娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

文字の大きさ
36 / 89

34、欲望の発露と逃亡

しおりを挟む
舞踏会が終わりに近づく頃、エリオットは社交の輪から静かに抜け出していた。

(……少し、空気を吸いたい)

華やかな舞踏会の熱気から離れ、一人静かに廊下を歩く。
公爵夫人としての務めは果たしたが、シグルドとのダンスの余韻が、まだ微かに指先に残っていた。

(……あの人は、何を考えているのだろう)

舞踏の間、シグルドの手は終始優しく、けれども離さぬように絡め取るようだった。
彼の瞳に写ると、どうにも落ち着かなかった。
誰にも感じたことがない気持ちに

「エリオット」

その名を呼ぶ声に、エリオットは足を止めた。

(……アドリアン)

振り返る間もなく、手首が掴まれる。

「っ……旦那様?」
「君は——何を考えている?」

アドリアンの声は低く、押し殺したような響きを帯びていた。

「何を、とは……?」
「知らぬふりをするな。君と、シグルド陛下のことだ」

エリオットは静かに目を伏せた。

「公爵夫人として、陛下の舞踏の誘いを断る理由はありません」
「——それだけか?」
「それ以外に、何があるというのです?」

そう言った瞬間、アドリアンの手に力がこもる。

「っ……!痛いです……」

エリオットの手首を掴む指が、微かに食い込むほど強くなった。

「お前は……」

言葉を詰まらせながら、アドリアンはエリオットを見つめる。

彼自身、何を言いたいのか分かっていないのかもしれない。
ただ、一つだけ確かなのは——
エリオットを、このまま誰かに渡す気にはなれなかった。

「……旦那様」

エリオットは、冷静に言葉を選ぶ。

「あなたの番はヴェロニクでしょう?」

アドリアンの瞳が、かすかに揺らいだ。

「私たちは形式上の夫婦のはずです。あなたが私に何を望んでいるのか、私には分かりません」

その言葉が、決定打だった。
アドリアンは何かを言いかけたが、何も言えず、ただエリオットを見つめることしかできなかった。

「……失礼します」

アドリアンのエリオットを捉える力が弱まった。
その隙に手から逃れると、エリオットは静かに身を引き、歩き出す。
アドリアンは追いかけようとしたが、動けなかった。
まるで 何か決定的な一線を、自らの手で越えてしまいそうな気がしたからだ。
エリオットは、静かに足早に廊下を抜け、外へ向かった。



夜の庭園は、涼やかな風が吹き抜けていた。
王宮の庭は広く、貴族たちが好んで散策する場所ではあるが、夜ともなれば人影はまばらだった。
特に今は舞踏会の最中で、皆の意識はそちらに向いている。
エリオットは、建物の陰に身を寄せ、深く息をついた。

(……触れられたところが、気持ち悪い……)

アドリアンに掴まれた手首をそっと撫でる。
強くはなかったが、そこに込められていた感情の方が、ずっと怖かった。
娼館にいた頃は男の相手なんて日常茶飯事だった。
どんなに嫌でも触れられるような場所にいた。あれらの男たちに比べれば、アドリアンなんてなんてことないはずだ。
小さく息を吐いてゆっくりと吸う。

「——こんな場所に隠れて、どうした?」

ふいに、低く落ち着いた声がした。
エリオットは驚いて顔を上げる。

「……陛下?」

シグルドが、庭園の奥から歩み寄ってきていた。
彼はエリオットを見つめ、微かに目を細めた。

「随分とお疲れのようだな」

そう言いながら、シグルドはエリオットの手を取った。

「っ……!」

その瞬間、エリオットの体が震えた。

「……あ」

アドリアンとは全く違う感触に驚いたからだ。
伝わる熱に嫌悪感はなく、ただ優しく感じる。
少しずつ恐怖が引いていくようで、エリオットはシグルドを見上げる。
金色の瞳が自分を心配そうに見ていた。

「少し、人酔いをしたようです……陛下こそ、どうされましたか?」

シグルドはエリオットの手を取ったままで、エリオットの指先をシグルドの指先が撫でた。

「同じようなものですよ。それにしても……顔色が悪いな。人酔いだけですか?」

エリオットの顔を覗き込むようにしながら、シグルドは首を傾げる。
もう一方の手がエリオットの頬を包んだ。
その手も随分と温かく、エリオットは僅かに頬を預けるようにしてしまった。

「大丈夫です。月影だけですからそう見え……」

そう言葉を紡ごうとしたとき、どくん、と心臓が高鳴った。
それは次第に大きく早くなっていき、エリオットの息が上がってくる。

「……夫人……?」

シグルドの声が、息が肌を掠めた瞬間──それは顕著に表れだした。
喉が乾く。
指先が、痺れるように熱を帯びる。

(まさか……)

「甘い、香り……」

シグルドが小さく呟いた。
エリオットの体が、ふわりと揺れる。
視界がぼやける。

(……まずい……!どうして……⁈)

ここに来て、抑えていたヒートがエリオットの身を支配した。




///////////////////////////////
遅刻すみません!
次の更新→2/21 PM0:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
///////////////////////////////
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

処理中です...