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第四話「最初の対面──歪んだ愛の芽吹き」
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宮殿の回廊を歩くたびに、指先が冷たくなる。
足音だけがやけに大きく響いていた。
身に纏った白と青の礼装が、妙に肌に馴染まなかった。
それもそのはずだ。
これは“処刑される直前”、焼け焦げたあの衣装と同じものだ。
(やっぱり、これは……巻き戻ったんだ)
今さら、そう思う。
香、光、石の匂い、すべてが、死の直前に見たまま。
だからこそ、心が張り裂けそうになる。
「……セラ様、王太子殿下の御前です」
扉の前で、衛兵が膝を折る。
その瞬間、僕の心がすっと冷えた。
恐怖も怒りも、哀しみも、焼けた皮膚の記憶もすべて、
この瞬間のために“押し込める”。
僕は、アルヴァ=クロイツ家の嫡子として──
“従順な婚約者”として、完璧な微笑を浮かべた。
「……お入りくださいませ」
扉が静かに開かれる。
黄金に縁取られた広間の奥に、ひとりの青年がいた。
王太子・アリスタン=レグニッツ。
緋色の礼服を纏い、長身に白金の髪を流し、
青い宝石のような瞳を細めて、僕を見つめていた。
見た目だけならば非の打ち所がない王太子。
「……セラ」
柔らかく、甘い声だった。
けれど、その声を聞いた瞬間、背筋が粟立った。
「お久しぶりですね、アリスタン殿下。お呼びいただき光栄です」
「近くに。そんな他人行儀は、もういいだろう?」
白い手が、玉座のひじ掛けから伸ばされる。
その手に触れたいという衝動も、微笑み返したいと思ったことも──
……かつての僕には、確かにあった。
好きになろうとした。
役目を果たすために、心を捧げようとした。
(でも、それで何を得た?この男に子を殺され、家を焼かれ、命を奪われた)
「……はい。では、僭越ながら」
僕は、ゆっくりとその手を取り、膝を折る。
そして、玉座の彼の前で、深く、静かに礼をした。
「婚約者として、改めてお仕えいたします。……どうか、ご慈愛を」
アリスタンの指が、僕の顎に触れる。
それだけで、胃の奥が反射的にひきつった。
「……君は、やっぱり綺麗だな。こうして見ると、またよく分かる」
指先が頬をなぞる。
目元、唇の端、耳の近く。まるで、品を見極めるように。
(……気持ち悪い)
それでも、僕は微笑んでいた。
完璧な婚約者としての仮面を崩さない。
むしろ、その執着を煽ってやるために。
「殿下のお眼鏡に叶うのなら、光栄です」
「叶うどころじゃない。……なあ、セラ」
顔が近づく。瞳の奥に、狂気の気配が覗いた。
「君の全部が欲しいんだよ。心も、身体も、命すらも」
「……」
「君を誰にも渡したくない。だから……」
その時だった。
重い扉が、音を立てて開いた。
「申し訳ありません、殿下。御前失礼致します」
その声が、僕の凍った神経を引き戻した。
──セヴァン。
黒衣の騎士は、広間に入ってくると、王太子の前に膝を折った。
「……陛下よりこのたび王立騎士団への配属、そして王太子殿下の警護を賜りましたことからご挨拶に参りました。陛下のご命令にて」
(王立騎士団……ではやはり、陛下が……)
セヴァンはそんな任にはなかったはずだが、
けれどそれは“前”の話であり“今”ではない。
「……ふん、真面目な奴だ。セラとの時間を邪魔をしに来たのかと思ったぞ?」
「まさか。殿下の御心が満ちておられるなら、それが我らの喜びにございます。弟と一緒にお仕え出来て光栄に存じます」
この場に来たのは偶然か、それとも。
アリスタンは鼻を鳴らしつつも、深くは詮索せずセヴァンの礼を受け取った。
その間、セヴァンの視線が、ほんの一瞬だけ僕に向く。
何も言わない。ただ、目だけが――
『大丈夫か?』と、問いかけている気がした。
