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15、静かなる解放 ~クラリス~
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公爵邸を出た馬車は、一度エリオットの実家である侯爵家を経由した後、リヴィエール侯爵家へと向かった。
ヴェロニクの目を欺くための慎重なルートだ。
そして今はリヴィエール侯爵家の応接室。
「……エリオット様、結婚式の時以来ね」
クラリス・リヴィエールは、ゆったりと椅子に腰掛け、紅茶を口にしながらエリオットを見つめていた。
アドリアンの叔母であり、侯爵夫人である彼女は、上品でありながら、どこか冷たい雰囲気を持つ女性だった。
彼女の鋭い青い瞳が、エリオットとオリヴィエを見据える。
(……やはり、威圧感があるな)
だが、当然だろう。
彼女はリヴィエール侯爵家の当主夫人であり、この家を守る立場にいる。
"簡単には懐柔されない"という強さがあるのは、エリオットにとっても分かりきっていた。
「突然の訪問をお許しください、クラリス夫人」
エリオットは穏やかに微笑み、深く一礼する。
クラリスはカップを置き、静かに言った。
「構わないわ。ただ……どうして私に?」
エリオットは、オリヴィエに目を向けた。
オリヴィエは一瞬だけ躊躇したが、やがて意を決したように口を開く。
「ヴェロニク様についてお話があります」
その一言を聞いて、クラリスは、苦笑したように小さく息を吐いた。
「"こういうのは良くない、だからやめましょう。私もあなたを愛しています"」
クラリスは自ら送った手紙の一文を諳んじた。
オリヴィエが目を見開いて、どうして、と零す。
「あなたを連れてきたのだもの、その件に関してなのはわかるわ。私もそのことがあって、オルディス公爵家に近付くなとあの奥方気取りから言われたもの」
クラリスはため息をつくように言った。
「まさか、今さらその手紙がこういう形で話題に上るとはね。それで……?」
「……申し訳ありません、夫人」
オリヴィエが頭を下げる。
「ジルは、若気の至りで……しかし、夫人をお慕いしていたことに嘘はありません」
「ええ、知っているわ」
クラリスはカップを置き、ゆっくりと背もたれに身体を預けた。
「私も彼を大切に思っていたわ。けれど、もちろん異性としてではなく"子供のように"よ」
「え……?」
オリヴィエが驚いたように声を上げた。
「……実際は何もなかった、ということだよ。オリヴィエ」
エリオットがクラリスの言葉に付け足す。
あの手紙を見た時からどうにも違和感があった。
あら、と呟きながらクラリスがエリオットを見る。
「あなたは気付いていたの?」
「僕は、この手紙を見たときから違和感があったんです」
クラリスがゆっくりと眉を上げる。
「違和感?」
「はい。まず—— "こういうのは良くない" という部分ですが、"こういうの"とは何を指しているのか、具体的に書かれていませんよね?」
クラリスが少し驚いた表情を浮かべた。
「……そうね」
「もしこれが本当に不倫の別れの手紙なら、もっとはっきりした表現になると思うんです。"不倫関係を終わらせましょう"とか、"もう二度と会えません"とかね。でも、この手紙ではそれが曖昧になっている」
エリオットは、穏やかな口調のまま続けた。
「それに、"私もあなたを愛しています" という部分も気になります。"愛している"という言葉は確かに恋愛感情を示すことが多いですが、家族愛や親愛の情を表すこともあります。クラリス様はジルを子供のように可愛がっていたんですよね?」
クラリスは一瞬言葉を飲み込んだが、ゆっくりと頷いた。
「ええ……確かに、ジルのことは子供のように可愛がっていたわ。私には子がいないから……」
「ならば、"愛している" という言葉は、恋愛感情ではなく、家族としての愛情を示していた可能性が高い。むしろ、ジルの恋慕を断ち切るために書かれた手紙だったのでは?」
オリヴィエが、驚いたように目を見開く。
エリオットは静かに微笑みながら、最後のポイントを指摘した。
「一番の決め手は—— "実際に会っていない" という点です」
クラリスの目が大きく見開かれた。
「……!」
「普通、不倫関係にあるなら、最後に話し合うくらいは直接会うと思いませんか? 逢引きするほど行動力がある二人です。でも、クラリス様は手紙でだけジルとやり取りをしていた。これはむしろ、ジルが一方的に思い詰めていて、クラリス様は距離を置こうとしていた証拠 なんじゃないでしょうか?」
