徒花伐採 ~巻き戻りΩ、二度目の人生は復讐から始めます~

めがねあざらし

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第三話「幸福の形、そして」

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兄が去った庭を見回す。
庭に咲く花々が、朝露を纏って揺れていた。
まるで世界が何もかも清らかなまま続いているような、美しい朝だった。

けれど僕は、その美しさが、いっそう恐ろしく感じられた。

──あの日、家はすべてを失った。
この庭も、母も、姉も。
誰ひとり、生き残れなかった。

それが今、こうして穏やかに笑っている。
触れれば壊れてしまいそうで、でも、どうしても離れたくなかった。

「ふふ、セラ、朝からそんな顔をして。……また悪い夢でも見たの?」

紅茶を注ぎながら、母のイレーネが微笑む。
青みがかったブロンドの髪をきれいに結い上げ、薄く紅をさした口元は優しげだった。

病弱だが、芯のある女性だったと記憶している。
この母もまた──前世では、僕の処刑を聞いた直後に、正気を失い……。

「……いえ。少し寝坊しただけです」

嘘だ。けれど、この嘘だけはつき通すと決めていた。

「あら、まだ存分に早い時間よ。でも顔色が少し悪いかしら……。イレーネ、お薬箱を取ってきてくださらない?」
「はい。……でも、セラが朝弱いのは今に始まったことじゃないから」

姉のソフィアが笑う。
栗色の髪が風に揺れ、淡いローズのドレスが草の上で軽やかに波打つ。
この“朝の団欒”すら、涙が出るほど懐かしかった。

どうか、この時間を守りたい。
僕の命を代償にしてでも。

「……やっぱり、戻ってよかった」

ぽつりと漏れた本音に、母と姉が顔を上げる。

「セラ?」
「ふふ、ごめんなさい。なんでもないです」

目の奥がじわりと熱い。
けれど、泣くわけにはいかなかった。
僕はもう“守られる子供”ではいられない。

この家を、家族を、今度こそ僕が守ると決めたのだから。

そこへ、メイドが一人、庭に駆けてきた。

「せ、セラ様!宰相閣下より、至急のお伝えです」
「父から……?」

胸の奥がざわついた。
“父”──そうだ、この世界ではまだ、父は生きている。

「王太子殿下より、セラ様に『御前召喚』とのこと。……すぐに、とのお達しです」

空気が一瞬、凍った。

王太子。
僕を弄び、命を奪い、子すら殺した男。

呼吸が止まりそうになる。
けれど、動揺を悟らせてはならない。

「……わかりました。準備いたします、とお伝えください」
「は、はいっ」

メイドが下がっていく。

「セラ、無理をなさらないで。……母様からも、陛下に申し上げます。叔父上ですもの、聞いて下さるわ」
「いいえ。これは僕の役目ですから」

声が自然に出たのが、自分でも怖かった。
震えもせず、笑ってさえいた。

(来たか……、アリスタン)

あの地獄が始まる、最初の鐘。

でも、今回は違う。

僕には“記憶”がある。
そしてなにより──この命を、守るべき理由がある。

(さあ、始めよう。これは、僕が生きて、この家を守るための戦だ。今度こそ何一つ奪わせない)
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