(……大丈夫じゃないよ。けれど、今は……笑っていないと)
僕は、目だけでわずかに頷いた。
足音だけがやけに大きく響いていた。
身に纏った白と青の礼装が、妙に肌に馴染まなかった。
それもそのはずだ。
これは“処刑される直前”、焼け焦げたあの衣装と同じものだ。
(やっぱり、これは……巻き戻ったんだ)
今さら、そう思う。
香、光、石の匂い、すべてが、死の直前に見たまま。
だからこそ、心が張り裂けそうになる。
「……セラ様、王太子殿下の御前です」
扉の前で、衛兵が膝を折る。
その瞬間、僕の心がすっと冷えた。
恐怖も怒りも、哀しみも、焼けた皮膚の記憶もすべて、
この瞬間のために“押し込める”。
僕は、アルヴァ=クロイツ家の嫡子として──
“従順な婚約者”として、完璧な微笑を浮かべた。
「……お入りくださいませ」
扉が静かに開かれる。
黄金に縁取られた広間の奥に、ひとりの青年がいた。
王太子・アリスタン=レグニッツ。
緋色の礼服を纏い、長身に白金の髪を流し、
青い宝石のような瞳を細めて、僕を見つめていた。
見た目だけならば非の打ち所がない王太子。
「……セラ」
柔らかく、甘い声だった。
けれど、その声を聞いた瞬間、背筋が粟立った。
「お久しぶりですね、アリスタン殿下。お呼びいただき光栄です」
「近くに。そんな他人行儀は、もういいだろう?」
白い手が、玉座のひじ掛けから伸ばされる。
その手に触れたいという衝動も、微笑み返したいと思ったことも──
……かつての僕には、確かにあった。
好きになろうとした。
役目を果たすために、心を捧げようとした。
(でも、それで何を得た?この男に子を殺され、家を焼かれ、命を奪われた)
「……はい。では、僭越ながら」
僕は、ゆっくりとその手を取り、膝を折る。
そして、玉座の彼の前で、深く、静かに礼をした。
「婚約者として、改めてお仕えいたします。……どうか、ご慈愛を」
アリスタンの指が、僕の顎に触れる。
それだけで、胃の奥が反射的にひきつった。
「……君は、やっぱり綺麗だな。こうして見ると、またよく分かる」
指先が頬をなぞる。
目元、唇の端、耳の近く。まるで、品を見極めるように。
(……気持ち悪い)
それでも、僕は微笑んでいた。
完璧な婚約者としての仮面を崩さない。
むしろ、その執着を煽ってやるために。
「殿下のお眼鏡に叶うのなら、光栄です」
「叶うどころじゃない。……なあ、セラ」
顔が近づく。瞳の奥に、狂気の気配が覗いた。
「君の全部が欲しいんだよ。心も、身体も、命すらも」
「……」
「君を誰にも渡したくない。だから……」
その時だった。
重い扉が、音を立てて開いた。
「申し訳ありません、殿下。御前失礼致します」
その声が、僕の凍った神経を引き戻した。
──セヴァン。
黒衣の騎士は、広間に入ってくると、王太子の前に膝を折った。
「……陛下よりこのたび王立騎士団への配属、そして王太子殿下の警護を賜りましたことからご挨拶に参りました。陛下のご命令にて」
(王立騎士団……ではやはり、陛下が……)
セヴァンはそんな任にはなかったはずだが、
けれどそれは“前”の話であり“今”ではない。
「……ふん、真面目な奴だ。セラとの時間を邪魔をしに来たのかと思ったぞ?」
「まさか。殿下の御心が満ちておられるなら、それが我らの喜びにございます。弟と一緒にお仕え出来て光栄に存じます」
この場に来たのは偶然か、それとも。
アリスタンは鼻を鳴らしつつも、深くは詮索せずセヴァンの礼を受け取った。
その間、セヴァンの視線が、ほんの一瞬だけ僕に向く。
何も言わない。ただ、目だけが――
『大丈夫か?』と、問いかけている気がした。
(……大丈夫じゃないよ。けれど、今は……笑っていないと)
僕は、目だけでわずかに頷いた。
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