娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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8、ヴェロニクの誤算

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ヴェロニク・クレイヴンは、 気に入らなかった。
エリオットが公爵家に来て、まだほんの数日しか経っていない。
それなのに、彼の様子は 予想していたものとはまるで違っていた。

(……おかしいな)

ヴェロニクは エリオットとは直接会ったことがない。
公爵家に迎え入れられる際、彼がどんな人間なのか 「式で見た姿」だけが唯一の情報だった。
そして、そのときの印象は ひどく頼りないものだった。

(あの時は……まるで子羊みたいだったのに)

—— 結婚式当日。

エリオットは、儚げな雰囲気で俯きがちだった。
祭壇に立つ姿も 緊張でこわばっていて、アドリアンに手を引かれながら ただ従うだけの存在 に見えた。
式の間も、周囲の視線に怯えるようにしていた。

(それが、今は……?)

侍女からの報告では 「最近、エリオット様は執務室にこもっている」 という。
さらに 「エドモンド先生と個別に話していた」 とも——。
式のときのエリオットなら、孤立したことを嘆き、周囲に馴染めず、ただ不安に押し潰されると予想ができた。

(……何かを企んでる?)

ヴェロニクは 疑念 を拭いきれなかった。



昼下がり、ヴェロニクは自身の私室で紅茶を飲みながら、侍女の ミレーユ から報告を受けていた。

「エリオット様は、最近お部屋にこもることが多いようですわ」
「……そう?」
「ええ。特に 執務室にこもって、何やら書き物をされているとか……」

ヴェロニクの手が、ほんのわずかに止まる。

「それで?」
「従者のカート様が何度かお使いに出られているようですが……その行き先が、どうやらエドモンド先生のもとだったとか」
「……」
「しかも、本日はエリオット様が エドモンド先生と個別にお話をされたようです」

ヴェロニクの表情が わずかに曇る。

(……エドモンド?)

エリオットがエドモンドと話す 理由 が分からなかった。

「……内容は?」
「それが……どうやら、体調についての相談だったそうですわ。」

ヴェロニクの眉がわずかに動く。

「……体調?」
「ええ。エリオット様は『昔から身体が弱いので、体調管理のために先生と話をしたい』と仰っていたとか」

(……なるほど)

ヴェロニクは すぐに納得した。

(もしかして……オメガとして 身体に欠陥がある 可能性があるのか?)

公爵家に来て数日とはいえ、番になっていない状態に対しても異常な焦燥を見せることもなければ、オメガ特有の香りも薄い。

(なるほど……。あいつ、もしかして 「欠陥オメガ」なのか?)

ヒートが来にくい、あるいは 妊娠ができない体質——?
ヴェロニクの唇が、ゆっくりと笑みの形を作る。

(そうなら……都合がいいな)

エリオットが 「欠陥オメガ」 なら、アドリアンの 「妻としての価値」はほぼ皆無。
そうなれば、公爵家の中での立場はますます弱くなる。

(あとは、うまく誘導して……アドリアン様にも気づかせればいい)

ヴェロニクは エリオットの動きに疑念を抱きかけていたが、完全に思考の方向をずらされた。
彼の 真の目的には気づかず、逆に「エリオットには問題がある」と誤解したのだ。
しかし、ヴェロニクがエリオットの体質に疑問を持ち始めた一方で、別の 「違和感」 もあった。

(しかし、あの頼りなかった子羊みたいなオメガが、たった数日でここまで変わるものか?)

エリオットの態度の変化は 不自然なほど急激だった。
今までは何をするにもおどおどしていたのに、いきなり 「公爵夫人らしい振る舞い」を見せ始めた。

(……まさか、結婚式の時の姿が『演技』だった……?)

そんな馬鹿な、とヴェロニクはすぐに否定した。
ありえない。

(あんなみっともない演技をする意味がない)

ならば、考えられるのは 「エリオット自身が、この環境に順応しようと足掻いている」 ということ。
だが、それも 無駄な努力だ。

(欠陥オメガが何をしようと、結局は価値がない)

ヴェロニクは、そう結論づけた。

「ミレーユ。エドモンド先生、何か言っていた?」
「いえ……とくには。お帰りの際にお話をしましたが。ああ、でも少し落ち着かない様子でございましたね」

ヴェロニクの指が カップの取っ手をなぞる。

(やっぱり……何か話したのか?)

エドモンドは元々冷静な男だ。
そんな彼が 「少し落ち着かない様子を見せた」 というのは、どう考えても気になる。

(……いや、でも)

エリオットの体調の相談なら、エドモンドが困ることもあるかもしれない。

(エリオットが「欠陥オメガ」だと知らされたら、そりゃ多少は動揺するか)

ヴェロニクは 自分にそう言い聞かせる。
エドモンドの動揺は 「体調相談に関するもの」 であり、それ以上の問題はない。
つまり 「自分が疑うべきことではない」。

(……まあ、そうだな。エドモンドは、ただエリオットの体質について困惑しただけ)

そう納得したヴェロニクは、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「ミレーユ。エリオットの動きを、もう少し詳しく見てくれ」
「承知いたしました」

(さあ、エリオット。お前は どこまで哀れな存在なのかな?)

ヴェロニクは満足げに微笑みながら、静かに紅茶を口にした。
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