り、ビッチ設定には無理がありすぎたようだ。
「でもどんな事情も関係ないくらい、どんどん爽に惹かれていったんだ。可愛くて一生懸命で、素直で、今時こんな良い子いないって思った。だからどうしても僕のものにしたかった。好きになってほしかったんだ」
「隆二……」
「子供にこだわる理由はそういうことだったんだね。その会わなくちゃいけないアルファって誰? どうして爽の感情が揺さぶられるの?」
「そ、それは」
 こんな話ししたら、爽の全てが暴かれてしまう。俯いて黙っていると隆二が続けた。
「今度、爽のお姉さんが結婚するよね。相手は……有名なアルファだ」
 顔を上げて隆二を見上げた。アルファなら、自分の関係の持っているオメガを調べるくらいする。
 今さらアルファの恐ろしさを身をもって感じた爽は、隆二によって踊らされていただけだったことに気付く。
「ごめんね。爽の全てが知りたくて、色々調べた」
「ううん。隆二は偉い人だもん。こんな不審オメガ、調べるのが当たり前だ」
「はぁ、爽は優しすぎて心配だよ。そこ怒るところだよ?」
「そうなの?」
 隆二は申し訳なさそうに言うと、爽の頭を優しく撫でた。
「調べたならわかるだろう? 姉の婚約者は典型的な支配階級のアルファ。古いタイプのアルファ家系で、家柄とかいろんなものを重んじる俺が最も苦手とする人種。だから会ったら緊張してどうにかなるかもしれない」
「ああ、たしかに彼の家はそういう重い家柄だったね」
 さすが隆二はアルファだった。アルファ社会のことをよく知っているらしい。それもそのはず、榊は相当歴史のある会社であり、麗香の婚約者の家もそれなりの家だった。アルファの上流階級にはなにかしらの繋がりがあるのかもしれない。
「俺、アルファを前にすると、自分が恐怖で震えそうで怖いんだ。相原さんはみかげさんっていうつがいがいるから大丈夫だったけど、隆二はベータだと思っていたから別として。他にアルファと同じ部屋で過ごした経験ないからわからないんだ。過去の強姦未遂のことを思い出して、どうにかなったら怖い。でも俺のせいで姉に恥をかかせるわけにいかないから……」
「爽……」
「これが俺の計画の全て」
 爽は改めて真剣な顔で隆二を見た。しかし心の中は苦しくなっていた。
 ――ううん、全てじゃない。姉の婚約者は、俺の運命の相手。絶対に会ってはいけない人。
 まだ疑問に思っているような顔を見せた隆二は、爽に聞き返す。
「爽、本当にそれだけ?」
「……そうだよ。だからアルファはダメ。そんで姉さんのアルファも無理。でも親族として紹介されないわけにはいかないから一度だけその人に会うために、妊娠してフェロモンを遮断する」
 納得いかない顔の隆二を見たが、爽にとってそんなことはどうでもよかった。少しの本当を織り交ぜた嘘なら説得力がある。そもそもアルファにとってオメガの心情や事情などわからないのだから、これでいけると思った。
「だから、隆二とはこれきりにしたい」
「無理なお願いだ。僕は爽を離せない」
「……隆二」
「好き、なんだ」
 隆二は好きだと囁いてくる。
 爽を大事に抱きしめ、体のいろんなところにキスをしてきた。彼の心情の何かを感じ取ってしまった爽は、動けなくなる。とても大事にしてくれているのが痛いほどわかる。そんな隆二に、これ以上なにかを言うのを躊躇ってしまった。だが、このままというわけにはいかない。
「今日は寝ていい? 俺ちょっと疲れちゃった。また明日話そう」
「そうだね。妊娠してるのに、気を遣えなくてごめん。休もう」
 ソファにもたれかかり、爽はそのまま眠る事にした。
 妊娠していると思っている隆二は、爽の「疲れた」という言葉を聞くとこれ以上は無理をさせるつもりがない様子。爽を抱きかかえベッドに運び布団をかける。
 隆二も隣に横になり布団に入ってきた。
「おやすみ」
 体を交えないで一緒に寝るのは初めてだった。爽をギュっと抱き寄せる。その温もりに、なんだか安心する爽だった。隆二の「おやすみ」の声が心地よく、言い訳だった眠気は本気の睡魔が襲ってきたことにより真実になる。
 爽は意識が途絶える前に、数日過ごして買い物でも出た時に行方をくらませればいいかと、この状況を簡単に考えていた。

