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第二話「再会と齟齬」
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東庭の片隅。朝の光に濡れた石畳の上で、黒衣の男が立っていた。
背は高く、体はよく鍛えられている。
黒髪が風に揺れ、その下から、鋭くも優しい金の瞳が覗く。
……セヴァン。
見間違えるはずがない。僕の、兄上。
「……兄上」
思わず、声が漏れた。
彼はすぐに気づき、こちらを見た。
その視線は、どこまでも静かで、懐かしくて……そして、少しだけ痛かった。
「……セラ。起きたのか。まだ寝ていてもよかったのに」
変わらない声。少し低く、落ち着いた年長者の話し方。
子どもの頃から、僕を叱ったり、慰めたりしてくれた、あの声だった。
「兄上こそ、お早いですね」
「先ほど使者が来てね。陛下より早々に登城せよとのお達しだ」
「……え」
思わず、まばたきをする。
彼は才に恵まれているにも関わらず家から離れることなく、宰相家の護衛として、王宮には滅多に姿を見せることのなかった存在。
(どうして……?)
戸惑いを見透かすように、兄上は小さく目を細めた。
「ご不興を買った覚えはないのだがな」
「そんな……、まるで……」
「まるで?」
「……いえ。元々兄上にこの家は狭すぎると思っていました。何か陛下からお話があるのかも知れませんよ」
僕の視線を、彼はただ黙って受け止めてくれていた。
その瞳の奥に、何かを秘めている気がした。
けれど──それが何か彼は、はっきりとは言わない。
僕も、問えない。
「……兄上」
「ん?」
「お気をつけて……といっても兄上はお強いから大丈夫ですね。昔から僕は守ってもらってばかりでしたね」
「また、守るよ。必要なら、何度でも」
その声は、とても自然で。
約束でも、宣言でもなく、ただの“事実”のように聞こえた。
ああ、この人は変わっていない。
でも、確かに、少しだけ違っている。
……それが何かわからないのが、どうにも歯痒い。
「セラ」
「はい」
「今日は晴れやかな顔をしている。王太子の婚約者ともなれば負荷も大きいだろう」
「いえ、そんな……お優しい方、ですよ」
(優しい仮面を被った悪魔だけれどね)
僕が心を隠してそう呟くと、彼は小さく微笑んだ。
笑顔は相変わらず、滅多に見せない。けれど、温かい。
「また、笑ってくれるといいなと思ってたよ。セラの、本当の顔で」
胸が詰まった。
言葉が、喉の奥で渦を巻いた。
何も言えないまま、僕はただ頷いた。
今は、まだ。
けれどきっと、いつか。
兄上のその言葉に応えられるような自分に、もう一度なれたら……それが叶うかはこれから次第なのかもしれない。
背は高く、体はよく鍛えられている。
黒髪が風に揺れ、その下から、鋭くも優しい金の瞳が覗く。
……セヴァン。
見間違えるはずがない。僕の、兄上。
「……兄上」
思わず、声が漏れた。
彼はすぐに気づき、こちらを見た。
その視線は、どこまでも静かで、懐かしくて……そして、少しだけ痛かった。
「……セラ。起きたのか。まだ寝ていてもよかったのに」
変わらない声。少し低く、落ち着いた年長者の話し方。
子どもの頃から、僕を叱ったり、慰めたりしてくれた、あの声だった。
「兄上こそ、お早いですね」
「先ほど使者が来てね。陛下より早々に登城せよとのお達しだ」
「……え」
思わず、まばたきをする。
彼は才に恵まれているにも関わらず家から離れることなく、宰相家の護衛として、王宮には滅多に姿を見せることのなかった存在。
(どうして……?)
戸惑いを見透かすように、兄上は小さく目を細めた。
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「そんな……、まるで……」
「まるで?」
「……いえ。元々兄上にこの家は狭すぎると思っていました。何か陛下からお話があるのかも知れませんよ」
僕の視線を、彼はただ黙って受け止めてくれていた。
その瞳の奥に、何かを秘めている気がした。
けれど──それが何か彼は、はっきりとは言わない。
僕も、問えない。
「……兄上」
「ん?」
「お気をつけて……といっても兄上はお強いから大丈夫ですね。昔から僕は守ってもらってばかりでしたね」
「また、守るよ。必要なら、何度でも」
その声は、とても自然で。
約束でも、宣言でもなく、ただの“事実”のように聞こえた。
ああ、この人は変わっていない。
でも、確かに、少しだけ違っている。
……それが何かわからないのが、どうにも歯痒い。
「セラ」
「はい」
「今日は晴れやかな顔をしている。王太子の婚約者ともなれば負荷も大きいだろう」
「いえ、そんな……お優しい方、ですよ」
(優しい仮面を被った悪魔だけれどね)
僕が心を隠してそう呟くと、彼は小さく微笑んだ。
笑顔は相変わらず、滅多に見せない。けれど、温かい。
「また、笑ってくれるといいなと思ってたよ。セラの、本当の顔で」
胸が詰まった。
言葉が、喉の奥で渦を巻いた。
何も言えないまま、僕はただ頷いた。
今は、まだ。
けれどきっと、いつか。
兄上のその言葉に応えられるような自分に、もう一度なれたら……それが叶うかはこれから次第なのかもしれない。
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