クラリスは息を呑んだ。
「……そうよ……私は、ジルを可愛いとは思っていたけれど、もちろんそういう関係にはなれないと分かっていた。だから、会うことを避けて、手紙だけで終わらせようと……」
エリオットはゆっくりと頷いた。
「つまり、この手紙は不倫の証拠なんかじゃなく、"誤解を生む断片的な手紙" だったということです」
しばらくの沈黙が流れた。
クラリスはじっとエリオットを見つめた後、ふっと苦笑した。
「……なるほどね。あなた、なかなか頭が切れるのね」
エリオットは肩をすくめる。
「ただの分析です。ヴェロニク殿のように人を陥れるためじゃなく、誤解を解くための」
「どうかしら……?」
クラリスはじっと窺うように、エリオットを見つめる。
その時、オリヴィエが口を開いた。
「クラリス様、そのお言葉は本当です。私はヴェロニク様にその件で脅されておりました」
「……あの男がやりそうなことね」
「けれど、その手紙を……エリオット様が、奥様が取り戻してくださったのです」
「え?」
クラリスの瞳に、驚きが浮かぶ。
「私が手に入れ、すり替えました」
オリヴィエが、深く頭を下げる。
「ヴェロニク様が持っていた手紙は、すでに燃やしました。もう、あの男に脅される理由はありません」
クラリスは、しばし黙った後—— くすりと笑った。
「……ふふ、やるじゃない。エリオット様」
エリオットは、微笑む。
「ありがとうございます」
クラリスは再びカップを手に取り、静かに紅茶を口にした。
「……それで、あなたが私のところへ来たということは、何か頼みたいことがあるのでしょう?」
「はい」
エリオットは、ゆっくりと頷いた。
「ヴェロニク殿の影響力を削ぐために、お力を貸していただきたいのです」
クラリスは、少し考え込むように視線を落とし——やがて、ふっと微笑んだ。
「……いいわ。話を聞かせてくださる?」
ヴェロニクの"支配"は、またひとつ崩れ去った。
エリオットは、ゆっくりと微笑みながら、次の一手を語り始めた——。
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次の更新→2/12 PM10:20頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
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ヴェロニクの目を欺くための慎重なルートだ。
そして今はリヴィエール侯爵家の応接室。
「……エリオット様、結婚式の時以来ね」
クラリス・リヴィエールは、ゆったりと椅子に腰掛け、紅茶を口にしながらエリオットを見つめていた。
アドリアンの叔母であり、侯爵夫人である彼女は、上品でありながら、どこか冷たい雰囲気を持つ女性だった。
彼女の鋭い青い瞳が、エリオットとオリヴィエを見据える。
(……やはり、威圧感があるな)
だが、当然だろう。
彼女はリヴィエール侯爵家の当主夫人であり、この家を守る立場にいる。
"簡単には懐柔されない"という強さがあるのは、エリオットにとっても分かりきっていた。
「突然の訪問をお許しください、クラリス夫人」
エリオットは穏やかに微笑み、深く一礼する。
クラリスはカップを置き、静かに言った。
「構わないわ。ただ……どうして私に?」
エリオットは、オリヴィエに目を向けた。
オリヴィエは一瞬だけ躊躇したが、やがて意を決したように口を開く。
「ヴェロニク様についてお話があります」
その一言を聞いて、クラリスは、苦笑したように小さく息を吐いた。
「"こういうのは良くない、だからやめましょう。私もあなたを愛しています"」
クラリスは自ら送った手紙の一文を諳んじた。
オリヴィエが目を見開いて、どうして、と零す。
「あなたを連れてきたのだもの、その件に関してなのはわかるわ。私もそのことがあって、オルディス公爵家に近付くなとあの奥方気取りから言われたもの」
クラリスはため息をつくように言った。
「まさか、今さらその手紙がこういう形で話題に上るとはね。それで……?」
「……申し訳ありません、夫人」
オリヴィエが頭を下げる。
「ジルは、若気の至りで……しかし、夫人をお慕いしていたことに嘘はありません」
「ええ、知っているわ」