 翌朝、朝食を食べていると、隆二はとんでもないことを言ってきた。
「な、んで?」
「だって、爽のお腹には僕の子供もいるし、結婚はまだ爽の許しがないにしてもご両親には挨拶しないと」
「だから、俺シングルマザーになるのに、なんであえてそこ言うの? 父親のことは誰にも言うつもりないって」
 両親まで巻き込んだら、本気で隆二と付き合って子供を作ったと誤解される。そもそも爽はアルファがダメだと実家で言い切っていた。それなのに家族にこの状況……、どう思われるかわからない。
 今まで付き合っている人がいるとも言ったことがないのに、いきなり妊娠だなんて、きっとヒート事故にでもあって無理やり体を交えたくらいにしか思われないと思った。
 また両親を……、姉を不安にさせてしまう。爽がこの状況に対して不安にさいなまれていると、隆二が続ける。
「そういうわけにはいかないよ。どこかで漏れて責任問題に問われたら会社の株価に影響出るから。僕のことに関してはきちんとしておきたいんだ」
 もうこれは、子供いないって言った方がいいのかもしれない。仮に子供がいないと知ったら、今の隆二ならどういう行動に出るのだろうか。どちらに転んでも怖い未来しか爽には見えなかった。
「そんな顔しないで? ご両親の納得いく説明するから、爽は不安のない妊婦生活を送ってくれることだけ考えて」
 考えなんて纏まるわけがない。
 一つの嘘がとんでもない方向へと向かっていく。隆二を前になすすべのない爽は家に電話をした。父の仕事後に近くで一緒に食事がしたいと言うと、珍しいこともあるものだと、両親は時間を作ってくれることになった。
 もちろん両親に隆二を紹介するつもりはないし、子供がいるなんてことも言えない。だが隆二は電話を聞いていたし、両親との約束も取ってしまった。
 電話を切った後、隆二はどこかへ連絡を入れると、爽のスマホに料亭のURLを送付してきた。
「ここに予約しておいた。ここならお父さんの会社からも近いだろう? 来られる時間だけ聞いておいて? 三上の名前で予約はしておいたから。爽のことはまたその時間に家に迎えをやるから、今日はどこにも行かずにここで大人しくしていてね?」
「……」
 隆二が軽く言った言葉が怖くなる。爽の父親の会社まで調査済みだった。爽はすでに、アルファに囲われたオメガになっている気がしてきた。
 呆然とする爽に対して、隆二が確認を取ってくる。
「わかった?」
「……わかった」
 もう逃げられない。爽は、隆二が予約した店を父のスマホに送った。
しおりを挟む
感想 257

あなたにおすすめの小説

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

運命だなんて言うのなら

riiko
BL
気が付いたら男に組み敷かれていた。 「番、運命、オメガ」意味のわからない単語を話す男を前に、自分がいったいどこの誰なのか何一つ思い出せなかった。 ここは、男女の他に三つの性が存在する世界。 常識がまったく違う世界観に戸惑うも、愛情を与えてくれる男と一緒に過ごし愛をはぐくむ。この環境を素直に受け入れてきた時、過去におこした過ちを思い出し……。 ☆記憶喪失オメガバース☆ 主人公はオメガバースの世界を知らない(記憶がない)ので、物語の中で説明も入ります。オメガバース初心者の方でもご安心くださいませ。 運命をみつけたアルファ×記憶をなくしたオメガ 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけますのでご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

人生2度目に愛した人は奪われた番の息子でした

Q矢(Q.➽)
BL
幼馴染みだったαの村上 陽司と早くに番になっていた南井 義希は、村上に運命の番が現れた事から、自然解除となり呆気なく捨てられた。 そして時が経ち、アラフォー会社員になった南井の前に現れたのは、南井の"運命"の相手・大学生の村上 和志だった。同じビルの別会社のインターン生である彼は、フェロモンの残り香から南井の存在に気づき、探していたのだという。 「僕の全ては運命の人に捧げると決めていた」 と嬉しそうに語る和志。 だが年齢差や、過去の苦い経験の事もあり、"運命"を受け入れられない南井はやんわりと和志を拒否しようと考える。 ところが、意外にも甘え上手な和志の一途さに絆され、つき合う事に。 だが実は、村上は南井にとって、あまりにも因縁のありすぎる相手だった――。 自身のトラウマから"運命"という言葉を憎むアラフォー男性オメガと、まっすぐに"運命"を求め焦がれる20歳の男性アルファが、2人の間にある因縁を越えて結ばれるまで。 ◆主人公 南井 義希 (みない よしき) 38 Ω (受) スーツの似合う細身の美形。 仕事が出来て職場での人望厚し。 番を自然解除になった過去があり、恋愛感情は枯れている。 ◆主人公に惹かれ口説き落とす歳下君 村上 和志 (むらかみ かずし)20 α (攻) 高身長 黒髪黒目の清潔感溢れる、素直で一途なイケメン大学生。 " 運命の番"に憧れを抱いている。複雑な事情を抱えており、祖父母を親代わりとして育つ。 ◆主人公の元番 村上 陽司 (むらかみ ようじ) 38 α 半端ないほどやらかしている…。

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

処理中です...