娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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29、公爵家のお茶会2

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エリオットはわずかに肩を震わせながら振り返る。

──ヴェロニク・クレイヴン。

深紅を基調とした衣装を纏った彼は、悠然とした足取りでこちらへ歩み寄る。
その唇には微笑が浮かんでいるが、その瞳はエリオットを睨んでいた。

「……ヴェロニク殿」

エリオットが静かに名を呼ぶと、ヴェロニクは少しだけ目を細める。

「お探ししておりました、公爵夫人。まさかこんな人目のつかない場所で、陛下と二人きりで過ごされているとは……」
「……探していた?」

エリオットが眉を寄せると、ヴェロニクはあくまで穏やかな笑みを崩さずに言う。

「ええ、お茶会の主催者がどこへ行かれたのかと思いまして」

(……見え透いた嘘を……)

エリオットは直感的にそう感じた。ヴェロニクがここへ来たのは偶然ではない。明らかに、シグルドと自分の間に割って入るためだ。

「そうですか。それは申し訳ないことをしたね。少々休んでいただけだよ」

エリオットが微笑みながらそう言うと、ヴェロニクは肩を竦める。

「それはそれは……しかしこのような人気のない場所で、旦那様以外の方といるとは……誤解を招きませんか?」

ヴェロニクの声は穏やかだが、わずかに棘を含んでいた。
なるほど、とエリオットは小さく息を吐いた。

「誤解とは?」
「公爵夫人が、誰かと特別な関係にあると見なされるようなことになれば……閣下としても、お困りになるのではないですか?」

ふと、シグルドが静かに微笑む。

「それは光栄なことだな」

シグルドはゆっくりとヴェロニクに目を向けた。

「このような美しい方と噂になれるとは……男としては名誉なことだ。しかしー」

シグルドはふとエリオットへ視線を戻し、ゆっくりと手を取ると、その手の甲へ軽く口付けた。

「私が不用意でした。公爵夫人をお引き留めしてしまい、申し訳ない」

その仕草は 完璧な礼節 を保ちながらも、どこか親密さを滲ませている。

「……!」

エリオットの背筋が一瞬、固まる。

「では、私はそろそろ失礼しよう。お茶会を楽しませて頂きますよ、公爵夫人」

そう言うと、シグルドはゆっくりとヴェロニクの横を通り抜け、庭の奥へと去っていく。
残されたエリオットは、まだ手の甲の感触が微かに残る指を見つめ、言葉を失っていた。

一方、ヴェロニクは——手をぎゅっと握りこんだ。

「……私も失礼します」

そう言って踵を返す。
ヴェロニクが去ったあと、エリオットはふっと息をついた。

(……落ち着かないと)

気づけば、指先にまだ シグルドの口付けの感触が残っている ような気がして、そっと手を握る。

「……」

ほんの一瞬だったはずなのに、なぜか 指先が熱を帯びたような気がする。

(……どうして、こんなにも……)

シグルドの仕草は完璧に洗練されていた。貴族としての礼儀の範疇を逸脱したものではない。それなのに——

(……それにさっきの言葉は……)

エリオットは知らず、唇を引き結んでいた。

初めて会ったはずの男が、まるで 自分を知っているかのように振る舞う。
まるで、ずっと昔から求めていたものを手に入れたかのように——

「……っ」

頭を振って、その考えを振り払う。

(僕は、帝国へ行ったこともなければ、皇帝陛下と接点があったはずもない……)

それなのに、この既視感のような感覚は何なのか。
考え込んでいると、遠くから 庭園の喧騒 が耳に入る。

(……戻らないと)

エリオットは静かに息を整え、歩き出した。



庭園に戻ると、貴族夫人たちの華やかな談笑が広がっていた。

「まあ、陛下ったらとてもお優しくていらっしゃるわ」
「ええ、でも公爵夫人と随分親しげだったような……」
「ふふ、公爵夫人は美しい方ですもの。陛下が気に入られるのも分かるわ」

ひそひそと交わされる会話の端々に、エリオットの名がちらほらと混じる。
エリオットが歩みを進めると、アンネリーゼが気づき、やわらかく微笑んだ。

「おかえりなさいませ、公爵夫人」
「失礼しました、少し風に当たっていました」
「ええ、さぞお疲れでしょう。……それにしても、随分と話題になっておりますわね」

アンネリーゼは微笑を崩さぬまま、ちらりと周囲を見渡す。
エリオットも視線を巡らせると、確かに 何かを探るような視線が自分へと向けられている のを感じた。

(……ヴェロニクか……)

あの男が、何もせずに引き下がるとは思えない。

「……何か、ありましたか?」
「まあ、些細なことですわ。ただ——」

アンネリーゼは 微かに目を細めた。

「どうやら、公爵夫人の立場を気にされている方もいるようです」
「……」

エリオットは息を吐く。やはり、何かが起きている。
ヴェロニクの言葉が頭をよぎった。

——『公爵夫人が、誰かと特別な関係にあると見なされるようなことになれば……閣下としても、お困りになるのではないですか?』

(なるほど……まあ、彼がやりそうなことだ)

ヴェロニクは 「エリオットが公爵夫人としてふさわしくない」 という疑念を広めようとしているのだ。
貴族の世界では 「立場」 が何よりも重要だ。
公爵夫人は 公爵家の象徴であり、家を守る存在。
それが 「夫以外と親しげにしている」 となれば、立場が揺らぐ可能性がある。
それは確かにそうではあるが──

(まったく……相手が一介の貴族ならまだしも……そうは考えないのだろうな)

エリオットは静かに息を吐き、ティーカップを持ち上げた。
この程度で動じるエリオットではない。

(ヴェロニク……あなたの思い通りにはならないよ)

エリオットは優雅な微笑を浮かべた——。



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