クラリスはカップを置き、ゆっくりと背もたれに身体を預けた。
「私も彼を大切に思っていたわ。けれど、もちろん異性としてではなく"子供のように"よ」
「え……?」
オリヴィエが驚いたように声を上げた。
「……実際は何もなかった、ということだよ。オリヴィエ」
エリオットがクラリスの言葉に付け足す。
あの手紙を見た時からどうにも違和感があった。
あら、と呟きながらクラリスがエリオットを見る。
「あなたは気付いていたの?」
「僕は、この手紙を見たときから違和感があったんです」
クラリスがゆっくりと眉を上げる。
「違和感?」
「はい。まず—— "こういうのは良くない" という部分ですが、"こういうの"とは何を指しているのか、具体的に書かれていませんよね?」
クラリスが少し驚いた表情を浮かべた。
「……そうね」
「もしこれが本当に不倫の別れの手紙なら、もっとはっきりした表現になると思うんです。"不倫関係を終わらせましょう"とか、"もう二度と会えません"とかね。でも、この手紙ではそれが曖昧になっている」
エリオットは、穏やかな口調のまま続けた。
「それに、"私もあなたを愛しています" という部分も気になります。"愛している"という言葉は確かに恋愛感情を示すことが多いですが、家族愛や親愛の情を表すこともあります。クラリス様はジルを子供のように可愛がっていたんですよね?」
クラリスは一瞬言葉を飲み込んだが、ゆっくりと頷いた。
「ええ……確かに、ジルのことは子供のように可愛がっていたわ。私には子がいないから……」
「ならば、"愛している" という言葉は、恋愛感情ではなく、家族としての愛情を示していた可能性が高い。むしろ、ジルの恋慕を断ち切るために書かれた手紙だったのでは?」
オリヴィエが、驚いたように目を見開く。
エリオットは静かに微笑みながら、最後のポイントを指摘した。
「一番の決め手は—— "実際に会っていない" という点です」
クラリスの目が大きく見開かれた。
「……!」
「普通、不倫関係にあるなら、最後に話し合うくらいは直接会うと思いませんか? 逢引きするほど行動力がある二人です。でも、クラリス様は手紙でだけジルとやり取りをしていた。これはむしろ、ジルが一方的に思い詰めていて、クラリス様は距離を置こうとしていた証拠 なんじゃないでしょうか?」
クラリスは息を呑んだ。
「……そうよ……私は、ジルを可愛いとは思っていたけれど、もちろんそういう関係にはなれないと分かっていた。だから、会うことを避けて、手紙だけで終わらせようと……」
エリオットはゆっくりと頷いた。
「つまり、この手紙は不倫の証拠なんかじゃなく、"誤解を生む断片的な手紙" だったということです」
しばらくの沈黙が流れた。
クラリスはじっとエリオットを見つめた後、ふっと苦笑した。
「……なるほどね。あなた、なかなか頭が切れるのね」
エリオットは肩をすくめる。
「ただの分析です。ヴェロニク殿のように人を陥れるためじゃなく、誤解を解くための」
「どうかしら……?」
クラリスはじっと窺うように、エリオットを見つめる。
その時、オリヴィエが口を開いた。
「クラリス様、そのお言葉は本当です。私はヴェロニク様にその件で脅されておりました」
「……あの男がやりそうなことね」
「けれど、その手紙を……エリオット様が、奥様が取り戻してくださったのです」
「え?」
クラリスの瞳に、驚きが浮かぶ。
「私が手に入れ、すり替えました」
オリヴィエが、深く頭を下げる。
「ヴェロニク様が持っていた手紙は、すでに燃やしました。もう、あの男に脅される理由はありません」
クラリスは、しばし黙った後—— くすりと笑った。
「……ふふ、やるじゃない。エリオット様」
エリオットは、微笑む。
「ありがとうございます」
クラリスは再びカップを手に取り、静かに紅茶を口にした。
「……それで、あなたが私のところへ来たということは、何か頼みたいことがあるのでしょう?」
「はい」
エリオットは、ゆっくりと頷いた。
「ヴェロニク殿の影響力を削ぐために、お力を貸していただきたいのです」
クラリスは、少し考え込むように視線を落とし——やがて、ふっと微笑んだ。
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ヴェロニクの"支配"は、またひとつ崩れ去った。
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