徒花伐採 ~巻き戻りΩ、二度目の人生は復讐から始めます~

めがねあざらし

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プロローグ 「茨に沈む最後の夜」

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空は曇り、風は冷たかった。
まるで、世界そのものが“終わること”を知っているかのようだった。

ひとつ、息を吐く。
それだけで肺が軋んだ。

朽ちかけた礼服。血の滲んだ袖口。
結わえられた両手に、もはや力は入らない。
それでも背筋だけは、最後まで伸ばしていた。

それが、“アルヴァ=クロイツ”の名に生きた、最後の矜持だった。

「……おまえは、“裏切った”のだ」

王太子アリスタンの声が、耳に届く。
いつかは心を許そうとした、その声だった。
口許に微笑みを浮かべたことさえあった。
いっそ、愛そうとしたことすら──あったのだ。

「この身も、心も。すべてを捧げたのに。
それでも、おまえは“誰か”に心を寄せた。私ではない、“あの男”に」

違う。
そう叫びたかった。

けれど──もはや声は、喉から出なかった。

この世に生まれた意味など、とうに見失っていた。
婚約者として王太子に仕え、家の名を保ち、
家族を守り、自らの役目を果たすために“好かれようとした”。

それだけだった。

愛されたかったわけじゃない。
ただ、“役に立ちたかった”。
その見返りに、皆の安らかな未来があると信じていた。

……けれど、違ったのだ。

父は逆賊の罪を着せられて処刑された。
母は精神を病み、息を絶った。
姉は行方知れず。おそらく生きてはいない。

そして僕は。
王太子の“子”を身籠もり、それさえ守れなかった。

「これで、おまえを誰にも渡さずに済む」

足音が近づく。
茨の王冠を模した処刑台。
真紅の絨毯に沈むのは、血か、それとも──

ああ、全部、無駄だったんだ。

努力も、祈りも、希望も、
恋をしようとしたことすら。

“この子さえ守れたなら”
それが最後の願いだったのに。

ごめんね。
君の名をつけてあげられなかった。
君の笑顔を見られなかった。
せめて、来世があるのなら――



──どうかこの子を、誰かに、救ってほしい。



瞬間、視界が、深い紅に染まった。

火刑台の火が爆ぜる音が、
どこか、遠くから聞こえた気がした。

熱は、痛みすら超えていた。
心も、身体も、すべてが燃えていく。

そして最後に、ひとつだけ──

「……ぅ、え……」

その名を呼んだかどうかすら、分からなかった。

ただ、それだけが、
“死に際の僕”に残された、最後の祈りだった。
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